「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」展示風景


(ライター、構成作家:川岸 徹)

イギリスの生活文化に大きな変化をもたらし、デザインブームの火付け役にもなったコンランの人物像に迫る日本で初めての展覧会「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」が東京ステーションギャラリーにて開幕。発想の源になった愛用品、著書、写真、映像など300点以上の作品や資料に加え、彼から影響を受けた人々のインタビューを交えながら様々なコンラン像を浮かび上がらせる。

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ザ・コンランショップの生みの親

 バブル景気の余韻が残り、消費活動もまだまだ華やかといえた1994年、東京・新宿パークタワーに「ザ・コンランショップ」の日本1号店がオープンした。世界中からセレクトした家具や照明、インテリア用品を中心に、オリジナルアイテムも取り揃えたホームファニシングショップ。商品のラインアップについては客の好みもあるだろうが、そのディスプレイは圧倒的な支持を集めた。

 テーブルやシェルフに多彩なアイテムが居心地よさげに並び、こんなシーンを自分の部屋に取り入れたいと気持ちが高揚してくる。プロのコーディネーターやデザイナーが「ザ・コンランショップで“飾る技”を学んでいる」というのはよく聞く話だ。

コンランと彼がデザインした「コーン・チェア」 1952年撮影 レイモンド・ウィリアムズ・エステート蔵 Photo © Estate of Raymond Williams / Courtesy of the Conran family, Conran Foundation and Conran IP LTD.


 ザ・コンランショップを設立したのは、イギリス人デザイナーのサー・テレンス・コンラン(1931〜2020)。ロンドン南西部サリー州イーシャーに生まれたコンランは、「Plain, Simple, Useful(無駄なくシンプルで機能的)」なデザインが生活の質を向上させると信じ、個人の生活空間から都市、社会までをひっくるめて、デザインによる変革を推し進めた。コンランの業績は英国王室から高く評価され、1983年には“サー”の敬称を賜っている。

 ザ・コンランショップ日本上陸30年を機に開幕した展覧会「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」。テレンス・コンランのデザインセンスに触れられる貴重な機会であるとともに、彼の人生そのものにも大きく注目している。彼の生き方や選択、言葉には、ビジネスで役立つヒントがいっぱい。ぜひ足を運んでほしい。

画期的なショップ「ハビタ」開業

 コンランが頭角を現したのは1960年代のロンドン。ビートルズ、ツイッギー、マリー・クワントといったアイコンが登場し、音楽、アート、ファッションなど様々なジャンルで若者文化が花開いた時代だ。家具とテキスタイルのデザイナーとして活動していたコンランは、そうした時代の波に乗り、常識にとらわれない斬新なアイテムを生み出していく。

 1962年に立ち上げた家具〈スーマ〉シリーズ。これは家庭用KD(ノックダウン式)家具と呼ばれるもので、持ち帰り、組み立て、すぐに使い始めることができる。今では珍しくないが、当時は「ミニスカートのように革新的なもの」だったという。

コンランがデザインした家具の模型 ザ・コンランショップ(UK)蔵 Courtesy of the Conran family


〈スーマ〉は好評を得たが、コンランは販売店での商品の扱われ方に不満を抱く。思うようなスタイルで並んでいないことに落胆し、自ら小売店を始めたいと願う。そして1964年、コンランはチェルシーに「ハビタ」第1号店をオープン。家具やインテリア用品、キッチンアイテムといった商品は、在庫のすべてを店頭に高く積み上げて陳列。客が気軽に手に取り、買い求めやすいよう、スーパーマーケットのようなワイヤーバスケットやカートを採用した。店員はマリー・クワントのユニフォームを着用。ヘアスタイリングはヴィダル・サスーンに依頼した。

「ハビタ」は瞬く間に人気ショップになった。モノを売るだけでなく、人々が憧れつつも簡単に手に入れることができるような、暮らしのスタイルのお手本も提供する。ハビタに行くということは、ショッピングだけでなく、そこに来る流行に敏感な人たちや最新の音楽に出会えるということでもあった。

 さらにコンランは1972年に新業態「ザ・コンランショップ」の展開に乗り出す。世界から良質なデザインとプロダクトを集めた“セレクトショップの先駆け”。こちらも世界的ブームを巻き起こし、1994年には日本にも進出している。

イギリスの食を向上させたい

「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」展示風景


 デザイナーとして、実業家として大きな成功をつかんだコンランだったが、現状に留まることはなかった。イギリスには優れたデザインもファッションも音楽もあるのに、食はダメだ。そう考えていたコンランは1980年代後半にレストラン事業に力を注ぎ始める。高級レストランからカジュアルなカフェまで様々な食体験の場を提供。ハーブやスパイスを取り入れた「モダン・ブリティッシュ」の料理スタイルをイギリスに定着させていく。

コンランが手がけたレストラン「ブルーバード」(1997年開店) Photo: Alex Pareas, Courtesy of Conran and Partners / Courtesy of the Conran family


 コンランが手がけた飲食店は50店舗以上。店のコンセプトや内装はもちろん、ロゴ、メニュー、スタッフの制服、灰皿、マッチ箱に至るまで、コンランはこだわりをもって細かくディレクションを行った。1997年に開業したロンドンの「ブルーバード」は、レストラン、クラブ、バー、フードマーケットから成るガストロドローム。ここのクラブを気に入った森ビルの森稔社長(当時)は赤坂アークヒルズ内「アークヒルズクラブ」のデザインをコンランに依頼している。

デザイナー人生を全う

「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」展示風景


 コンランが関わった事業はまだまだある。廃れていたロンドンの倉庫街の再開発事業を引き受け、集合住宅、レストラン、オフィスなどで構成される人気エリアに生まれ変わらせた。コンランはこの再開発エリアに、産業デザインをテーマにした世界初の「デザイン・ミュージアム」を開設。デザイン・ミュージアムは2016年にサウスケンジントンへ移転、現在もデザインが社会に果たす役割や意義を発信し続けている。また、コンランは執筆にも精力的に取り組んだ。住宅に関するハウツーやアイデアを詰め込んだ著書『The House Book』は250万部以上の売り上げを記録している。

コンランの著書『The House Book』(ミッチェル・ビーズリー刊) 1974年 Courtesy of the Conran family


 様々な仕事に取り組み、常に多忙だったというテレンス・コンラン。だが、その軸は決してブレることなく、デザイナーとしての生き方を全うした。コンランは週末に家具などのスケッチを描き溜め、月曜の朝に工房に持参し、必ず小さなマケットで試作してから実作の製作にとりかかったという。ものづくりの人間として、自らの手を動かすことがコンランの基本だった。

 コンランはこんな言葉を残している。「私はデザインとともに生きている。一日中、そして夜もずっと、モノや空間のデザインについて考えている」

「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」展示風景


 

「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」
会期:開催中〜2025年1月5日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
開館時間:10:00〜18:00(〜20:00)※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし11月4日、12月23日は開館)、11月5日(火)、12月29日(日)〜1月1日(水)
お問い合わせ:03-3212-2485

https://www.ejrcf.or.jp/gallery/

筆者:川岸 徹