カナダの社会的企業「スマートアイス」が開発したセンサー。海氷に突き刺して周辺の温度を測ることで氷の厚さを計測することができる(マイケル・シュミット氏撮影、同社提供・時事)

写真拡大 (全6枚)

 カナダの北極圏で暮らす先住民が、気候変動による海氷の消失で命の危険にさらされている。

 狩猟などのため海氷上を移動中に足元が崩れ、極寒の海に落ちる事故が後を絶たない。地域では、海氷の厚さをセンサーで監視し情報共有するといった先端技術も取り入れながら、伝統的な生活を貫こうとしている。

 ◇12月まで開けた海

 カナダ北部ヌナブト準州の海沿いの村ポンドインレット。約1800人の住民は、大半が狩猟や漁労で食料を得る先住民だ。村の外につながる道路はなく、晩秋から春までは周辺の凍った海の上をスノーモービルで移動し、アザラシやトナカイを捕獲してきた。

 そうした伝統的な暮らしが近年、温暖化で脅かされている。準州議会議員のカレン・ヌタラクさん(47)は「例年なら10月末から11月初めに凍り始める海が、昨年は12月まで開けていた。凍っても薄過ぎる場所があり、上を移動するのは危険だった」と振り返る。

 住民は子どもの頃から、家族や地域の人々と共に狩猟に出掛け、空や風の状態から天候を予測する方法、寒さをしのぐ技術など、代々受け継いだ知恵を学ぶ。安全な移動のため、何より重要なのが海氷の見極め方だ。

 しかし、非営利団体職員のマイケル・ミルトンさん(29)は「いつ、どうすれば安全に狩猟に出られるのか、予測が難しくなっている」と話す。気候変動に伴い、平均気温の上昇だけでなく、季節外れの暑さや寒さ、海氷の形成・融解時期のずれといった「異常事態」が頻繁に起きるためだ。

 ◇先祖の知恵補う

 地域では、先端技術を駆使して先祖伝来の知恵を補う取り組みが進む。2017年に大学研究者らが設立した社会的企業「スマートアイス」は、ポンドインレットなど30を超える先住民コミュニティーで、センサーや人工衛星画像を用いて海氷の厚さや状態を計測。スマートフォンアプリやラジオを通じて情報を共有している。

 設立時から運営に携わるモーゼズ・アマゴアリクさん(36)は「以前は海氷が割れてハンターらが落ちる事故が年に10件近く起きていたが、スマートアイスの活動により大幅に減った」と説明。昨年加わったピーター・イヌーティクさん(25)は「地域の人々の役に立つことができている」と手応えを語る。

 ◇経済活動、獲物追いやる

 気温上昇に伴う経済活動の増加も、地域の暮らしに影を落としている。ポンドインレット付近では15年に鉄鉱石採掘が始まったほか、観光クルーズ船が増え、船の往来が活発化。海氷形成が乱されたり、海中の騒音が増えたりして、獲物が追いやられている。

 ミルトンさんは、研究者らが地域で実施する気候変動などに関連した各種調査に、住民のニーズを反映させる調整役を担っている。気候の変化に立ち向かわなければならないのは、誰よりも住民自身だからだ。

 今後進む気候変動について、ミルトンさんは「とても心配で、考え過ぎると気分が落ち込む」と吐露する。それでも「どうやって適応していけるかを考えたい。これまでも、ずっとそうしてきたように」と力を込めた。