いま深刻な問題になりつつある「夏休みの体験格差」。この問題をなくす支援が少しずつ始まっています(写真:筆者撮影)※一部加工しています

習い事や家族旅行、アクティビティは贅沢なものなのか――。

人間の豊かな心や、向上心・忍耐力・協調性・リーダーシップなどの学力数値で測ることができない、非認知能力を育む体験活動。しかし、体験活動は親の収入や家庭環境によって大きく左右される。

体験格差解消へ「こども冒険バンク」

教育以外の経験、例えば習い事やレジャーなど、心身や人生の財産になることを得る経験差が出ていることを、近年は「体験格差」という。

今、この体験格差を解消するためのアクションが起きている。その1つ、認定NPO法人「フローレンス」が提供する「こども冒険バンク」は、”すべてのこどもに心おどる経験を”を目標に掲げた、体験格差をなくすための活動だ。

同法人が一定条件の家族に、無料でお仕事体験や工場見学などのアクティビティの機会を提供している。筆者は今回、こども冒険バンクの利用者である三平さん一家の体験に同行した。

【写真で見る(全12枚)】「みんなで遊べるのは久しぶり」三平さん一家の夏休みの体験などを写真で紹介

横浜市在住の三平さん。30代のシングルマザーで小学生の長男と長女と、保育園児の次男の3人の子どもを育てている。数年前に離婚して、個人事業主と週に3回のパート、離婚までに貯めておいた貯金をたよりに生計を立ててきた。

金銭的にはなんとかやりくりをしながらも、子どもたちはできることをと、長男にはバレーボールやボーイスカウト活動に参加させている。フレキシブルな働き方をしながら、子どもたちができることをなんとかサポート。

しかし、子どもが3人もいると、誰かが活動するときには誰かをその活動に付き添わないといけない。3人が満足するように活動させることは難しかった。


キャラクターTシャツを親子お揃いで着用。お出かけの際には迷子防止のためにも目立つ色合いのお揃いの服を着るそう(写真:筆者撮影)※一部加工しています

体験格差が生まれる深刻な事情

「子どもが同時に習いごとをさせてあげられるようにと、市のファミリーサポート(育児支え合い)のような制度の活用を一度は検討しました。しかし、同時に兄弟を預かってくれる人が少なく、また希望する夕方からの時間をサポートできる人が少ないので、なかなか思うように制度を利用できませんでした。

そうなると、親は私だけなので、子どもを同時にそれぞれの習いごとへ行かせるのは難しくなります」と三平さん。

普段子どもたちが学校に行っているときは、それでも時間をずらしてやりくりできるからなんとかなっているが、夏休みになると実に頭を悩ますという。

「例えばバレーボールやボーイスカウトなどは、試合やイベントの出演になると長時間の付き添いになります。練習も多いチームなので、旅行の日程を組むのもなかなか難しい。みんなが行きたいところにそれぞれ連れていってあげたくても、叶わないのです」(三平さん)

現状は長男・長女が習いごとやアクティビティ体験することを優先させており、それも金銭的にも負担が少ない道のりを模索し続けている。たしかに今は貯金があるのでやりくりできているが、食費や教育費などこれからさらに出費がかさめば、悩ましくなることもあるだろう。

だからこそ仕事をしているあいだも、ひとり親支援の情報サイトは常にチェックして、サポートしてもらえるあらゆるものを検討していた。

情報を探すなかで、三平さんは今回の「こども冒険バンク」の存在を知ったそうだ。

「これまでのひとり親支援制度は、フードバンクをはじめとした医療や食料などの物的な支援が多く、体験の支援はそう多くありませんでした。今回のこども冒険バンクのような体験プログラムは、今まで目にしたことがなかったので、見つけたときにはうれしかったです」

同法人が提供する「こども冒険バンク」は、企業とのコラボレーションにより、現在はスシローやJAL、探究学舎など18社約1700枠の体験が集まっている。内容はさまざまで、工場見学や博物館、お仕事体験などがある。

対象はさまざまな要因によって体験が不足しがちな家庭で、経済的に厳しい世帯年収が400万円以下の世帯、ひとり親・実質ひとり親世帯に提供される。事前に同法人に申請が必要で、審査を通った家族を無料で招待している。


