深圳「男児殺害事件」と「放射能・汚染水デマ」の否定できない関連…日本にもいる「事実よりも偏見を広める」人々の「重すぎる罪」

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「排外的プロパガンダ」の影響で…

2024年9月18日朝、中国・深圳で日本人学校に通う10歳の男子児童が、通学路で中年の男に襲われて亡くなる痛ましい事件が起きた。朝日新聞は犠牲者を悼む現地の声を中心に報じ、産経新聞は日中関係と邦人の安全確保の課題に焦点を当てた。

そうした中、シンガポールの新聞『星島日報』の報道は極めて生々しい。

【深圳日童遇襲 受害者是中日混血兒 母親目睹愛子被刺多刀腸外露(深圳で日本人の子供が襲われる 被害者は中国人と日本人の混血 母親は息子が刺され腸が多数露出するのを目撃)】──。

男児は母親の目の前で、腹部と脚を滅多刺しにされていた。

事件が発生した9月18日は93年前、1931年に満州事変が起きた日にあたる。中国で「国辱の日」とされている日だ。同紙は、「この事件を単に路上殺人として捉えるべきではなく、中国の日本人に大きな影響を与えるだろう」というアジア通信社社長・徐静波氏の言葉を伝える。日本人を狙ったヘイトクライムだったのか。

今回の事件には、中国による偽・誤情報も含まれる排外的プロパガンダと、それらを用いた長年のナショナリズム高揚教育の影響を指摘する声がある。

米ブルームバーグは6月に江蘇省蘇州で日本人母子ら3人が刃物で襲われた事件や、吉林省で米国人教員4人が刺された事件を例示し、「習氏が高める中国ナショナリズム、日本人男児死亡で露呈した危険性」と報じた。

中国国内では「報道なし」

事件から2ヵ月前の今年7月、FNNは【なぜこれほど憎しみにみちた中国人が多いのか?靖国落書きや園児殺害予告など相次ぐ「反日」事件と「ヘイト教育」】のタイトルで、中国の匿名学識者(実名を出せば中国国内で処分される可能性がある)の憂慮を報じていた。

今年5月と6月に起こった中国人留学生が日本の幼稚園児をナイフで殺すと脅した事件、中国人のブロガーが靖国神社で放尿の場面を生中継した事件を挙げ、中国政府が長年「憎しみ」を植え付ける教育を続けてきた内情の告発・批判と共に、更なるエスカレートを危惧していた。事件の予兆は、幾つもあったということだろう。

自民党の細野豪志衆議院議員も9月20日、〈深圳での邦人襲撃事件。垂秀夫前駐中国大使が「中国のSNSでは日本人学校に関する悪意と誤解に満ちた動画が何百本も氾濫している。だが、中国当局は動画の削除に全く対応せず無視してきた」と指摘。垂氏が訴えるように、今回の事案を『個別に発生した不幸な事案』で済ませては決してならない〉とSNS(X)で発信している。

一方で、当の中国外務省は事件に哀悼の意を表しながらも、「このような案件はいかなる国でも発生する」として、犯人の動機などの言及を避けた。

中国国営メディアでは19日夕方時点で全く報道が無く、多くの新聞も報じていない。事件に触れた一部のメディアも現在は削除されている。中国当局が統制を強めた可能性が考えられる。

参考:【深圳日本人学校の男児死亡 在留邦人「どうしたら事件を防げるのか」 政権批判を恐れて?中国当局は報道制限】(東京新聞、2024年9月20日)

【中国側「容疑者には前科あった」哀悼続くも国営メディア報じず 深セン邦人男児死亡】(日テレNEWS、2024年9月20日)

読売新聞と集英社オンラインは中国でのSNSユーザーの反応に触れた。そこには同情や哀悼の声がありながらも、同時に「義和団は常にいる」「怖いのであれば、中国から出ていけばいい」「(今回の事件は)正しい!」など犯人を擁護する声も見られたという。

香港フェニックステレビ傘下のニュースサイトは23日、四川省内の地方政府幹部が通信アプリ微信(ウィーチャット)のグループチャットで「日本人を殺すのはわれわれの紀律だ」「子どもを殺したからといって大したことではない。米国は毎日何百人も殺している」などと発言したことを報じた。

中国政府は同日の記者会見で、中国の交流サイト(SNS)での「反日的な投稿」の取り締まりを日本側が求めていることについて、「中国にいわゆる『仇日(日本を恨む)教育』はない」と主張して反発した。

「処理水放出」で嫌がらせが殺到

無論、中国SNSで見られたとされる心無い声は一部のものであろう。しかし同時に我々は直近で、生々しい罵声を大量に、直接ぶつけられた経験もある。きっかけは昨年夏の、東京電力福島第一原子力発電所からのALPS処理水海洋放出だ。

処理水が海洋放出されたことを巡り、日本各地には中国の国番号を示す「86」で始まる電話番号から「バカヤロウ」「カク」「ショリスイ」「シネ」などと片言の日本語でまくし立てたり怒鳴り込むなどの嫌がらせ電話が殺到した。

被害は処理水とは全く無関係の小学校や飲食店にも及び、業務に支障をきたした。東京都庁には昨年8月24日〜31日の1週間だけで約3万4300件、現地の在中国日本大使館では処理水放出から2カ月で累計100万件を超えたという。

しかも、それらの嫌がらせは今年の夏になっても続いている。

石や卵を投げつけられて…

ALPS処理水の「汚染」喧伝は、差別的な偽情報を用いたプロパガンダだった。中国はそれを用いて日本への抗議を国際社会に繰り返し訴え、海洋放出後にはロシアと共に日本産水産物の全面禁輸にまで踏み切っていた。

