大学病院の診療科に「上下関係」はあるのか…米国の外科医で頂点に君臨する、意外な「診療科」の名前

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超高齢社会を迎え、ますます身近になってくる医者と患者。しかし、「長すぎる待ち時間」「冷たい医者の態度」など、医療に対する患者の不満や不信は尽きない。

悩んでいる患者を前にして、医者は何を考えているのか――。

いま話題の書『患者の前で医者が考えていること』(三笠書房刊)の著者で外科医の松永正訓氏が、知られざる「医者の本音」を明かす。

「教授を頂点にしたピラミッド型」の医局

医学部を卒業すると、「初期臨床研修医」になります。2年間、研修病院で内科・外科・救急などのプライマリーケアを学ぶのですね。初期研修が終わると、(全員ではないにしろ)多くの後期研修医は大学病院の医局に所属します。

医局というのは、小説『白い巨塔』で描かれたように教授を頂点にしたピラミッド型の医者の集団です。医局の仕事は「臨床」「研究」「教育」で、そのほかにも医局という組織を維持するために「管理」や「運営」が必要になります。

大学の医局と公立病院の当該科とは密接な関係があり、大学から医局員が病院に派遣され、1年以上働くとまた医局に呼び戻されるという体制をとっています。

メジャーとマイナーの区別はあるものの…

私たちの業界では、「内科」「外科」「産婦人科」「小児科」のことをメジャーと言います。患者の数も医師の数も多いからです。一方、「眼科」「耳鼻咽喉科」「精神科」「脳神経外科」「整形外科」「小児外科」などはマイナーと呼ばれます。患者・医師が少なかったり、特定の領域の病気しか治療しなかったりするからです。

とはいえ、かつてメジャーだった「産婦人科」「小児科」も、現在の少子化のあおりを受けて、患者数も医師数も減少傾向にあります。逆に「整形外科」は比較的高齢の方が受診することもあり、患者のニーズが年々増して医師数も増えている印象です。

細かい話は横に置いておいて、では、メジャーとマイナーでは医局に入る際に難しさに違いはあるのでしょうか。これは全然ありません。医師は誰でも自由に、自分の希望した医局に入ることができます。成績が優秀だとか、そうではないとか、そういうことは一切関係ありません。

医局の側からすると、医局という組織を維持していくために一人でも多くの新人に入局してもらいたいと思っています。ですから、研修医に対して各医局は争奪戦を繰り広げます。

また、メジャー、マイナーという区別を述べましたが、どの科が上で、どの科が下という上下関係はありません。医者同士でも自分が上で、あいつは下だという認識はありません。外科医は外科のことしか分かりませんから、眼科医や耳鼻科医に尊敬の念を持っています。逆もまた然りです。

外科医は華々しくて明るい性格!?

ただ、科によって雰囲気の違いというものはあります。これは私の主観かもしれませんが、手術室で長年看護師として働いていた妻とも意見が一致したので、案外当たっているかもしれません。

外科というのは、普通は消化器外科を指します。食道・胃・大腸・直腸・肝臓・膵臓ですね。患者数(手術数)も多いし、扱う臓器も多いので、外科医には華やかな雰囲気があります。別に彼らが肩で風切って歩いているわけではありませんが、やはり手術室の主人公です。

整形外科医は、こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、体力・腕力が求められるように見えます。印象としては頭にはちまきを巻いて、「さあ、やるぞ〜」と手術を始める感じです。明るい外科系集団です。くら〜い性格の整形外科医って、見たことがありません。

脳神経外科医は顕微鏡を使って手術することも多く、すごく繊細な手技を持ったエリート外科医という印象があります。大雑把な人には務まらないという印象です。

私は医学生の頃、「脳神経外科医は利き腕で重い荷物を持たない。それくらい利き腕の感覚を大事にしている」という噂を聞いたことがありました。結局これは都市伝説みたいなものにすぎなかったようですが、脳神経外科医らしい噂だと思います。

内科医は超オールラウンダー!?

では、大人の内科はどうでしょうか。内科医というと、診断をして薬を処方するというイメージですが、実はそうではありません。内視鏡(胃カメラとか気管支鏡など)とか、超音波診断などの技術のレベルが大変高く、また内視鏡を使った処置の腕前も実にすごいものがあります。

現代の内科医って、手術以外は何でもやるのではないかと思ったことがあります。外科医と比べると、そのメンタリティーはだいぶ違っていて、外科医のような、よく言えば華やかさや、悪く言えば大雑把さがないように見えます。

産婦人科医は特別な医者です。特にお産ですね。一人で入院してくる患者さんが、二人で退院していくのですから、こんなに素晴らしい診療科はありません。

でも私の目から見ると、産婦人科医は、赤ちゃんよりも母体(お母さん)を優先する傾向があるように映ります。それはやむを得ないことかもしれません。この業界では「立場の違いが哲学の違いになる」という言葉があります。

私は小児外科ですので、赤ちゃんのことしか考えていないかもしれません。そういうときに、産科医と意見が合わないことがないとは言えません。

献身的で知識が幅広い小児科医

小児科はどうでしょうか。小児科医は本当に子ども好きです。子どもの権利を守るということに命を懸けています。医療をやっていく中で、自分が親の代わりみたいな立場になったりします。緊急疾患を診る機会も成人の内科医より多く、苦労を厭わない医師たちです。

では、小児外科はどうでしょうか。小児外科医ってふだんは鼠径ヘルニアの手術ばかりやっています。本当にワンパターンです。

ところがときどき、メチャメチャ難しい手術をやるのです。小児がんとか、胆道閉鎖症とか。生後0日の赤ちゃんの胸を開いて食道の手術もしますし、一般の人がまったく名前を聞いたことのない先天性疾患の手術もします。

また扱う臓器の種類も大人の外科とはまったく異なります。はるかに多いのです。小児外科医は、大人で言う「呼吸器外科」と「消化器外科」と「泌尿器科」の手術をこなします。

かつては「脳神経外科」や「形成外科」の一部も小児外科医は行っていました。これくらいたくさんの臓器の手術をする外科医は、小児外科医をおいてほかにはありません。

アメリカの小児外科医はエリート扱い!?

さきほど、研修医は自分が望む科の医師になれると言いました。でも、アメリカでは事情が異なります。

アメリカの小児外科医というのは、外科医の中の頂点に位置しています。そこに至るまでには難関をいくつもクリアしなくてなりません。大変狭き門のために、全米の小児外科医の数は日本よりもはるかに少ないのが実情です。

そもそも小児外科施設がアメリカではとても少なく、各州に数えるほどしかありません。患者はその施設までヘリコプターで搬送されるのです。アメリカで小児外科医になろうと思ったら、まず外科医になりキャリアを積み上げていく必要があります。

したがって、アメリカでは小児外科医というのは最高のステータスです。収入も多く、みんなプール付きの豪邸に住んでいるといいます。私も国際学会に行って「小児外科医です」と自己紹介すると、畏敬の念を持って接していただけます。実態は19年働いて貯金200万円だとは、誰も思わないでしょう。

医師の世界に上下はありません。でも、ちょっとした個性はあるのです。

・メジャーやマイナーの区別はあれど、診療科による上下関係は一切ない

・誰でも希望する科に所属できるが、診療科による雰囲気の違いはある

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