ローム、内部ワイヤーの素材までこだわる新ハイエンドDAC「BD34302EKV」聴いた
32bitステレオDAC「BD34302EKV」
ロームは、オーディオ機器向けICである「MUS-IC」シリーズの新製品として、新機能「HDモノラルモード」を搭載し、チップ内のボンディングワイヤー材の最適化も行なった新フラッグシップ32bitステレオDAC「BD34302EKV」を発表した。サンプル出荷を開始しており、参考価格はDACチップが9,000円(税抜)、評価ボードの「BD34302EKV-EVK-001」が32,000円。チップワンストップやコアスタッフオンラインなどから購入可能。11月から量産を開始予定。
評価ボードの「BD34302EKV-EVK-001」
既発売のハイエンドDAC「BD34301EKV」を超える特性を実現しつつ、「空間の響き」「静寂性」「スケール感」といった3要素に加え、サウンドの「質感」もさらに追求。また、採用メーカーが使いやすいICにするための新機能も搭載している。なお、既存のBD34301EKVも併売される。
ボンディングの素材までこだわったクラフトマンシップ
「BD34302EKV」の進化ポイント
BD34302EKVの概要
DACチップは、リードフレームを備えたパッケージの形で販売されるものだが、通常のDACチップは、内部のシリコンとリードフレームを、ボンディングワイヤ―で接続している。BD34302EKVでは、質感をリアルに表現するため、このボンディングワイヤ―の素材にまでこだわった。
通常のDACチップでは、ボンディングワイヤーに金のみ、または銅のみと、1種類の素材しか使わない。BD34302EKVでは、端子ごとに金、もしくは銅と、異なる素材を選択。素材を変えた試作ICを多数作り、比較試聴し、より質感表現に優れた素材と端子の組み合わせを追求した。
ボンディングワイヤーの素材まで吟味した
さらに、BD34302EKVは電流出力型のステレオDACだが、1つのDACチップで片チャンネルの音声データだけを処理する時に使う「モノラルモード」と、新たに「HDモノラルモード」を追加した。
従来から採用しているモノラルモードは、ステレオ信号に形チャンネルだけの、同一信号を入力し、その出力を加算する事で信号レベルを2倍にするモードで、特にSN比の改善に効果がある。
新機能のHDモノラルモードでは、独自のデジタル信号処理により、ビット(振幅)方向の分解能も向上させるもの。DACチップのピンから直接出力された、ΔΣ出力そのままの波形を比較すると、モノラルモードの波形よりも、HDモノラルモードの方がより滑らかな波形となり、モノラルモードより分解能を向上できるとしている。
左が従来のモノラルモード、右がHDモノラルモード
複数のスイッチ素子を動作させてアナログ変換を行なう際に、素子のミスマッチを平準化することでオーディオ特性を向上させる「DWA」(Data Weighted Averaging)も進化し「DWA2」を搭載。
新アルゴリズムを搭載することで、代表的な数値性能であるTHD+N特性で-117dB(THD:-127dB)を達成。また、平均値では前述の数値となるが、比較グラフを見るとわかるように、高調波を大きく低減させており、よりクリアな音を実現したという。
ノイズ性能を示すSN比も130dBとフラッグシップモデル向けDACチップらしい性能を実現。さらに、再生可能なサンプリング周波数も従来の2倍に相当する1,536kHzまで対応した。一般的に1,536kHzの音楽データは存在しないが、オーディオメーカーがDSPの演算でコンバートした時などに、その高精度な演算データをそのままDACチップに転送できるようにしている。
DSPとDAC間の転送方法にも工夫がある。I2Sで伝送するのではなく、DINを2本、パラレルで伝送できるようにする事で、従来の768kHzと同じ転送レートのまま、1,536kHzの転送を実現している。これは、クロック周波数を上げると音に悪影響が出やすい事を踏まえた工夫で、クロック周波数を低減する事でデジタルノイズを抑制し、音質を高めている。
DSDとPCM信号には、原理的に信号のフルスケール・レベルに違いがあり、DSDの方が、PCMより6dB出力レベルが低くなっているが、BD34302EKVには、このDSDをPCMに変換せずに、DSDのまま音量を調整する「ネイティブDSDボリューム制御」も搭載。