こども冒険バンク、プラットフォームの仕組み(出典:認定NPO法人フローレンスホームページ)

いざ「ロマンスカーミュージアム」へ

8月26日、家族が足を延ばしたのは、神奈川県海老名市。目的地は小田急電鉄株式会社が運営する「ロマンスカーミュージアム」だ。

10時の開館前には、夏休み最終日を満喫しようと張り切る親子が押しかけ大行列。コロナ禍を経て、リアルな体験が復活してからは、土日を中心に大盛況だという。

待ち合わせの場所に、三平さん親子も到着。3人の子どもは元気よく人懐っこく、筆者に「今日はずっと楽しみにしてきたんだ。みんなで遊べるのは久しぶりで、何日も前からカウントダウンしていたんだよ」とうれしそうに話してくれた。


子どもたち3人で夢中になって鉄道模型を動かす(写真:筆者撮影)※一部加工しています

子どもを自由に遊ばせられる空間に足を延ばすことそのものが、母親の息抜きにもなるのだろう。三平さんも「今から入るのが楽しみでしかたないです!」と顔をほころばせる。

のびのびとできる時間と空間がある

子どもたちは、はやる気持ちを抑えられず、入館手続きと同時に館内に飛び込んでいく。夢中になってかけ回る姿は子どもらしい。

1階から2階にかけて、期間限定の鉄道模型コーナーやロマンスカーの旧車両展示&体験乗車コーナー、ジオラマパーク、ロマンスカーの車両をかたどったスペースのあるアスレチックコーナーを縦横無尽に行き来する。

ときには兄弟同士で、あるときは1人ひとりが自分が好む遊びを熱心に繰り返す。子どもが3人もいると、やりたいことも行きたいところもばらばらだ。ちょっと目を離すとどこかへ行ってしまう。「その様子を追いかけ切れない」と三平さんはいう。

それでも、のびのびと好きに自由にさせてあげられる時間と空間、そしてお母さんのちょっとした余白が、ここにはある。これがこの体験プログラムの魅力の1つなのかもしれない。


アスレチックをここぞとばかりに満喫する長女(写真:筆者撮影)


家族がこの場を離れても、1人で黙々と鉄道模型を動かし続ける長男(写真:筆者撮影)

一家は筆者と別れたあとも何度も各所を繰り返し歩いて満喫し、帰路についたようだ。

別れ際、「夏休みの最終日に家族全員で一緒に遊べたことが何よりもうれしかった」という声を寄せてくれたのが、なんとも印象的だった。

その言葉からは、全員が平等に遊びたくても遊べないというもどかしさと、やっぱりみんなで一緒に楽しみを共有できるうれしさが、そこはかとなくにじみでていたからだ。


子どもが興奮して車両が脱線すると、小田急電鉄広報部の荻本さんがていねいにメンテナンスしていた(写真:筆者撮影)


アスレチックパーク入場前にスタッフの事前注意事項を聞く一家(写真:筆者撮影)

切実に困っている「体験欠如」

体験格差を解消しようと、すでに複数の団体で取り組みをし始めている。

子どもの教育格差解消を目的に活動を行う公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」(CFC)が取り組む「子どもの体験奨学金(電子クーポン)事業『ハロカル』」、アソビュー、花まる学習会、慶応義塾大学、リディラバの4者が連携する「子どもの体験格差解消プロジェクト」などだ。

フローレンスも同様に従前より検討を進めていた。本格的に考え始めたのは、2017年から開始していた基幹事業の1つ「こども宅食事業」がきっかけだったという。

事業を実施するなかで、利用家庭と関わる際に、切実に困っていることとして「体験の欠如」という言葉を何度も耳にしていたのだ。

どうしても生きることを優先するあまり、衣食住は確保を努めるけれど、体験活動にまで手が回らないという困りごとの声が、日に日に増していったことを実感した。

そこで、2023年にまずは単発のキャンペーンとして、子どもの格差が浮き彫りとなる夏休み期間に「#夏休み格差をなくそう プロジェクト」を実施。複数の企業からレジャー施設や外食、プログラミング教室などの体験機会を提供してもらい、2カ月半の期間中に経済的な困難を抱える家庭など2885世帯に体験を届けた。

