■日本に住むなら「持ち家」にすべき

「持ち家か? 賃貸か?」

このテーマは、さまざまな専門家がそれぞれの立場から主張し、決着がついていない議論です。ただ、これまで出てきた主張の中で、決定的に見落とされている視点があります。

結論としては、日本に住むなら持ち家を選ぶべきです。そして、見落とされている重要な視点とは、「日本の住宅性能は、諸外国に比べて圧倒的に低く、そのデメリットはとても大きい」ということです。

写真=iStock.com/voyata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/voyata

特に賃貸住宅は、十分な性能の住宅の供給がほとんどありません。そのため、日本の賃貸住宅では、諸外国の基準に照らしてまともな性能の家で暮らすことは、ごく一部の例外を除いて、残念ながらほぼ不可能であるということなのです。

筆者は、高性能な住まいづくりをサポートする会社を経営しています。最近は高気密・高断熱賃貸住宅のプロジェクトをサポートする機会も増えています。

本稿では、その専門家の立場から、高性能な住宅に暮らすメリットと高性能賃貸住宅がなぜ供給されていないのかについて説明したいと思います。

■日本の住宅性能は中国、韓国よりも劣っている

日本の住宅の性能が、諸外国に比べて圧倒的に低性能であるというのは、専門家の間では常識です。知らない方も、ネットで少し調べれば、それが真実であることはすぐにわかると思います。

ところが、筆者の肌感覚では、ほとんどの方々は、日本の住宅の性能は、他国に比較して優れていると思っているようです。

「住宅の性能」とは、さまざまな要素から構成されますが、日本の住宅は、特に「断熱性能」と「気密性能」が非常に劣っています。これらの性能は、欧米はおろか、いまや中国・韓国よりも低いレベルです。

日本の住宅の性能が、中国・韓国よりも劣ると言われると、まさかと思う方も多いのではないでしょうか。ですが、これは事実なのです。

図表1は国土交通省のホームページに掲載されている住宅の外皮平均熱貫流率(UA値)基準の国際比較です。縦軸のUA値というのは、住宅ごとに計算で求められる断熱性能を示す値です。この値が小さいほど、高断熱であることを意味します。

横軸の暖房デグリーデーは、地域の寒さを表す指標です。暖房に必要な熱量で、冬の寒さがだいたい同じ気候の地域ごとに括っているもので、同じくらいの寒さの地域で住宅に要求されている断熱性能(UA値)を比較したものです。

つまり、おおむね同じくらいの寒さのエリアにおける断熱性能の基準の国際比較です。

■0.4〜0.5以上の値が多い中、日本は0.87

日本の6地域というのは、省エネ地域区分における東京・横浜・名古屋・大阪・福岡などの人口が集中する温暖な地域です。6地域の日本の省エネ基準は、図にある通り、0.87[W/m2・K]です。

それに対して、同じ気候区分の他の国の基準値は、韓国は0.54、スペインは0.51、米国カルフォルニア州は0.42、イタリアは0.40です。しかもほかの国々の多くでは、新築時にこの断熱基準への適合が義務化されています。

それに対して、日本では、0.87という極めて緩い基準への適合が現時点では義務化されていません。建築物省エネ法が改正され、やっと2025年4月から義務化されますが、高断熱化への取り組みは、いわば周回遅れの状況です。

また、日本のZEH基準のZEHとは、Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の略で、現在の日本では、一応、高断熱住宅に位置付けられている基準です。

図表1を見ていただければ、国際的にみて、他国の義務基準にも満たないレベルですから、高断熱といえる断熱レベルではないことがおわかりいただけると思います。

■日本製の高断熱サッシは違法レベル

また、高断熱化には、窓の性能が非常に重要です。そのため、図表2のように、諸外国は非常に厳しい窓の断熱性能の基準を定めています。窓の断熱性能は、熱貫流率(U値)で示されます。これも値が小さいほど高断熱を意味します。

例えば、ドイツでは、1.3[W/m2・K]以下の高断熱サッシでないと使うことが認められません。それに対して日本は、東京等の6地域の基準は4.65と突出して緩い基準になっています。そしてさらに、日本サッシ協会の断熱性能のラベリング制度では、2.33以下で最高等級の☆4つの評価が得られます。

