ドラフト会議を38日後に控えた9月16日、西武の入団テストが二軍の本拠地CAR3219フィールドと室内練習場プロスピトレーニングセンターで行なわれた。

 聖カタリナ高校で今夏の甲子園に出場した大型右腕・有馬恵叶、右サイドから最速152キロを投じる佐藤友紀や2023−24年コロンビアウインターリーグMVP右腕・根岸涼(ともに茨城アストロプラネッツ)など、37選手がスカウトの前でアピールした。


慶應義塾高校を卒業後、アメリカの大学に進学した根岸辰昇/写真は本人提供

【アメリカの大学進学後に急成長】

 今年3回目を迎えた西武の入団テストは野球の実技だけでなく、運動能力を計測し、磨けば光る逸材を発掘しようという狙いがある。午前中に実施されたフィジカル計測は以下だった。

・垂直跳び
・メディシンボール真上スロー
・ワットバイク(バイクを全力で漕ぎ、出力を計測)
・50メートル走(10、20メートル走も同時に計測)
・MAN IN THE BOX

 とくに「難しかった」という感想が聞かれたのが、『MAN IN THE BOX』だった。反応力とアジリティ能力を見るための種目で、実施方法は以下のとおりだ。

・正方形の真ん中から一歩強の幅を取り、四隅に三脚を置く。胸のやや下の高さに「WITTY・SEM」という反応センサーを4つ設置

・受験者は正方形の真ん中に立ち、指定された文字の現われたセンサーに手をかざす。ピーと反応音が鳴ったら真ん中に戻り、次のセンサーに合わせて動く

 ほとんどの選手が初めて体験したなか、ひと際鋭い動きを見せたのがノースカロライナA&T州立大学の24歳・根岸辰昇(ねぎし・たつのり)だ。

「ファーストの守備が一番のアピールポイントなので、ああいう動きはけっこう自信があります」

 自分の前と横にあるセンサーを同時に見る視野の広さに加え、即座に反応する判断力&俊敏性を披露した。実際、午後の実技では外野に加えてファーストも守り、素早い動きに加えて柔らかいキャッチングもアピールした。

 今回の入団テストに参加した37選手のなかで、スカウトに声をかけられて参加した根岸は、いわゆる"異色のキャリア"を誇っている。

 2018年夏に慶應義塾高校で甲子園に出場すると、卒業後はアメリカのオレンジコーストカレッジへ。ところが新型コロナウイルスの感染拡大と重なり、1年後、ミドルテネシー州立大学に移って2年間プレーした。大学最終年度はノースカロライナA&T州立大学に所属し、今夏にはNCAA(全米大学体育協会)のディビジョン1に所属するマイノリティ選手のオールスターにも出場している。

 甲子園出場後にアメリカの大学に入学した選手と言えば、今年花巻東高校からスタンフォード大学に進学した佐々木麟太郎の決断が注目されたが、根岸も慶應大学に進学できたにもかかわらず、異国の大学に進んだのはなぜだろうか。

「もともとメジャーリーグが好きだったのもあります。高校の時に、アメリカでプレーしていた根鈴(雄次)さんに教わって一気にバッティングがよくなって。それで自分の可能性をアメリカに感じて、アメリカの大学に行く道を選びました」

 明朗な口調で、みなぎる自信も伝わってくる。その土台にあるのは、自ら選んだ道で得たものだ。

「アメリカに行って一番よかったことは、いろんな考えや文化、価値観のなかで育ってきた人など、チームにいろんな人がいることです。そういう人たちとコミュニケーションを取ったり、関係を築いていったりするのは向こうならではだと思うので。そうして養った能力は、日本はもちろん、どこに行っても役に立つと思います」

【入団テストで発揮したアメリカでの経験】

 午後のライブBPでは実戦から3か月以上も離れてはいたが、バットの芯を外しても広角にヒットコースに持っていくという持ち味を出せた。

「アメリカの大学では成績が出ないとクビになることもあり、大袈裟に言えば『1打席、1打席にキャリアがかかっている』と言われました。重圧のなかでプレーするのは、日本のアマチュア選手より慣れていると思います」

 アメリカの大学に4年間通い、とりわけ成長したのが大学最終年度だったと振り返る。ノースカロライナA&T州立大コーチに誘われて転校すると、待っていたのは過酷な環境だった。

「この1年間はけっこう激動でしたね。日本人で通っている人はほとんどいなかったと思いますし。文化から全部が違いました。正直、あまり治安もよくないですし......。そこで野球をやるとなると、日本人ではたぶん僕が初めてです」

 渡米当初は英語を身につけて学業にも励み、野球でよりいい環境を求めて最終年度に転校した。当地でマイノリティの根岸にとって決して簡単な環境ではなかったが、その分、得たものも大きかったという。

「所属しているリーグのレベルが高いです。毎年メジャーリーグのドラフト選手も出ていますしね。今年、自分のチームからキャッチャーがロイヤルズに行きました。去年もピッチャーが1人、メジャーに行っています。かなり高いレベルにありますね」

 切磋琢磨してきたのは黒人やラティーノだ。身体能力の高い選手たちと互角に渡り合うためには、体を鍛え上げる必要がある。大谷翔平(ドジャース)や鈴木誠也(カブス)が渡米後に体を大きくしたように、根岸もアメリカの大学時代に強靭さを身につけた。

「向こうでは、体を大きくしないとチーム内での競争にもなかなか勝てないので。日本にいるトレーナーや、アメリカのトレーナーと相談し、(体を)大きくしながらスピードもつけることを目指しました。高校の時から足も速くなっているので、割といい増やし方ができているかなと思います」

 180センチの根岸は筋骨隆々で、体重は高校時代から12キロ増えて95キロ。日本にいた頃よりパワーとスピードを増し、選手としてはるかにレベルアップした手応えがある。

 現在24歳で、日本で言うと高卒6年目、大卒2年目と同じ世代だ。高卒では広島で主軸を張る小園海斗や巨人のエース・戸郷翔征、大阪桐蔭で全国制覇を達成した根尾昂(中日)&藤原恭大(ロッテ)。大卒組では阪神の森下翔太や日本ハムの矢澤宏太、西武の蛭間拓哉らがいる。

 彼らと大きく異なるのは、系列の慶應大学に進まずアメリカに渡り、入団テストを経てNPB入りを目指していることだ。

「プロのような施設で練習できれば自分自身も成長できるので、それがやっぱり目指す場所だなと思いました」

 はたして、西武の指名はあるのか。あるいは他球団も興味を持っていると報じられており、先に名前が呼ばれるかもしれない。

 10月24日、「運命の日」。独自の道を歩む根岸辰昇の挑戦が報われるか、その行方を見届けたい。