しかし新型コロナウイルスの感染拡大で、宿の状況は一変する。訪れる外国人が激減したのだ。

「20年の3月から宿泊者数がドーンと減って、6月にはゼロになっちゃいました。GoTo効果で客足が戻ってからは、県内の家族層が見つけて来てくれるようになりましたね」

 それまでメインの客層だった外国人と入れ替わるように、日本人の家族連れが泊りに来るようになった。とはいえ、コロナ前に比べると宿泊者数は減っている。それでも経営面で不安は感じていないという。

◆妻子を養いながら月15万円でやりくり

「小さな宿なので、元々そこまで売上は無かったんです。山奥で自給自足しながら生活する分には困らない程度しか稼いでいませんでした。だから客が減ったとはいっても、別の仕事をすればいいだけなので問題ありません」

 実はお茶農家でもある坂本さん。近隣農家の手伝い賃を含めると、農業だけで生活が成り立つそうだ。また地域に人を呼び込むため、‟一時移住”のシェアハウスも営んでいる。

「シェアハウスは食事付きで月4万円です。赤字にはならないけど、そんなに儲かってはいないですね。儲けよりも、‟人々の生活の営みを提供する”ことが大切だと考えています。ここは人口がどんどん減っている、消滅しつつある集落です。地域に人の足跡や賑わいを生むことによって、新しい訪問者がやってきてくれると思っています。それに生活費だけなら、月15万円も稼げば妻と子供を養っていけますからね」

 3人家族で15万円、都会では考えられない経済水準だ。山奥特有の事情も影響していると坂本さんは語る。

「ここでは都会と違って、見栄のためにお金を使う必要がありません。良い車に乗ったり着飾ったり、そういうのは田舎の価値観と合わないので。だから質素ながらも豊かな生活が送れるんです」

 物欲に振り回されない、自給自足のスローライフ。多角経営のおかげもあり暮らしには困らなかったが、ひとつだけコロナ禍で頭を悩ませた出来事がある。

◆マッチングアプリで出会った外国人女性とスピード結婚

「一昨年の2月にフィリピン人の妻と結婚したんですが、コロナで会えなくて……。宿業よりそっちのほうが大変でしたね」

 当時フィリピン在住だった妻とは、マッチングアプリを通して出会った。結婚前に会ったのは2回だけ。出会ってから半年後、フィリピンで式を挙げた。

「挙式後に僕だけ先に帰国したら、入国制限がかかって妻が日本に来れなくなってしまって。妻に会えない状況は辛かったです」

 制限が解除された時期を見計らい、昨年約一年ぶりに妻を日本へ呼び寄せることができた。結婚相手を外国人に決めたのは、とある理由からだ。

「婚活すると決めた時、『こんな山奥に住める日本人女性は少ないだろうな』と思ったんです。環境はもちろん、昔ながらの古い男女観や文化も残っている土地なので……。だから田舎暮らしに馴染みがあって、違う文化圏から来た外国人の方が、女性側も楽なんじゃないかなって」

 この結婚について、妻側はどう捉えているのだろうか。残念ながら本人に話を聞くことはできなかったが、坂本さんはこう推測してくれた。

「妻は『あなたといるのは居心地が良かったから』と言ってくれています。もしかしたら、経済的な魅力もあったのかもしれません。日本人の中では稼げていない僕だけど、フィリピン人の彼女から見れば、何倍も稼いでいるわけだから。あとは単純に、僕が“それなりに良い人”だからかも(笑)」

◆妻と二人で宿を切り盛り

 ようやく妻を日本に迎えてからは、二人で支え合いながら田舎暮らしを営んでいる。収入のメインであるゲストハウスの基本宿泊料金は、一人一泊3500円。オンライン取材時に画面越しで宿を見せてもらうと、土間や畳敷きの大広間など、古民家ならではの光景が広がっていた。