精神を健全に保つにはどうすればいいか。精神科医の和田秀樹さんは「ビジネスの世界では自責思考のほうが高く評価される傾向があるが、度が過ぎるとストレス過多になりやすい。原因を自分自身の中に探してしまうため、精神的に追い込まれてしまう。自責と他責の両方をバランス良く自分の中で育てていくことが重要だ」という――。

※本稿は、和田秀樹『逃げる勇気』(自由国民社)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/EyeEm Mobile GmbH

■「逃げる」とは、生きていくうえで大切なこと

逃げるとは、危険回避です。

自由のきかない所や危険な場所から抜け出して、回避することです。

面倒なこと・嫌なこと・つらいこと・危ないことから、積極的に・意識的に遠ざかることです。

自分を安心安全な場所に退避させ、危険に直面するのを避けるとても正しい行為です。

生きていくうえで、とても大切なことだと思いませんか?

ボーイスカウトや登山家、労働災害が発生する危険な作業者であれば、命を守るうえで、いかに素早く危険を察知して危険を回避するかが何より重要であることを教わります。

経済的損失よりも命が優先です。命よりも大切なものはこの世にありません。

「ハインリッヒの法則」というものがあります。

労働災害の発生比率によると、1件の重大事故の裏には、すでに29件の軽傷事故があり、300件の無傷事故(ヒヤリハット)があると分析されました。

これまであなたは、どれだけのヒヤリハットがあったでしょうか。

小さなヒヤリハットが、いずれ取りかえしのつかない重大事故につながることを示唆しています。

■発汗、肩こりは自己防衛のために起こる正常なストレス反応

危険を前にすると、不安や恐怖を感じて、環境に適応するために私たちの体にさまざまな反応が起こります。

自律神経の交感神経が優位になって、血圧が上昇し、発汗、口渇(こうかつ)、動悸(どうき)、息苦しさ、肩こり、だるさなどがあらわれます。これらはすべて、自己防衛のために起こる正常なストレス反応です。

精神的に強いストレスを感じたとき、私たち人間はそれがこのような身体症状としてあらわれます。

うつ病の初期症状にある人は、「不安だ」「憂うつだ」といったメンタルの訴えよりも、「疲れた」「だるい」「眠れない」「食欲がない」といった身体的な不定愁訴を訴えることが多いのです。

■適応障害をチェックする31項目

体がだるくて、学校または職場に行きたくない。

なかなか眠れず、朝起きられない。

……といったように、社会生活に支障が生じた状態を「適応障害」、またはストレス性障害といいます。

あなたに、すでに次のような症状が起こっていないか、チェックしてみてください。

これらの項目で、当てはまることが多ければ、いまの環境に適応していない可能性があります。

出所=『逃げる勇気』
出所=『逃げる勇気』
出所=『逃げる勇気』

■「痛み」を我慢してはいけない

適応障害のチェック項目について、少し説明します。

※1の「痛み」ですが、痛みは我慢するとますます痛みを強く感じてしまいます。痛みを放置しておくと、慢性痛になり、過敏状態になり、難治性へと発展します。治療しても治らない痛みを作り上げてしまうのです。

痛みが記憶として残ると、痛みの原因を取り除いたにも関わらず、なおも痛みを感じてしまいます。痛みは我慢してはいけません。

※2の「マイナス思考」というのは、「どうせ失敗する」「私はダメだ」と、悪いほう悪いほうへと考えが向かうことです。完璧主義の人によく見られる傾向です。

だからといって認知療法では、マイナスをプラスに無理に変えようとはしません。マイナスはそのまま置いておいて、別の可能性も一緒に考えるようにします。

※3の「自責思考」というのは、何か問題が起こったときに、他者ではなく自分に非があるとしてしまう考え方です。

自責思考がある人は、真面目で几帳面、完璧主義、ネガティブ思考、自己肯定感が低い反面、ミスを反省して改善努力する人とされています。プロジェクトへの当事者意識が高く、指摘されたことを素直に受け入れる柔軟さと成長意欲が高いとされています。

■ビジネスで「自責思考」がいいは本当か

やっかいなのは、ビジネスの世界では自責思考のほうが高く評価される傾向があることです。

はたして本当に、自責思考は望ましいものなのでしょうか。

自責思考が強いと、ミスをすると「同じミスを繰り返さないように慎重になる」「やり方を工夫してみる」とがんばります。

それによって成長の機会を得ますが、度が過ぎるとストレス過多になりやすいのです。

物事がうまくいかないたびに、原因を自分自身の中に探してしまうため、精神的に追い込まれてしまいます。自分への評価が過度に厳しい場合には、精神的に疲労し、ストレスを溜めこみます。

写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen

自責思考のデメリットはストレス過多になり、自己完結して物事を考えてしまう点です。自分ですべての責任を負い、自分ひとりですべて対処しなければいけないと考える「自己完結型」の人は、報告・相談が苦手で、周囲になかなか頼ることができません。

特徴は次の通りで、優秀であると同時に頑固な一面があります。

・頭が良い(学歴が高い、成績が良いなどの形で)
・自分の意見に自信がある
・相談しない
・自分中心
・こだわりが強い
・これまでの問題解決能力が高い
・相手の話に耳を傾けない
・人に頼らない/頼れない
・勝手な解釈をしたり独断したりする

■「自責」と「他責」をバランス良く育てていく

自己完結型になってしまう理由は、生まれつきの性格もありますが、共通するのは、他人を信用していないという点です。

他人に頼るより自分で進めたほうが効率よく無駄なく進められるからです。自分のやることや考え方に口出しも干渉もされたくないのです。

このようなタイプの人間がリーダーだと、いきなりあなたに仕事をふってくることも多く、よくわからずオタオタしていると「頭が悪い」「仕事ができない」と評価されます。とてもやっかいです。

和田秀樹『逃げる勇気』(自由国民社)

攻撃の根っこにあるのは、コンプレックスの裏返しです。「頭が悪い」というのは、自分が何より言われたくないことでもあるのです。

一方の他責思考型は、当事者意識が薄いがゆえに、「自分のせいではない」「関係ない」ととらえるため、ストレスを抱えにくいというメリットがあります。

周囲を見渡して(良く言えば大局を見て)、客観的に物事をとらえて自分がいかに悪くないか、エクスキューズするのが上手です。

ずるいといえばずるいのですが、自責と他責の両方をバランス良く自分の中で育てていくことが重要です。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)