つまり、日本で最高等級の評価が得られるサッシは、他の国では違法になってしまう低性能サッシなのです。

■日本の賃貸住宅はすきま風だらけ

このように、断熱性能向上の取り組みは、諸外国に比べて非常に遅れています。ところが、それ以上に、すきま風のない家である「高気密化」への取り組みは、圧倒的に遅れています。断熱性だけ高めても、すきま風だらけの家では、意味がありません。

そのため、諸外国では気密性能に関して厳しい基準が定められています。気密性能は、C値という指標で示され、値が小さいほど高気密であることを意味します。

図表3のように、例えばドイツでは0.3cm2/m2以下、ベルギーでは0.4cm2/m2以下といった基準があります。

ところが、日本は基準が緩いどころか、気密性能に関する基準自体が存在していません。以前は、5.0cm2/m2という非常に緩い目安の基準があったのですが、現在はその基準すらなくなっています。

高気密住宅にするためには、木造もしくは鉄筋コンクリート造が向いており、鉄骨造は向いていません。著者が知る限りでは、鉄骨造の大手ハウスメーカーで気密性能を売りにしている会社は存在しません。

鉄骨造が気密性能の確保を苦手にしているのは、鉄は温度による伸び縮み(線膨張係数)が木の2〜4倍と大きいため、気密層が維持できないためではないかと言われています。

大手ハウスメーカー系の賃貸アパートは、鉄骨造が多くなっていることもあり、気密性能を確保している賃貸住宅の供給はほぼないのです。

写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maruco

■断熱・気密性能が高い賃貸住宅はほぼない

断熱・気密を十分な性能にすると、普通の暮らし方をしていれば結露が起きなくなることを知らない方が意外に多いようです。

当社が独自に行ったアンケート調査の結果では、「高断熱住宅では普通の暮らし方をすれば結露は生じないことを知っていますか?」という設問に対して、約3割の方が、「信じられない」と回答しています。

ちなみに、欧州では、新築住宅では結露は起きてはならないもので、結露が起きると、施工者や設計者は責任を問われるそうです。

なお、日本は高温多湿で、欧州とは気候が異なるので、結露が生じるのは仕方がないと思っている方が多いようですが、それも誤解です。

人口の多い太平洋側の気候は、夏期は高温多湿ですが、冬は湿度が低くなります。結露は、主に冬の問題ですから、少なくとも太平洋側の気候が欧州に比べて結露が生じやすくて仕方がないということはありません。

十分な断熱・気密性能を確保している賃貸住宅の供給はほとんどないため、残念ながら賃貸住宅では結露が生じるのが当たり前になっているのです。

■子育て世代こそ高気密・高断熱に住むべき理由

欧米では一般的な高気密・高断熱住宅ですが、さまざまなメリットがあります。まず、暮らしがとても快適になります。QOL(人生の質)が大幅に向上するといっても過言ではないと思います。

例えば、低気密・低断熱の家は、どうしても冬に足元が冷えますが、図のように高気密・高断熱住宅は足元が冷えず、とても快適です。また、健康にもよく、エアコン1台で住戸全体を冷暖房することも可能で、冷暖房光熱費もとても安く済みます。

さらに、高気密・高断熱化に伴って建築費が増加しますが、それに伴う住宅ローンの支払い増加額よりも冷暖房光熱費の削減額のほうが大きく、経済的にもお得です。このように、高気密・高断熱住宅は、メリットばかりなのです。

特に子育て世代には、高気密・高断熱住宅に住んでいただきたいと、筆者は考えています。それは、子どものアレルギーや喘息のリスクが大幅に下がるからです。厚生労働省のデータによると、アレルギーも喘息も患者数の増加傾向が続いています。

■結露で生じたカビやダニがアレルゲンに

一方、家の断熱性能が高くなると、アレルギーや喘息等の症状が改善されるという調査結果が明らかにされています。

医学的には、高気密・高断熱住宅に暮らすと、なぜ、これらの症状が改善されるのかは、まだ明らかにされていませんが、一般的に指摘されているのは、結露との関係です。

結露が生じるとそこにカビが発生し、カビはダニの餌になります。そして、カビ・ダニがアレルゲンとなり、喘息等の症状を引き起こすと考えられています。

高気密・高断熱住宅は、すでに触れたように、普通の暮らし方をしていれば、結露は生じませんから、家の中のアレルゲンが減るわけです。お子さんの健康のために、ぜひ検討してほしいと思います。

ですが、高気密・高断熱住宅で暮らすためには、性能にこだわって注文住宅で建てるしか選択肢がないのが、日本の住宅マーケットの非常に残念なところです。

■なぜ高気密・高断熱の賃貸住宅が供給されないのか

ではなぜ、日本では、高気密・高断熱の賃貸住宅が供給されないのでしょうか?

