ヴェドゥータ(景観画)の巨匠カナレットが愛される3つの理由、写真のない18世紀、美しき“水の都”を写した遺産
「カナレットとヴェネツィアの輝き」展示風景。 カナレット《昇天祭、モーロ河岸のブチントーロ》 1760年 油彩/カンヴァス ダリッジ美術館、ロンドン
(ライター、構成作家:川岸 徹)
ヴェドゥータ(景観画)の巨匠カナレット。その全貌を紹介する日本で初めての展覧会「カナレットとヴェネツィアの輝き」がSOMPO美術館で開幕。スコットランド国立美術館など英国コレクションを中心に、油彩、素描、版画など約60点を紹介する。
18世紀に流行、グランド・ツアー
約120の島々が400以上もの橋で結ばれた水の都・ヴェネツィア。街中に運河が巡る独特な景観と、ゴシック、ルネサンス、バロック期の総覧ともいえる建築物群は、古くから旅人の心をとらえてきた。
18世紀、ヨーロッパの貴族や富豪の間で「グランド・ツアー」と呼ばれる旅行が流行。これは、現代の修学旅行的なもの。支配階級や貴族たちは自分の子弟を異国で経験を積ませる旅に送り出した。その目的地として高い人気を集めたのがヴェネツィアだ。アルプス以北の国々がグランド・ツアーを熱心に行ったが、特にヴェネツィアは英国貴族たちに好まれたという。
人気の土産「ヴェドゥータ」
「カナレットとヴェネツィアの輝き」展示風景。 カナレット《サン・ヴィオ広場から見たカナル・グランデ》 1730年以降 油彩/カンヴァス スコットランド国立美術館
グランド・ツアーでヴェネツィアを訪れた英国貴族の子弟たち。彼らは旅の土産に、こぞって「ヴェドゥータ」を買い求めた。
ヴェドゥータとは都市景観を緻密に描き上げた絵画。写真がない時代、旅行者にとってヴェドゥータは旅の思い出を残す便利な手段だった。彼らは自分のために、そして自分を旅に送り出してくれた家族へのプレゼントとしてお気に入りのヴェドゥータを購入。ヴェドゥータは絵画のジャンルとして確立され、多くの画家が制作に乗り出した。
その中で抜きんでた人気を誇ったのがカナレット(1697-1768年)。彼が描いたヴェドゥータは英国人に爆発的に売れ、そのためカナレット作品は本国イタリアよりもイギリスに多く残されている。現在、最も多くカナレット作品を所蔵しているのは英国王室だ。ではなぜ、カナレットはイギリスで絶大な支持を獲得できたのだろうか。
カナレットが愛される3つの理由
カナレット《サン・マルコ広場でのコメディア・デラルテの上演》 1755-1757年? ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン © Victoria and Albert Museum, London.
カナレットが支持される1つめの理由は「正確な遠近法」。カナレットは若い頃から舞台装飾の画家だった父親の仕事を手伝い、「遠近法を用いて作品に奥行きを出す技術」を学んだ。さらにカナレットは制作に定規やカメラ・オブスキュラなどの道具を駆使したと考えられている。こうして生まれたリアル感いっぱいの風景画は、まさに写真のようだ。
「カナレットとヴェネツィアの輝き」展示風景。 カナレット《サン・マルコ広場》 1732-1733年頃 油彩/カンヴァス 東京富士美術館
2つめは「適度なアレンジ」。“写真のような”と形容されるカナレットのヴェドゥータだが、そっくりそのままの風景を描いたわけではない。建物を大きくしたり、道幅を広くしたり、通行人の衣装を整えたり……。天候も、抜けるような青空が心地いい晴天ばかり。ヴェネツィアを理想的に見せる配慮といえるが、そこにわざとらしさを感じさせないのが彼の巧みさだ。
「カナレットとヴェネツィアの輝き」展示風景。肖像部分原画:ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアツェッタ 画面構成、彫版:アントニオ・ヴィゼンティーニ《カナレットとヴィゼンティーニの肖像》 1735年 エッチング/紙 個人蔵
3つめは「英国人のパトロン」。カナレット最大のパトロンは、ヴェネツィアで暮らす英国商人・銀行家のジョゼフ・スミス。彼は若き日のカナレットに才能を見出し、20年にわたって代理人を務めた。イギリスとのパイプ役を担い、カナレットにイギリス人が好む絵を指導。旅先から持ち帰りやすいよう、小型の作品を充実するようにもアドバイスした。スミスはカナレットを超売れっ子に仕立てた、敏腕マネージャーと言える存在だ。
カナレットが残した遺産
「カナレットとヴェネツィアの輝き」展示風景。カナレット《カナル・グランデのレガッタ》 1730-1739年頃 油彩/カンヴァス ボウズ美術館、ダラム
こうしてヴェドゥータの第一人者となったカナレット。だが、美術家として高く評価されたのかというと、そうではない。彼はヴェネツィアの美術アカデミーに入会を申し入れたが、長く却下され続けた。美術アカデミーが歴史画と人物画を高く評価していたこと、そしてヴェドゥータはそれらよりも劣る、安易なものとして見られていたためと考えられている。念願かなって会員に迎え入れられたのは、晩年の66歳の時だ。
だが、美術アカデミーに評価されずとも、カナレットは豊かで大きな財産を残した。ヴェドゥータによって、どれほど多くの外国人がヴェネツィアの美しさを知ったのだろうか。ヴェネツィアは麗しき水の都。現代でも多くの人が持つヴェネツィアのイメージづくりに、カナレットの絵画が貢献していることは疑う余地がない。
さらにカナレットが後世の画家に与えた影響も大きい。19世紀の画家たちは、カナレットの作品を通して、ヴェネツィアが「絵になる」ことを知った。そして、この美しき水の都を描きたいと熱望した。
本展ではカナレットの作品とともに、カナレット以降の画家が描いたヴェネツィアの風景画が紹介されている。ジェイムズ・アボット・マクニール・ホイッスラー、ウォルター・リチャード・シッカート、ウジェーヌ・ブーダン、ポール・シニャック、そしてクロード・モネ。彼らはカナレットへ敬意を払いながらも、一歩も二歩も先に進んだ新しい表現も試みた。
「カナレットとヴェネツィアの輝き」展示風景。 クロード・モネ《サルーテ運河》 1908年 油彩/カンヴァス ポーラ美術館
美術史の中では軽く扱われることもあるカナレット。だが、彼の全貌を紹介する今回の展覧会を機に、評価は高まっていくだろう。一時代を築いた画家には、やはり人を惹きつけるだけの魅力がある。
「カナレットとヴェネツィアの輝き」
会期:開催中〜2024年12月28日(土)
会場:SOMPO美術館
開館時間:10:00〜18:00(金曜日は〜20:00)※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(11月4日は開館)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
https://www.sompo-museum.org/
筆者:川岸 徹