かつてオーストラリアは日本の天敵だった。2006年にサッカールーズ(オーストラリア代表の愛称)がアジアサッカー連盟(AFC)に加わる前の戦績は、5勝4分5敗。AFC加盟元年には2006年ドイツW杯のグループステージ初戦で対戦し、ジーコ監督率いる日本が前半に中村俊輔のゴールで先制しながら、フース・ヒディンク監督が統率したチームに後半終盤の8分間に3得点を叩き込まれてひざまずいた。のちに"カイザースラウテルンの悲劇(悪夢とも)"と呼ばれることになる屈辱的な敗北だ。

 当時のオーストラリアには、ハリー・キューエル、マーク・ビドゥカ、ティム・ケイヒル、ジョン・アロイージ、マーク・ブレシアーノ、マーク・シュウォーツァーら、欧州のトップレベルでプレーする選手がたくさんいた。その3年後にはW杯予選で日本を2−1で下している。だが、その後は一度も日本に勝てておらず、対戦成績は4分6敗。2015年にアンジェ・ポステコグルー監督がチームをアジアカップ初制覇に導いたが、この時は日本と対戦していないし、現在トッテナムで采配を揮う指揮官が、選手の実力以上のものを引き出した結果と言えなくもない。

 以降、明らかに選手育成がうまくいっておらず、欧州トップレベルで活躍する選手は減り続けている。10月15日の日本戦に先発したなかで、欧州5大リーグのクラブでレギュラーを張っているのは、主将のジャクソン・アーバインだけだ(イプスウィッチのDFキャメロン・バージェスとアストン・ビラのGKジョー・ガウチは、ほとんど出場機会を得られていない)。

 ただしその日のベンチには、今年7月にバイエルンに引き抜かれた超新星がいた。ネストリー・イランクンダ──18歳の褐色のアタッカーだ。この日本戦では出番がなかったものの、6月のバングラデシュ戦で代表デビューを果たし、5日後のパレスチナ戦ではゴールも決めている。現在のオーストラリアで一番期待されているティーンについて、アーバインはこう話した。

「彼はオーストラリアの未来にとって、実に重要な選手だ。その才能に疑いの余地はない。ただし出番が来なくても、辛抱強く待たなければならない。彼は世界で最も大きなクラブのひとつでプレーしているから、日々、最高の選手たちから多くを学んでいることだろう。だからといって、代表で定位置が確約されているわけではないが、じきに主軸となるのは間違いない。今、彼について色々なことが語られているが、それはトッププレーヤーへの期待の表われだ」


若手が育ってきている現在のオーストラリア代表 photo by Ushijima Hisato

 イランクンダはブルンジ出身の両親が内戦を逃れた先のタンザニアはキゴマの難民キャンプで生まれ、そこから家族全員でオーストラリアにわたり、プロのフットボーラーになった。同じくバイエルンのアルフォンソ・デイヴィス(カナダ代表)や、オーストラリア代表の同僚トーマス・デンと似た出自だ。プレー映像を見ると、力強い足腰やキックの強さと精度に目を奪われた。いずれ、日本やアジアのライバルを脅かす存在になるかもしれない。

 一方、この日の日本に打撃を加えたのは、谷口彰悟のオウンゴールを誘発した右のウイングバック、ルイス・ミラーだ。ハイバーニアンに所属する24歳はそのシーンについて訊かれると、声を上げて笑いながら次のように応じた。一見とっつきにくそうにも見えるが、実はユーモアに溢れた若者のようだ。

「自分のゴールだったと主張しないとね(笑)。うん、そうするよ。危険なエリアに速いボールを入れることを心がけていて、幸運にも得点に繋がった。めっちゃハッピーだよ。この体のサイズもあって、自分はディフェンダーだと自認しているけど、攻撃参加の際にもフィジカルを活かせると思う。チームに貢献できてよかった。これをもっと続けていきたい」

 ディフェンスの際には、対峙する三笘薫に必死に食らいついた。同点のシーンでは、三笘にブロックされる形で中村敬斗の突破を許したものの、三笘自身には決定的な仕事をさせなかった。

「彼(三笘)は世界最高のドリブラーのひとりだから、多くの映像を見て対策を練ったんだ。あの方向転換はヤバいよね。マジで一瞬にして、ゼロから100になる感じ。だから自分のサイズを考慮して、腰を落として対応しなければならない時が多々あった。それでも一歩目で身体を入れられてしまい、入れ替わられることもあったね。

 彼はワールドクラスだと思う。そんな選手と対峙して、多くのことを学べた。自分がこれまでに対戦したなかで、最高の部類に入る。なにしろ、プレミアリーグという世界最高のリーグで、トップレベルの守備者たちを悩ませているんだから。自分もその域に達したいので、怖がらずに立ち向かった。

 いずれにせよ、個人的にはこの引き分けに不満はないよ。とりわけ守備陣は体を張って、何度もゴールを守った。新しい監督のフィロソフィーを完全に理解するには、もう少し時間がかかるかもしれないけど、これからどんどんよくなっていくと思う。本当に学びは多かったよ。あとでまた映像を見返して、さらなる成長に繋げていきたい」

 最後に日本の印象を訊かれると、「美しいね。また戻ってくるよ!」と高らかに言って去っていった。