それは、高気密・高断熱化に伴って増加する建築費の費用負担者がオーナーであり、メリットの享受者が入居者であることが最大の理由のようです。持ち家と違って費用負担者とメリット享受者が異なるのです。

ちなみに、戸建住宅に比べて集合住宅は、床面積に対する外壁の面積が少ないので、床面積あたりの高気密・高断熱化に伴う建築費増加額は、戸建住宅に比べるとかなり安く済みます。つまり、本来、賃貸住宅(集合住宅)の高気密・高断熱化による経済的なメリットは、戸建住宅よりも大きいのです。

写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

そのメリットをオーナーと入居者がシェアできるようになるといいのですが、その点においては、賃貸住宅のマーケットが未成熟なのが現状です。つまり、メリット享受者である賃貸住宅に住んでいる方々が、断熱・気密性能にあまり関心がないのです。

本来、高気密・高断熱の賃貸住宅ならば、家賃が多少高くても、それ以上に冷暖房光熱費が下がるので、入居者も経済的なメリットがあります。ただ、消費者がそのことを知らないため、オーナーが高気密・高断熱化してもその価値を家賃に反映しにくく、賃貸事業の収益性の向上が見込みにくいのです。

■断熱等級や光熱費はSUUMOでもチェックできる

高気密・高断熱の賃貸住宅の供給を増やすことは、国民のQOLの向上や健康増進といった定性的なメリットに加えて、家庭部門の温室効果ガス削減等、さまざまな面から社会的にもメリットがあります。

高気密・高断熱賃貸住宅の供給促進には、国や自治体の積極的な施策が必要です。ですが、それ以上に、消費者が住宅性能に関する知識を持つことで、高気密・高断熱賃貸住宅のニーズが顕在化していくことが重要だと考えます。

消費者が賃貸住宅を選ぶ際に、断熱性能や住宅の燃費性能を意識するようになり、積極的に高断熱賃貸住宅を選ぶように行動変容を促すという目的で、今年4月から建築物省エネ法に基づく「省エネ性能ラベル制度」が始まっています。

この制度は、賃貸住宅や分譲住宅において、住宅のエネルギー消費量や断熱等級、そして目安の光熱費が表示されるものです。 SUUMOなどの大手不動産ポータルサイトでも、このラベルでその住宅の性能を見ることができるようになっています。

■家賃だけでなく、光熱費も考えて住宅選びを

ただ、現時点では、気密性能については表示がないことや、例えば「断熱等級6以上」等で物件を絞り込む機能はないようなので、今後、消費者がより簡便に高気密・高断熱賃貸住宅を選択できるように仕組みが改善されていくことが望まれるところです。

そして、消費者が賃貸住宅を選ぶ時に断熱性能や燃費性能を確認して、家賃と冷暖房光熱費を合わせて損得を考えるようになると、自然に高気密・高断熱賃貸住宅の供給が増えていき、性能にこだわって注文住宅を建てなくても、高気密・高断熱住宅で暮らすことができるようになると思われます。

「持ち家か? 賃貸か?」という議論について、専門家の見解のほとんどは、「どちらが経済的に得か?」という観点のみで語られています。

もちろんその観点は、判断基準の一つとして否定はしません。しかし、住まいを選ぶ上では、「暮らしの質」や「家族の健康」を優先して判断すべきです。

ぜひ、その観点を重視して、住まい選びを行うようにしていただきたいと思います。

----------
高橋 彰(たかはし・あきら)
住まいるサポート代表取締役/日本エネルギーパス協会広報室長
千葉大学工学部建築工学科卒。東京大学修士課程(木造建築コース)修了、同大博士課程在学中。リクルートビル事業部、UG都市建築、三和総合研究所、日本ERIなどで都市計画コンサルティングや省エネ住宅に関する制度設計等に携わった後、2018年に住まいるサポートを創業。著書に、『元気で賢い子どもが育つ! 病気にならない家』(クローバー出版)、『人生の質を向上させるデザイン性×高性能の住まい:建築家と創る高気密・高断熱住宅』(ゴマブックス)などがある。
----------

(住まいるサポート代表取締役/日本エネルギーパス協会広報室長 高橋 彰)