株式市場の重要な役割の1つにリスクマネーの供給がある。宇宙ビジネスというハイリスク・先行投資型事業の立ち上げを目指すispaceにとって、株式市場の信頼と期待をつなぎとめることは重要だ(撮影:梅谷秀司)

「世界を代表する金融グループからの大型出資は、当社のビジョンと成長戦略を高く評価していただけたから。大変な栄誉だ」

月面輸送サービスの実現をめざす宇宙ベンチャーのispaceは10月11日、米機関投資家のハイツ・キャピタル・マネジメント・インクを引受先に、第三者割当増資を実施すると発表した。普通株式の新株発行と新株予約権を組み合わせ、調達額は最大で237億円に達する。ispaceの袴田武史CEOは同日の説明会で冒頭のように述べ、ポジティブな増資であることを強調した。

ただ、発表時点での時価総額が616億円の同社にとって、この増資による希薄化率は最大で23.58%になる。また、今年3月には海外での公募増資で84億円弱を調達したばかり。今回の大型増資は既存株主には気がかりな面もある。

4回に分けて普通株と新株予約権を発行

第三者割当増資のスキームは、ややテクニカルだ。

普通株式、新株予約権とも発行数は4回に均等分散する。2024年10月11日、11月18日、2025年1月14日、3月11日を発行決議日に設定。それぞれ前日の終値をベースに、普通株式はその90%を発行価額、新株予約権はプレミアムを載せて120%を行使価額とする(権利行使期間は4年間)。


段階的な増資は、株価上昇シナリオを前提としている(ispaceの説明資料のスクリーンショット)

つまり、すでに発行決議日を過ぎた1回目を除き、普通株式による調達額は各決議日前日の終値次第で変わる。価額には上限があり、株価が高かった場合の増資額は、普通株式で最大101億円。新株予約権は、もしフルに行使されれば最大136億円という内訳だ。

こうしたスキームを採用した理由について、会社側は「株価への配慮」と「今後の株価上昇のポテンシャルを取り込むため」というメリットを挙げる。

一度に大量の新株を発行するのではなく、4回に分けることで株価へのインパクトを分散させる狙いがある。加えて、株価が上がれば調達額を増やすことができるため、将来的な希薄化も抑えられると主張する。

また、新株予約権の行使価額を、各決議日前日終値の120%としたことも「株価がそれ以上にならなければ行使されない(=希薄化しない)」ため、株価への配慮となるという。

もっとも、「調達額を増やすことができる」のは、あくまでも株価が上昇した場合の話。目論見に反して株価が下がると調達額も減ることになる。新株予約権分については、各決議前日以降に株価が上がらなければ調達にさえつながらない。

低迷する株価の引き上げを狙う

会社側は、株価上昇を前提に今回のスキームのメリットを強調している。しかし、ispaceの株価はダウントレンドにある。

東証グロース市場に上場したのは2023年4月12日。翌日についた初値は1000円で、IPO時の公募価格254円の約4倍と高い期待を背負ったスタートだった。株価はしばらく上昇を続け、同社が「ミッション1」と位置付けた月面着陸への初挑戦を翌日に控えた4月25日は1990円で引けた。

だが、月面着陸に失敗すると2日連続でストップ安を記録。以降、急騰と急落を繰り返しながらも、今回の増資発表直前の株価は661円だった。


ここから株価を上げていけるか――。そんな疑問に対してispace関係者は「自信の表れとみてもらってもいい」と話す。

早ければ、12月には「ミッション2」を担う月面着陸船を搭載するスペースXの「ファルコン9」打ち上げが予定されており、そこに向けて期待が高まる可能性はある。また、「ミッション3」の月へ輸送する顧客荷物(ペイロード)の契約状況や、政府の宇宙戦略基金に絡む進捗を示すことで株式市場の評価を上げたい考えのようだ。

なお、リベンジを狙うミッション2の月面着陸が予定されているのは、4回目の発行決議日(2025年3月11日)よりも先の来年4月以降になる。

一方、株価の先行きに自信があるなら、なぜ今のタイミングで大型増資をするのか。結局、今回の選択の背景には、ispaceの決して楽ではない財務状況と事業モデルがありそうだ。

本格商業化前で赤字は続く

ispaceが目指す月面輸送サービスは本格的な商業化には至っていない。先行サービスの提供に応じてペイロードの前受け金の一部を売り上げ計上しているが、当面は研究開発費が先行せざるをえず、まだまだ営業赤字が続く。当然、フリーキャッシュフローも赤字であり、財務キャッシュフローで補っている。これまで上場時を含む複数回の資本調達と多額の借り入れを繰り返してきた。

2024年6月末時点で現預金は126億円保有するものの、短期借入金も78億円ある。この先のミッションでの打ち上げ費用や開発費もかさむため、資金調達は急ぎたい。加えて、自己資本の手当ても急務だ。6月末時点での純資産は80億円。会社計画では2025年3月期に124億円の純損失を見込んでおり、何も手を打たなければ今期末に債務超過になる可能性が高い。


日本オフィス オペレーション部門 執行役の岡島雄氏は「われわれの事業は、しばらくはどうしても赤字が続く。デットファイナンス(借り入れによる資金調達)も活用する一方、純資産もしっかり手当てすることが重要だ。そこはエクイティファイナンス(主に増資による資金調達)に頼らざるをえない」と率直に語る。

ただ、増資によって希望した金額を集めることは容易でなくなっている。

今年3月に実施した海外での公募増資では、新株の発行数が当初発表の最大2059万1900株に対し、実行できたのは半分の1025万株だった。調達額も当初見込みの145億円から84億円弱に下振れた。

岡島氏は「需要自体は当初のブックサイズをカバーできるものが集まっていた。ただ、投資家の方々と話をする中で、株価へのインパクトも考えて、最低限必要な資金を得るためのサイズに調整した」と、希望額を集められなかったわけではない、と説明する。

もっとも、3月の増資発表時の株価は1000円前後で、1株871円での増資だった。今回、1回目の増資は602円、新株予約権の行使価額は828円台。結果論だが、3月に最大限必要な資金を調達しておいたほうがよかったことになる。となれば、1回目は最低限必要な金額を調達し、2回目以降の株価上昇のストーリーにかけるしかなかったというのが実態ではないか。

4月以降、株価が大きく変動する可能性

順調に4回の増資が実行され今期末に債務超過を回避できたとして、その先を見据えると、来年4月以降に控える月面着陸の成否が株価を左右する分水嶺になりうる。仮に失敗すれば株価は大きく下がり、以降の増資の条件が一層悪くなることが考えられる。

月面着陸の再挑戦の結果が出る前に、少しでも多くの増資をしておきたい――。今回のファイナンスのスキームは、株価上昇前提で楽観的に見える。だが、実際には悲観シナリオに備えた布石なのかもしれない。

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)