しかし実際には有意な汚染など全く起こらず、中露は昨年も日本近海に平然と漁船を送り込み続けた。「汚染」が起こらないことなど、中ロは百も承知だったということだ。

ところが、こうしたプロパガンダにより、中国国内の日本人学校では処理水海洋放出後に石や卵が投げつけられるなどの被害も発生していた。

アメリカの社会学者で「流言」に関する研究で著名なタモツ・シブタニも、人々を最も激しく煽動するデマの典型例に「水源に毒が入れられた」という言説を位置付けている。100年前の関東大震災では、「外国人が井戸に毒を入れた」との偽情報に一部民衆が暴徒化し、罪なき人々が惨殺された。中国の「汚染水海洋放出」プロパガンダは、これと同じく、まさに「外国人が海に毒を入れた」と民衆に喧伝したに等しい。

今回、日本人学校の児童が惨殺された事態は、煽動された差別と憎悪がエスカレートして「起こるべくして起きた」のではないか。

児童殺害事件が大きく注目と批判を集めていた9月20日、中国は日本産海産物の段階的輸入再開について日本側と合意したことを唐突に発表した。

交渉と実現までの時差を踏まえれば、このタイミングは偶然であったには違いない。ただし、既に広まった誤情報と偏見差別、憎悪はもはや取り返しが付くものではない。殺された命も還らない。遅きに失したのではないか。

日本の政治家・メディアも加担した

一方で、日本社会にも中露と足並みを揃え「汚染」を喧伝した勢力がいた。特に処理水海洋放出反対運動には、「井戸に毒」に等しい「海に汚染水」喧伝も少なからずあり、国政政党・政治家やマスメディア、著名人などもこれに積極的に加担してきた。

特に共産党、社民党、れいわ新選組は党首自ら「汚染水」と連呼し、立憲民主党は党の見解を「処理水」としつつも、「汚染水」喧伝を繰り返した党所属の議員を処分しなかった。中には韓国の野党議員と共同で「福島汚染水」との風評被害を広めた者までいた。

鳥海不二夫・東京大学大学院工学系研究科教授がSNS(X)での2023年7月の一か月間に「汚染水」「処理水」を含む投稿101万349件を分析した結果からは、処理水海洋放出に反対する人々には政治的党派性との強い相関が確認され、漁業者や福島県民などの当事者の不安・懸念とは乖離していたことが明らかになっている。処理水の「汚染」喧伝は中ロと同様に事実に基づかず、当事者のためでもなく、彼ら彼女らの政治的イデオロギーに基づいた言動であったということだ。

関東大震災発生から丁度100年を迎えた昨年から今年にかけては、多くのマスメディアや知識人らが「井戸に毒」の流言が引き起こした被害について語った。

東京新聞は【朝鮮人を殺したのは地震ではなく、差別と偏見】と報じ、朝日新聞は【関東大震災の朝鮮人虐殺、否定論やまず 公的記録、相次ぐ「発掘」】として、虐殺否定論に釘を指す。

一方で、両紙ともALPS処理水をどう報じてきたか。執拗に「汚染」を強調する表記を繰り返し、安全性が不十分な汚染水が海洋放出されるかのような報道を散々繰り返してきたではないか。

参考:【原発処理水を「汚染水」と呼ぶのは誰のためか…?「風評加害」を繰り返す日本の「異常なジャーナリズム」に抗議する】

【東京新聞の処理水問題「印象操作記事」を日本ファクトチェックセンターはどう考えるのか】

【原発「処理水」を、なぜマスコミは「汚染水」と呼び続けたのか】

そればかりではない。「世界平和アピール七人委員会」「日本カトリック正義と平和協議会」「原子力行政を問い直す宗教者の会」などは、トリチウムが生体濃縮されリスクをもたらすかのような非科学的な主張も公言した。「平和」とは、非民主的な覇権主義国家の差別的プロパガンダと足並みを揃えることなのだろうか。

TBS「サンデーモーニング」出演者の田中優子氏は、処理水放出後の中国による禁輸措置について「中国が日本産水産物の輸入を停止した時、多くのメディアが中国を非難したことに、私はびっくりしたのである」「近隣に迷惑をかけたのはどちら?日本だ」と、中国側の対応を正当化するかのような立論をしていた。

同じTBS「サンデーモーニング」に出演するジャーナリストの青木理氏は2021年5月2日、同番組中で「原発事故をこの国は起こし、10年たっても皆さんご存じの通り、汚染水を放出するという話をしている」と語った。2020年には「書店にはヘイト本もあふれていますが、こうした言説や風説の流布によって、かつて関東大震災で多くの朝鮮人が虐殺されたわけです」と語っていたにもかかわらず、である。

偽情報は人命を奪う

偽情報が人々の憎悪や偏見差別を広め、ときに命すら奪いかねない深刻な問題であることは論を俟たない。些細な噂が人の命を残酷に奪う事例は、今も世界中にありふれている。

ところが処理水含め福島の原子力災害に関わる偽情報に対し、我々の社会は対応できなかった。それらを放置したことが、何の罪も無い子供が惨殺される事態の遠因となったのではないか。

関東大震災の「井戸に毒」については反省と謝罪を口にし、日本社会を糾弾するマスメディアや著名人が、自分達が加担した「海に汚染水」への反省と謝罪を口にする日は来るのだろうか。

我々社会は、処理水問題を「終わった問題」にせず、「汚染」喧伝に加担した人々に対し、説明責任を常に求め続ける必要がある。さもなければ、同様の問題は繰り返され、罪のない人々が再び犠牲となるだろう。

中国ですら日本産水産物輸入再開に舵を切った今、「汚染水が海洋放出される」かのような言説に加担した全ての政治家、メディア、著名人らは不当な偏見差別や憎悪をもたらした自らの言説の責任を取り、何らかの弁明をするべきだ。

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