死刑当日に執行停止に…全米注目の“娘殺し”の父親は冤罪か?筆者が見たアメリカの死刑 薬物注入で「静かな最期」

写真拡大

私(筆者)は死刑執行の現場に立ち会ったことがある。あれから12年たつが、あの重苦しい静けさと恐ろしさを思い出すだけで手が震える。人の命が国家に奪われる瞬間の恐ろしさは想像を絶する。

「揺さぶられっ子症候群」でアメリカ初の死刑か

今、アメリカではある死刑囚の刑執行の行方が注目されている。

2002年、アメリカ・テキサス州で当時2歳だった女の子、ニッキ・カーティスちゃんが死亡した。原因とされたのは「揺さぶられっ子症候群」(乳幼児揺さぶられ症候群)。逮捕されたのは、父親のロバート・ロバーソン(当時35)だった。

ニッキちゃんは生まれつき病弱で、父親のロバートは何度も救急病院に連れて行っていたという。ロバートの証言によると、2002年1月31日の朝、目覚めるとニッキちゃんはベッドから落ちてぐったりしていた。その後、唇があおむらさき色になり意識がなかったため、抱きかかえて病院に運んだものの、翌日死亡が確認された。死因は「揺さぶられっ子症候群」による脳の損傷とされた。

医師たちは娘の死に際してもあまり感情を見せず、無反応なロバートを見て虐待を疑い、通報。ロバートは逮捕され、強盗の前科などもあったことから裁判で死刑判決を言い渡された。

死刑執行の当日に「一時停止」

2024年8月、ロバートの弁護団はニッキちゃんが死亡の5日前から高熱・吐き気・下痢の症状があり、死因は肺炎だったとする新たな証言や証拠を提出。また、ロバートが娘の死に感情をあらわにしなかったのは自閉症の症状だったと発表した。さらには、当時捜査を担当した警察官までが「当時、自閉症に関する知識がなかった。今ではロバートは無実だと思う」との声明を発表。しかし、死刑執行の日付は10月17日に設定された。

事態が動いたのは、10月17日。死刑執行当日のことだった。テキサス州の最高裁判所が、刑の一時停止を決定。ロバートの薬物注射による死刑執行はひとまず回避されたのである。

日本に比べて格段に透明性の高いアメリカの死刑制度

執行される予定だった「薬物注射による死刑執行」とは一体どのようなものなのか。筆者は12年前にアメリカ・ミシシッピ州で死刑執行に立ち会ったことがある。

アメリカは日本と並んで先進国としては数少ない「死刑制度のある国」だ。しかしアメリカと日本では大きな違いがある。それは「透明性」だ。死刑制度が残る州では刑執行の際、必ず報道記者の立ち会いを義務づけている。

死刑執行の瞬間

筆者が立ち会ったのは2012年6月、ミシシッピ州で行われた死刑の執行だ。

マイケル・ブローナー死刑囚(当時23歳)は離婚した元妻の実家に金の無心に訪れたものの、拒否され逆上。元妻、その両親、そして当時3歳だった娘までを射殺した。その後、義母の遺体から結婚指輪を奪い、同居中のガールフレンドにプレゼントしプロポーズするという驚きの行動に出たのだった。

執行当日。立ち会いが認められたミシシッピ州の刑務所に出向いた。人の死の瞬間に立ち会うということに実感が湧かず、前日はぐっすり眠れた。

執行は午後6時。立ち会う記者4人はその6時間前の正午に集合がかかった。

「そのとき」までに2回のブリーフィングがあり、ブローナー死刑囚が何を食べ、どのような様子なのか、事細かな説明があり、「死刑囚が答えるかどうかは分からない」と断りながらも、記者からの質問まで受け付けた。ちなみに、ブローナー死刑囚は“最後の食事”にピザをリクエストし、完食した。

執行まで1時間を切ったとき、記者や立会人は敷地内の「死刑棟」に移動。

その「死刑棟」には1970年代まで使用されていた「ガス室」の煙突が不気味にそびえ立っていて、死刑制度の歴史を感じさせた。

我々が案内された立ち会い室には大きなガラスの窓があり、筆者が中に入るとすでにストレッチャーに横たわったブローナー死刑囚の姿が飛び込んできた。両足、胴体、腕は太いベルトのようなものでストレッチャーに固定され、身動きができない状態。「重大な罪を犯した者」が着用する赤い囚人服と、真新しい白いスニーカーが印象的だった。

壁の穴から伸びた細い管は死刑囚の両腕の手の甲につながり、ここから薬物が注入されることが瞬時に理解できた。

窓ガラスはマジックミラーで、死刑囚から我々は見えていないはずだが、目が合ったような気がして、鳥肌が立った。

そして、最期の時。死刑囚が被害者遺族への謝罪の言葉を口にした後、身体に刺された管がゆらゆら揺れたのが見えた。薬物が注入された瞬間だった。死刑囚は見た目には苦しむことなく、静かに息を引き取った。死亡宣告までわずか18分。彼に殺害された4人が苦しみ、おびえながら突然命を奪われたことを想像すると、あっけないほど静かな最期だった。

死刑執行後、刑務所側が再びブリーフィングを開いた。筆者の「怖いか?Are you scared?」との質問に死刑囚は「I’m not afraid. I’m ready」(「怖くない。準備はできている」)と答えたという。

トランプ氏が勝利なら、死刑執行が激増も

アメリカの死刑制度は州の裁判所が判断する「州レベル」のものと、州をまたぐ重大犯罪に対する「連邦レベル」のものがある。1927年以降、「連邦レベル」の死刑は50件執行されているが、そのうち、前トランプ政権が執行を命じたのは実に13件にのぼる。

実際、トランプ氏は現在行っている選挙戦の集会でも「アメリカ人を殺害した移民や警察官を殺害した人物には死刑を」と度々訴えている。トランプ氏が再びホワイトハウスに戻った場合、死刑執行が進む可能性が高いとみられている。

連邦レベルの死刑囚は現在、全米で40人にのぼる(10月14日現在)。

12年前、ミシシッピの地元記者に「日本はなぜそんなに秘密主義なの?」と聞かれ、明確な答えができなかった自分を恥じている。国家が人の命を奪う死刑制度。せめてその経緯は透明であってほしい。