ひで子さんからは戦争のお話も伺ったことがあります。なぜ、弟のために頑張れるのか不思議でしたが、それも周りを笑顔にしてくださる巌さんがいるからこそなんだろうなと、接している中で思いました。

◆無罪判決の日「みなさんの表情が一気にパッと明るく」

――ご本人の温かさも知るなかがわさんは、静岡地裁で無罪判決が出た当日に何を思ったのでしょう?

なかがわ:無罪判決が出た直後は、実感が湧かなかったです。でも、支援者の方々が喜び、みなさんの表情が自然と一気にパッと明るくなったのを見たら実感が湧いてきて、私もうれしくなりました。

警察や検察にでっち上げられた事件だと思いますし、逮捕から無罪判決まで58年もかかったのは許せず、あってはいけないことだと感じています。民事での国家賠償請求も可能性があり、刑事裁判では出せなかった証拠も出せると聞いたので、事件がより掘り下げられるのを期待していますし、私も広く伝えなければと思っています。

――その後の賠償があったとしても、巌さんが奪われた“58年”もの時間を取り戻すことはできませんし、お金には代えられないとも思います。

なかがわ:弁護団の方々が民事で国家賠償を求める可能性もありますが、けっして、お金目当てではないんです。民事裁判では、刑事裁判では出せなかった証拠も出せると聞きますし、事件をより深堀りできると期待して、私もブログなどで広く伝えなければと思っています。

◆「何十年も戦ってこられた方々」に励まされて

――世間から大きく注目される物事に対して、ネットではっきりとした意見を表明するのは、怖さもあったのではないかと思います。

なかがわ:ネットでは匿名でワーワー言う人もいますし、怖かったです。でも、だからこそあえて顔も名前も出してしっかり自分の意思を表明するのが大事だとも思って、袴田事件をきっかけに腹をくくりました。何かしたいと思ったときに、匿名でやっても意味がないと考えたのは衝動的でしたけど、何十年も戦ってこられた方々と一緒に活動するなら、私も負けないようににしなければという一心でした。

――実際にネットで批判的な意見が飛んでくることはありましたか?

なかがわ:批判的な意見は、意外にも少ないですね。ただ、ブログに「将来はどうするんですか? このままだと曖昧な人生になりそうですね」といったコメントをいただいたことはあります。心配して言ってくださっているんだろうとは思うのですが……。

――袴田事件への主張に関する批判でもないし、複雑な気持ちになりますね……。ちなみに、袴田さんの支援活動では、幅広い年齢層の同世代の方もいらっしゃいますか?

なかがわ:1人だけ、30代手前の方がいらっしゃるくらいで、若くても50代、60代の方々がほとんどです。可愛がっていただいていますし、人生経験豊富な方々に囲まれる環境で、学ぶこともたくさんあります。特に、再審決定の決め手にもなった「味噌漬け実験」(犯行時の着衣とされた衣類を味噌に漬けて血痕の色変化を検証した実験)を実行した支援者の山崎俊樹さん(袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会)や、小川秀世弁護士(弁護団の事務局長)をはじめとする、支援者・弁護士の方々の行動力には影響を受けて、今も交流する機会がありますし、私も「使命感を信じて、思い立ったら行動しなければ」と励まされました。

――たくさんの方々に影響を受けて、そばで見守るご両親からも「変わった」と言われそうです。

なかがわ:明るくなったと言われます。寛解とまではいかないんですけど、うつ病だった私が接客のアルバイトへ行けるようになったほどで、変化には自分も驚いています。うつ病で一番ひどかった当時は、まともに起きられなかったし、気持ちも真っ暗な中で、将来にずっと不安を抱えていたんです。でも、袴田事件に関わって目の前の世界が明るくなったし、様々な背景を持つ支援者の方々とのふれあいを通して、長い人生で「好きなことを追い求められたら」と前向きになりました。