慶應義塾高校野球部を107年ぶりの「甲子園優勝」に導いた部訓から学ぶ”短時間で”成果を出す「秘訣」

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近年注目が集まっているアントレプレナーシップ。「起業家精神」と訳され、高い創造意欲とリスクを恐れぬ姿勢を特徴とするこの考え方は、起業を志す人々のみならず、刻一刻と変化する現代社会を生きるすべてのビジネスパーソンにとって有益な道標である。

本連載では、米国の起業家教育ナンバーワン大学で現在も教鞭をとる著者が思考と経験を綴った『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』(山川恭弘著)より抜粋して、ビジネスパーソンに”必携”の思考法をお届けする。

『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』連載第54回

『「将棋AIはいかにして進化したのか」...AI発展のウラに《自分の武器》を磨くための驚きの「セオリー」があった!』より続く

文武両道!慶應野球部!

2023年の夏、話題になったことがあります。夏の高校野球、甲子園大会で神奈川県代表の慶應義塾高校が優勝しました。なんと107年ぶりの出来事だと言います。

エリート校として有名ですが、スポーツ推薦はなく(推薦はありますが、スポーツの成績だけで出願することはできません)、文武両道ということが注目されました。

そして、それ以上に「長髪」「長時間の練習なし」が話題となり、「エンジョイ・ベースボール」「自分で考える」といった、前監督である上田氏そして監督の森林氏のポリシーにも注目が集まりました。

甲子園大会の常連校、優勝するような高校は、厳しい練習が当たり前であり、体育会系と言われる厳しい上下関係が存在し、もちろん、坊主頭、短髪が半ば強制されている。そんなイメージがつきまといます。実際、甲子園中継を見ると、多くは坊主頭です。有名進学校の選手でも、スポーツ推薦で入学しているケースが多いです。

とくにスポーツ推薦そのものを否定するつもりはありません。それも強豪校として立派な選択の一つです。しかし、そうしなければ、甲子園で戦えるような強いチームは作れない、と長らく考えられてきたことも事実です。

明るいだけじゃない「厳しい部訓」

「2023年は慶應義塾高校に、たまたま強力な選手がいただけじゃないの?」と言われるかもしれません。実はそうではないのです。2008年、2018年にも夏の甲子園に出場していますし、強豪校が多い神奈川県大会で、ベスト8以上の常連校です。一般的にイメージされる「きつい練習」「厳しい規則」「坊主頭」は、古くから存在しないそうです。昔から野球部でも長髪でした。

この夏の出来事が注目され、日本の野球部、運動部に蔓延する古い体質が指摘される流れがありました。長時間の練習を強要する、パワハラまがいの指導をする、非合理的な規則が存在する、などです。

ここで、慶應義塾高校野球部のwebsiteを見てみると、少し驚きがあります。

「日本一になろう。日本一になりたいと思わないものはなれない。Enjoy baseball」

この言葉で始まる「部訓」は、「礼儀正しくあれ」「時間厳守」「悪口を言うな」「不運を嘆くな」「闘争心を持て」「グラウンド、用具は大事に」「グラウンドでは大きな声を出せ」「カッコいい生き方をしたい」「エンドレス(いつまででもやってやろうじゃないか)」などと、なかなかの長文です。しかも、一言一言を取れば、厳しいことも書かれています。

もう一つの「心得」も興味深いものです。たしかに、坊主頭にしろといった言葉はありませんが、その服装や態度については事細かく、規則が決められています。さまざまな報道で言及された「自由闊達で明るい野球部」というイメージですが、それだけではない厳しさがあります。

重要なのは合理性

「なんだ、慶應高校の野球部も、他と少し違うだけで、同じなんだ」

これは間違った反応です。その厳しさは、「身だしなみを整えなさい」「先輩、先達を敬いなさい」「周囲への感謝を忘れない」「紳士であれ」といった、「人としての生き方」につながるものばかりです。根拠なき根性論とは一線を画すものがあります。

多くの人は2023年夏の慶應義塾高校の活躍とその後の報道を見て、「旧態依然とした高校野球界はだめなんだ」「新しく生まれ変わらなければ」と感じられたと思います。私もそれに賛成です。

そして、慶應義塾高校野球部が守る伝統も大事にしたいのです。そこに書かれていることこそ、「普遍」で「不変」なものなのです。若者がスポーツに打ち込む、その本質的な理由がそこに書かれています。そして、他の多くの高校スポーツでも、いま「古臭い体質」「旧態依然」と言われるような組織、仕組み、たとえば丸坊主も、元を正せば、同じ根から育っています。

ただ、それらの多くは目的が忘れられ、手段が目的化し、時代に合わせた検証がされなかったのです。丸坊主のほうが野球がうまいという合理的な理由はありません。そして、短時間練習でも成果を出せる合理的な方法はありますし、そこに髪の長さは関係ありません。

本来の温故知新とは、こういうことなのです。「古いものはだめだ」でもなく、「古いものはいい」でもない。変えるべきところは変える。社会の価値観も、テクノロジーも変わっていきます。それに合わない古い部分は変化しなければなりません。その中で、普遍であり不変なものを大切にし、それが何かを「故きを温ねて」明らかにする。だからこそ、変化は進化になるのです。

もしも、慶應義塾高校野球部の「部訓」「心得」を知らないまま、「よし、規則をなくして、自由に野球をやらせよう」という野球部があったとしたら。その多くは、結果につながらないでしょう。大切なものも一緒に捨ててしまうことになるのです。

『「選手経験がないコーチ」が「名選手」を超える!...経営者がアメリカのプロスポーツから学ぶべき「成功の鍵」』へ続く

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