「日本人は滅びるんじゃないですか」…ユニクロ柳井正の言葉の裏側を暴きつづけたジャーナリストが放つ「潜入取材、全手法」の衝撃!

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ユニクロの「真実」を暴いたジャーナリスト

この8月、ユニクロ創業者の柳井正氏が「日本人は滅びるんじゃないですか」と言って、日本に論争を巻き起こした。いまや「日本人の国民服」とまで言われるユニクロを築いた経営者の言葉に各界の論客たちは賛否入り交じる議論を展開している。

しかし、そんな怪物経営者の言葉の裏に潜む実態を果敢に指摘しつづけるジャーナリストがいることを、どれだけの日本人が知っているだろう。

そのジャーナリストこそ、このほど『潜入取材、全手法』(角川新書)を上梓した横田増生氏である。

横田氏は、2010年当時飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していたユニクロの店長たちのなかに、300時間もの過重労働にさらされている者がいることを指摘した。ところが、これに激怒した柳井氏率いるユニクロは、横田氏の書籍をめぐり版元の文藝春秋社を名誉棄損で訴えた(以下、ユニクロ裁判)。

2億2000万円もの高額賠償をせまる恫喝的な訴訟だったが、結果はユニクロ側の惨敗で終わった。横田氏の記述は裁判所も「真実」と認めるほどに正確だったのだ。

ユニクロ裁判をきっかけにユニクロの労働問題が明らかとなり、裁判中からユニクロはブラック企業批判にさらされた。横田氏の指摘は社会的にも評価を受け、その正しさが証明されたのだ。

ところが、話はこれで終わらなかった。

なんと、横田氏は実際に3つのユニクロ店舗でアルバイトをして、実体験をもとに労働環境の厳しさをルポルタージュして見せたのだ。

〈一日八時間、ユニクロの店舗に立って、接客やレジ打ちをこなした。休憩時間には、柳井正の‟お言葉”が載った回覧物を熱心に読み込んだ。さらには、勤怠記録を確認して、だれがサービス残業をしているのかを確かめていった〉(『潜入取材、全手法』)

我々は、横田氏のルポルタージュによって自分たちが日常的に着ている服がどのように手もとに届いているのかを克明に知ることとなったのだが、それだけではない。経営者や政治家の視点や思惑だけでは、社会の本当の姿はなにも分からないことを横田氏は証明して見せたのだ。

横田氏が潜入を行ったのは、ユニクロだけではない。

アマゾン、ヤマト運輸、佐川急便、沖縄県知事選やアメリカ大統領選のトランプ陣営などなど、数多くの潜入取材をこなしてきた横田氏に、その「全手法」について訊いた。

「潜入取材大国イギリス」と日本の決定的なちがい

――横田さんの集大成ともいえる‟ヤバい本”が出ましたね。誰にとってヤバいかといえば、経営者や政治家たちということになるでしょう。逆に労働者にとっては、とくにパワハラ告発や不祥事告発につながる「生きのびるための護身術」を学べる本といえそうです。ちょうど、兵庫県知事のパワハラ内部告発がいま話題になっていますよね。この本を書こうと思ったのはなぜですか?

潜入取材のノウハウ本なんてこれまでどこにもなかったので、ぼく自身も潜入するのにずっと手探りだったんです。だから、潜入ノウハウ本があれば、誰にとっても便利だろうと思ったんですね。

そもそも、潜入取材というのはいまの日本ではほとんどやられていないんです。でも、そのノウハウが詰まった本があれば、日本にも潜入取材する記者やライターが10人、いや100人は生まれるだろうと。ぼくには、潜入記者をもっと増やしたいという夢があったのです。

――かつては日本でも潜入する取材者はけっこういました。その大家ともいえるのがトヨタの季節工を体験した『自動車絶望工場』の鎌田慧さん、また、原発労働者として福島第一原子力発電所でも働いた『原発ジプシー』の堀江邦夫さんでした。

あと、朝日新聞の記者で『ルポ精神病棟』を書いた大熊一夫さんもそうでしたね。潜入取材は調査報道のひとつの手法だったわけです。ところが、新聞社やテレビ局ではコンプライアンスにひっかかるという理由で2000年代ごろからほとんどやらなくなってしまった。だったら、ぼくがやろうと考えたんですね。

――たしかに、近年、日本で潜入取材をしたという記者は、横田さんのほかに数えるほどしかいらっしゃらない。

ところが、イギリスやアメリカでは多いんですよ。僕も『アマゾン・ドット・コムの光と影』(情報センター出版局)でアマゾンに潜入した経験があるけど、とくにイギリスでは一覧表になるくらいアマゾン潜入のルポルタージュやドキュメンタリーがあるんです。公共放送のBBCが潜入ドキュメンタリーを作るんですからね。日本のNHKの記者が潜入取材したなんて聞いたことがないけど、イギリスではやっちゃうんです。