本プロジェクトには想定を超える応募が集まり、利用した家庭からは多くの喜びの声が寄せられたという。とはいえ、一過性のキャンペーンでは解決されない。

厚生労働省の「2021年 国民生活基礎調査」による相対的貧困の基準は、世帯年収127万円とされ、相対的貧困率は15.4%に達している。つまり、日本人口の6人に1人、約2000万人が貧困ライン以下で生活しているのだ。

こうした潜在的貧困層の課題を解決するためには、単発のキャンペーンではつながりにくい。そこで継続的に提供できるよう、2024年に「こども冒険バンク」を立ち上げた。


子どもが見て触れて感じることができるジオラマ(写真:筆者撮影)

体験格差は金銭的な問題だけではない

今回のプロジェクトマネージャーを務める、フローレンスの皆川春菜さんは、「体験格差の原因は複数あり、金銭的な面だけではない」と話す。

もちろん第一の問題として挙げられるのは、低収入が理由で体験に投資ができないということだが、次いで挙がるのは、ひとり親や共働きなど大人が時間や手を空けられないといった理由で、体験をさせてあげられないことだという。

「こうしたさまざまな理由で体験を諦めている人に、少しでもサポートの仕組みを知ってもらい、楽しんでほしいなと思っています」

このサポートは企業の支えなくしては成り立たない。支える企業も、プラットフォームができたことで、”私たちも何か取り組みたい”と、立ち上がることができたようだ。

取材をした日のプログラム提供をした小田急電鉄は、日頃よりCSR活動に力を入れてきていた。

広報部の荻本さんは、「これまで当社は子どもの笑顔や成長、子育てされる親御さまへ寄り添う気持ちを“子育て応援ポリシー”と掲げて、小児IC運賃50円化や、グループ会社をあげての各種体験イベントなどを実施してきた。

そのなかで、経済的に切実に困っている人たちの声を結構いただいていた。とはいえ、”誰でもいつでも無料に”とキャンペーンを拡大して実施しても、本当に必要な人に届くのか?という課題もあった。

本質的なことが解決されるためにはどうしたらいいのかと模索をしていたときに、他社を通じてフローレンスさんと出会った」と話す。

そのうえで「企業はもっと困っている人のために貢献したいと願っているはずだ。今回のような活動がもっと認知されて、参加する企業が増えれば」と、希望を込めて話してくれた。それまではフローレンスのことを知らなかったそうだが、こうして企業とNPOがつながることで届けたい層とのマッチングハブとして機能している。


日本航空株式会社の機内食体験とJAL工場見学、SKY MUSEUM、 客室乗務員お仕事講座(写真提供:認定NPO法人フローレンス)


東洋製罐グループホールディングス株式会社の容器文化ミュージアム見学&ワークショップ(写真提供:東洋製罐グループホールディングス株式会社)

広がる体験格差、埋めるためには?

2020年以降、コロナ禍や物価高騰の影響を受けて、体験格差はますます広がっている。

2023年に発表されたCFCの子どもの「体験格差」実態調査最終報告書によると、世帯年収300万円未満の家庭の約2人に1人(50.6%)が、物価高騰の影響で、子どもの学校外の体験機会が減少した、または今後減少する可能性がある、と答えた。また、世帯年収300万円未満の家庭のうち、物価高騰の影響で子どもの体験機会が減少したと回答した割合は、世帯年収600万円以上の家庭の2.2倍だった。


こどもの「体験格差」の実態(出典:認定NPO法人フローレンスホームページより)

さらに、ひとり親の家庭の約2人に1人(48.5%)が、物価高騰の影響で子どもの学校外の体験や機会が減少した、または今後減少する可能性があるとしていることからも、その実情がわかる。

これから社会情勢の変化で、ますますこの課題は溝が深くなっていくのではないだろうか。だからこそ多くの人に体験をしてもらえるように、これからもこうした活動が広がっていくことを見守りたい。

(永見 薫 : ライター)