注目を浴びる愛子さまの地方公務 移動手段は、電車?クルマ?飛行機?

天皇陛下の長女、愛子さま。2024(令和6)年から日本赤十字社で“常勤嘱託職員”として勤務されるいっぽうで、女性皇族としての公務もこなされている。今月のはじめ(2025年6月4〜5日)には、天皇、皇后両陛下とともに戦後80年を迎えた沖縄県をご訪問された。皇室の方々の移動は、警衛警護上の理由からクルマを使用されることがほとんだ。しかし、地方公務といった長距離移動の場合には、新幹線や飛行機が多用される。愛子さまは、どのような交通手段をお使いになっているのか。乗り物にまつわる素朴な疑問を紐解いてみることにしよう。
※トップ画像は、沖縄県へ向かわれる天皇、皇后両陛下と愛子さま。東京国際空港VNスポットで=2025年6月4日、大田区羽田空港
「Suica」でピッ! 山手線にご乗車
愛子さまが、はじめて“乗り物”をご利用になられたのは、ご誕生から7日を経た2001(平成13)年12月8日、皇居に併設される宮内庁病院から、当時のお住まいであった東宮御所へ向かわれた“クルマ”(特別車と呼ばれるトヨタ・センチュリー)だった。
では、”鉄道のはじめて”はいつかというと、2002(平成14)年8月〔愛子さま生後8か月のとき〕に皇太子同妃両殿下(当時)と那須御用邸附属邸へ御静養に向かわれたときに乗車した「東北新幹線」だった。 有名なエピソードとして、愛子さまが学習院幼稚園に通われていた2007(平成19)年のこと、皇后雅子さまとともに“はじめて”JR山手線”や”路線バス”にも乗られた。このときは、“Suica”を利用して乗車されたことが話題となった。2011(平成23)年〔愛子さま9歳のとき〕には、天皇陛下(当時は皇太子殿下)と“地下鉄”に乗車されたこともあった。
いっぽう飛行機はというと、2006年〔愛子さま4歳のとき〕に当時のオランダ女王からの招待を受けて、皇太子ご一家(当時)がお揃いで同国を私的に訪れた際に、民間機(日本航空)をご利用になられたのが最初だった。

はじめての単身公務
2024(令和6)年3月、愛子さまは学習院大学を卒業されることを伊勢の神宮にご奉告のため、単身で三重県と奈良県をご訪問になられた。往復とも東海道新幹線と近鉄特急をご利用になり、三重県から奈良県への移動の際には近鉄特急の車内で”ご昼食”として地元の「駅弁」を召し上がった。
その駅弁とは、近鉄松阪(まつさか=三重県)駅で販売されている新竹(あらたけ)商店の「モー太郎弁当(1700円)」で、駅弁のふたを開けるとメロディーを奏でるといった仕掛けのあるユニークな駅弁だった。その駅弁をお付きの方々とともに一斉に蓋を開けて楽しまれ、愛子さまはその光景をご自身の“携帯端末”で撮影なさったと伝え聞く。何とも微笑ましい雰囲気に包まれていたことだろう。
その後は、同年9月に石川県(能登半島地震復興状況等御視察)が予定されていたものの、同県能登地方で発生した記録的な豪雨災害への配慮から、お取りやめになった。以後は、同年10月の佐賀県(国民スポーツ大会)、2025(令和7)年5月の大阪府(2025年日本国際博覧会/EXPO2025大阪・関西万博)、同5月の石川県(前年のお取りやめからの再訪)と、4回を数える。
これまでの公務における鉄道利用は、東海道新幹線、北陸新幹線、近鉄特急で、それ以外は飛行機(民間機)であった。ちなみに、新幹線や私鉄特急の場合、グリーン車またはそのクラスに準ずる座席をご利用になる。飛行機の場合も同様で、プレミアムクラスやクラスJといった座席をご利用になられている。

大阪・関西万博へは民間機で
愛子さまにとって、単身公務で2度目の飛行機利用となった大阪府ご訪問。2025年日本国際博覧会=EXPO2025大阪・関西万博をご視察のため、5月8日から1泊2日の日程で大阪市を訪れた。天皇、皇后両陛下も、4月8〜9日の日程で同開会式へご出席なさっている。
愛子さまの大阪入りは、羽田空港から民間機をご利用になられた。天皇、皇后両陛下のように特別機をチャーターするわけではなく、一般客と同様に定期便をお使いになるのが慣わしだ。お座席は、お付きの方を含めた必用な席数を確保する。愛子さまと同じ便に乗り合わせたとしても、となり合わせになることはない。搭乗時も一般ゲートをご利用になるが、最後に乗り、先に降りるのが原則である。一般客とバッティングしないように配慮されているのだ。
万博会場内では、愛子さまをひと目見ようと大勢の観客らが、行く先々に押し寄せた。「パビリオンには並ばず、2時間も(愛子さまを)待っているの」という声を多く耳にした。愛子さまの人気ぶりは凄まじかった。



クルマの乗車方法
天皇、皇后両陛下とご同列で公務へ出席なさる場合、愛子さまは両陛下が乗られる“御料車(ごりょうしゃ)”とは別に、「お召車(おめししゃ)」と呼ばれるクルマへご乗車になる。このお召車には、“供奉車(ぐぶしゃ)”と呼ばれる普段はお付きの人が乗るクルマが充てられる。
ご同列の場合、御料車とお召車は同じ車列を組んで走るわけだが、そうした場合のクルマの乗り降りは、どのような作法で行われているのだろうか。降車時は、先に愛子さまがお召車から降りられ、次いで両陛下が御料車から降りられる。この時、愛子さまは御料車のかたわらで、降りられる両陛下に向かって一礼する。乗車時もこれと同様の作法で行われ、両陛下のご乗車を一礼で見送り、その後、自らのお召車に乗車される。こうした所作の一つひとつが美しいのも、皇女たる愛子さまらしさなのだ。


「かりゆし」をお召しに
沖縄県ご訪問の最終日は、午前中は対馬丸記念館などを訪れ、ご昼食をはさみ午後からは修復中の首里城をご視察になられた。その際には、ご一家お揃いで沖縄の伝統染織物「かりゆし」をお召しになられた。沖縄の伝統を身にまとわれた天皇陛下はシャツ、皇后雅子さまと愛子さまはワンピースだった。
羽田空港で待ち構える報道陣からは、「きっとお召し替えされているのでは」と予想する声も聞かれた。スポットインした特別機にタラップが横付けされ、ほどなくして“かりゆし”姿の天皇ご一家のお姿がそこにはあった。少し肌寒いくらいの気温であったが、お出迎え者と”うちなー”の話に花が咲いたご様子だった両陛下と愛子さま。どんなお話をされたのか、その声は”空港の音”でかき消されうかがい知ることはできなかった。
今後、ますます愛子さまの地方ご訪問に期待が高まることだろう。





文・写真/工藤直通
くどう・なおみち。日本地方新聞協会・皇室担当写真記者。1970年、東京都生まれ。10歳から始めた鉄道写真をきっかけに、中学生の頃より特別列車(お召列車)の撮影を通じて皇室に関心をもつようになる。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物を通じた皇室取材を重ねる。著書に「天皇陛下と皇族方と乗り物と」(講談社ビーシー/講談社)、「天皇陛下と鉄道」(交通新聞社)など。