――その違いは、どうしてなのでしょうね。

これは『潜入取材、全手法』にくわしく書いたけど、要は「秘密にする方が卑怯だ」というのがイギリス人の価値観なんです。問題を暴くことがジャーナリズムの仕事だと認められているんですね。記者が問題を暴いたら「その問題をなんで自分で言わなかったのか、社長、あんたが悪い」となる。ところが、日本では潜入をしたほうが、「卑怯だ」となるんです。

――こっそり潜入されると、「だまし討ちじゃないか」という気持ちになるのでしょうね。鎌田慧さんの『自動車絶望工場』は大宅壮一ノンフィクション賞の候補作品でしたが、評者のなかには酷評した人がいたそうですね。

そうなんです。選考委員からは「取材の仕方がフェアでない」とか「ルポを目的とする工場潜入とわかってみれば、少なからず興ざめする」と言う人がいたんですよ。

でも、『自動車絶望工場』に解説を書いた本多勝一さんだけはちがった。「どうしてフェアではないのか、どうして興ざめするのか」と問うて、「どうもPR記事のごときもの、いわゆる『発表もの』や、玄関から取材できるものだけが『フェア』な報告だということに、どうしてもなります。大企業がかくしている公害なども、裏から証拠をつかんで暴露しては『フェアでない』のです。なんとか王国論といった類の、大企業が喜ぶ報告が『フェア』なのであります」と書いたんです。

ぼくは、本多さんの意見が正しいと思いますね。

ウソをつかないために決断した「離婚と再婚」

――本書で、横田さんは潜入するための作法も披露されています。そこでは「企業は平気でウソをつく」けど、潜入する側は「ウソをつかないこと」が大切だと語っています。そのために、横田さんはユニクロに潜入するときに苗字まで変えました。そこに、横田さんの誠実さがあると思うんですが、どのように苗字を変えたのですか?

妻と離婚して、また再婚するということをして、合法的に妻の苗字に変えたんです。ちなみに『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋、2017年)で書いた田中という名前は仮名です。妻の名字を公表すると潜入できなくなっちゃうからね。

そのあとに『「トランプ信者」潜入一年』(小学館、2022年)を書くために、アメリカに行くんだけど、そのときは名前を横田にもどした。なぜなら、05年に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター)を書いたときにアメリカで就労ビザをとっていたからです。過去の記録と同じ名前の方が、ビザ申請の際に手続きがスムーズになると思いましてね。

――実際、苗字を変えるにはどのくらいの期間が必要なんですか?

結婚はかんたんだけど、離婚は面倒くさいんですよ。書類を集めて結婚届や離婚届に判を押して提出するのですが、離婚の場合は役所に書類を出してもすぐには認められないんです。それに、離婚するときも承認してくれる第三者のサインが必要です。なんやかんやで離婚が成立するまでに2〜3週間はかかる。さらにその後、再婚するわけですから、ざっくり言うと苗字を変えるのに3〜4週間はかかるイメージです。

――奥さんの説得もいるでしょうから、それは大変ですよね。しかも承認してくれる人にお願いもして…。誰が承認者になってくれたんですか。

妻の両親……(笑)。

――理解のある奥さんとご両親でよかったですね。普通、大変ですよ、その手続きは。妻に離婚してまた再婚してくれと言うと、ウチなんかでは「お願いだから変なことしないで」と言われそうです(笑)

だから妻には感謝していますね。でも、私は横田増生が本名なんですが、記事や本を書くときは最初からペンネームにしておけばよかったと思いましたね。潜入取材を志す若者には、ぜひこの点を気をつけてほしいです。

実際、ペンネームを使わなかったことが何かと尾を引きましてね。トランプ陣営に潜入したあと、2022年の沖縄県知事選挙で自民党陣営の選挙のボランティアとして潜入したんですよ。住所は那覇市に移したのですが、離婚と再婚の手続きをする時間がなくて「もういいや」と横田増生の名前で潜入したんです。ところが、すぐに「横田さん、あなたアマゾンやユニクロに潜入している方ですよね」とバレちゃった。ぼくの名前や顔写真はネットにたくさん出ていますからね。

偽名を使わないワケ

――偽名は絶対に使わないんですね。

そう。そこは大事。そもそも日本で「卑怯だ」なんて言われているのが潜入取材ですからね。コンプライアンスにひっかかるはずはないんだけれど、怪しげだと思われている手法でウソはいけない。ウソをつかないことは、仮に裁判になってからも自分の身を守ることになるのです。

後編『ユニクロ社員たちが強いられる「守秘義務」は本当に正しいことなのか…?「潜入取材」で暴いた秘密主義企業の「マインドコントロール」、その怪しき手口』では、ユニクロ潜入やヤマト運輸の潜入で得られたノウハウやなぜ潜入取材が今の日本に必要なのかを、横田氏にじっくり語ってもらう。

ユニクロ社員たちが強いられる「守秘義務」は本当に正しいことなのか…?「潜入取材」で暴いた秘密主義企業の「マインドコントロール」、その怪しき手口