1bit信号をPCMに変換せず、DSDネイティブ調整するために、1bitの波形を変えずに、振幅の中で処理をする事で+6dBしたり、また-39.6dBまで調整する事が可能。純粋にこの機能だけをボリュームとして使うわけではないが、小音量時でもDSDネイティブの音質が損なわれなかったり、フルスケールレベルを+6dBする事でPCMと同等の振幅を実現可能。
これにより、例えばSACDソフトの再生時に、PCM層を聴いてからDSD層を聴くとボリュームが下がって聞こえる現象を無くすこともできるという。
さらに、入力された信号がPCMなのか、DSDなのをDAC IC自身が判別し、それをもとに、PCMモードとDSDモードを切り替える機能も備えている。これにより、これまでDACの採用メーカーが、信号の種類を随時確認するために搭載していたパーツを削減できるとのこと。
音を聴いてみる
新横浜のローム横浜テクノロジーセンター内にある試聴室で、BD34302EKVのサウンドをチェックした。
前述のように、内部のシリコンとリードフレームを接続するボンディングワイヤ―の素材までこだわっているのがBD34302EKVの特徴だが、その効果を試してみた。実際の製品では、数多くの聴き比べを経て、金のワイヤーを使う部分と、銅のワイヤーの部分が混在しているが、テストで作られた“すべて金ワイヤー”のBD34302EKVと、“すべて銅ワイヤー”のBD34302EKVを用意してもらい、両者を聴き比べた。
ワイヤー素材を変えたサンプルチップを多数作成し、聴き比べ、製品版に反映させた
「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」の冒頭で比較したが、違いは歴然だ。金ワイヤーの方は、解像感が高く、音の輪郭がシャープ。精細感のある描写だが、やや音の質感が硬質で、キツイ印象も受ける。
一方で銅のワイヤーを使うと、キツさが無くなり、高域が丸くなり、ホッととした音になる。中低域も分厚くなり、迫力が増す。ギターの響きや、ベースの厚み、ドン・ヘンリーの声の表情などは銅ワイヤーの方が好ましいが、金ワイヤーと比べると、少し眠い音とも感じる。
この違いは大きく、「じっくり聴き比べて少し違いがわかる」というレベルではなく、冒頭のギターが鳴った瞬間に、明らかに違うとわかるほど明確に違いがある。オーディオ機器では、機器同士を接続するケーブルや、機材内部の配線などによっても音が変化するが、DACチップ内部のワイヤーでもここまで違いが出るというのは驚きだ。
すべて金”と“すべて銅”を聴き比べた後で、それらを混在させた製品版のBD34302EKVを聴いたが、両者にあった不満が見事に解消。精細感がありつつ、キツイと感じるまで高音が鋭くはなく、質感もしっかり聴かせる。それでいて中低域の迫力はしっかり残っているという感じで、“金と銅素材のいいとこ取り”をしたサウンドに仕上がっていた。
開発にあたっては、全部で64個あるピンの、どこに金ワイヤーを使うか、銅を使うかといった組み合わせを変えた試作チップを多数作り、地道に聴き比べて、完成させたという。DACチップの開発秘話だが、アナログ領域での工夫と熱意が効果を発揮したという非常にユニークなエピソードだ。
BD34302EKVを2個使い、モノラル動作も試す
さらに、BD34302EKVを2個使い、モノラル動作させる基板を用意してもらい、モノラルモードの音も聴いた。
まずは従来からの「モノラルモード」と、独自のデジタル信号処理でビット(振幅)方向の分解能も向上させた新機能「HDモノラルモード」の比較だ。
従来からのモノラルモードでも、SNが改善し、音場が広くなる効果を実感できるが、HDモノラルモードに切り替えると、その音質向上がさらに数段レベルアップ。音場はさらに広くなり、音の立ち上がりの鋭さも増す。
この状態で、新アルゴリズムを使った「DWA2」を選択すると、クオリティはさらにアップ。無音部分がより静かになり、ギターやボーカルなどの音像と、観客の拍手との距離感がより明確に聴きとれる。より広大になった音場に、実在感や立体感が増した音像がシャープに定位するため、“眼の前にコンサートホールのステージがある”というリアリティが高まる。まるでコンポのグレードが、2ランクほど上がったような感覚だ。
既存の「BD34301EKV」も、情報量が多く、優等生的なサウンドのDACだが、BD34302EKVはそこから大きく飛躍し、よりハイエンドオーディオの空気感、音のリアリティをたっぷり聴かせるクオリティに仕上がっている。採用したオーディオ機器の登場に期待大だ。