【松永 正訓】大学病院の勤務医をやめて、はじめてわかった…!「1億円借金して開業した」医者のリスクと悲惨

写真拡大 (全2枚)

超高齢社会を迎え、ますます身近になってくる医者と患者。しかし、「長すぎる待ち時間」「冷たい医者の態度」など、医療に対する患者の不満や不信は尽きない。

悩んでいる患者を前にして、医者は何を考えているのか――。

いま話題の書『患者の前で医者が考えていること』(三笠書房刊)の著者で外科医の松永正訓氏が、知られざる「医者の本音」を明かす。

世間のイメージとの「大きな乖離」

世間の人の医者に対するイメージは「お金持ち」、でも「忙しそう」という感じでしょう。これは、実は当たっていません。

私は長く大学病院に在籍しましたが、医者と名乗ると、「じゃあ、お金持ちですね」という反応がよく返ってきました。たとえば、車を買いに行ったときとか、生命保険に加入するときとか。

ですが、大学病院の医者は文部科学省の職員です。つまり、教官にすぎません。

そのため、医者としての技能を認められて、その分、給与が上がるということはありません。子どもの命をどれだけたくさん救っても、何か手当が加算されるわけでもないのです。

それに、しょっちゅう学術集会に参加しますので、支出が多いのです。学術集会はすべて自腹を切って参加します。特に国際学会となると、往復の航空運賃、ホテルの宿泊費、学会参加料(海外は一般的にかなり高額)のために、1か月分の給料がすべて吹っ飛びます。

大学教授でも週1でバイト

ではどうやって生活しているかというと、アルバイトです。え、信じられない? 大学病院では教授でも週に1回はアルバイトをやっています。もちろん、文部科学省に許可申請を出します。こうでもしないと生活が成り立たないのです。

はっきり言えば、大学病院の勤務医はメチャメチャ忙しいけど、お金は全然貯まりません。私が19年在籍した大学を辞めて開業したときは、貯金が200万円でした。44歳で200万円。寂しいですね。

大学病院を辞めるときには、確かに退職金をいただきました。でも……255万円でした。これもちょっと寂しくないですか?

19年働いて貯金が200万円です。何か贅沢をした? 確かに、千葉市のごく普通の住宅街に一軒家を建てました。でも豪邸ではありません。3LDKの小ぶりの家です。

あとは、子どもを私立の中高一貫校へ行かせましたが、贅沢と言えばそれくらいでしょう。老後は年金で何とか細々と生きようと思っていました。

開業医になって「わかったこと」

さて、44歳で開業医になりました。はい、確かに収入は勤務医時代と比べて大変よくなりました。老後の不安も消えました。では忙しいかというと、これがなんとも微妙なんです。

開業医の収入は月によって、また年によって全然異なります。冬は感染症が流行し、クリニックに患者さんが大挙して訪れますが、夏はガラガラだったりします。

新型コロナの感染拡大が始まった2020年は、患者さんの診療控えや、マスクなどの衛生管理の徹底で感染症が減少し、クリニックへの来院患者数は激減しました。まったく暇で、患者さんが途切れると院長室で読書をする毎日でした。

ところが2023年は、リバウンドがやってきて、種々の感染症の大流行のために毎日大変忙しい日々を送っていました。私のクリニックは午前3時間・午後3時間と診療時間が短いのですが、その6時間の間に毎日平均で100人くらいの患者家族がやってきました。多い日は150人くらいです。

勤務医と開業医の違い

勤務医の生活は、外来診療のほかに、手術があったり、回診があったり、変化がありますので、(語弊があるかもしれませんが)飽きが来ません。その点、開業医はずっと外来診療をやっています。150人を診察するというのは、150回神経を全集中するということです。

そういう意味では開業医も忙しいと言えます。ただし、時間にけじめがあるのですね。17時30分が受付の終了ですから、そこから先、患者さんが増えるということはありません。100人を超える診療でも、19時には終わります。つまり、必ず終わりがあるということです。

ところが、大学病院はある意味で終わりがありません。今は働き方改革で見直されているためこれはもう過去の話ですが、私が大学にいたときは、教授室の灯りが消えるまで帰途につくことができませんでした。うっかり先に帰ろうものなら、雷が落ちてくるという具合でした。

開業医はたとえ忙しい月や忙しい年があっても、勤務にけじめがあるので、帰宅後には自分だけの時間を堪能することができます。また、土曜日の午後と日曜日、さらに休診日の水曜日は完全に休みで、呼び出しを受けることもありません。大学と比べてこれは天国かと思ってしまいます。

開業医のリスクと悲惨

その点から見ると、開業医には時間があると言っていいと思います。1日が2部制になっていて、前半が診療、後半が自由時間という感じ。

こうして見てくると、「お金もあって」「時間もあって」という生活をしているのは、開業医ということになります。

私はいま、この原稿を自分の書斎で書いています。4畳くらいの細長い、まるで穴蔵のような書斎なんですが、私にとってここは最高のスペースです。壁一面に本が2000冊くらい収納されていて、作業机の上にパソコンと大型モニターを置いています。

ネットサーフィンもできるし、大好きなJazzを聴くことも可能です。本に囲まれ、音楽に包まれるというのは最高の環境です。そしてこうして原稿を書くこともできます。え、もっと勉強しろ? はい、すみません。

では、そんなにいいなら、なんでみんな開業医にならないの? という疑問が湧くでしょう。それはやっぱりリスクですね。

開業医はみんな1億円前後の借金をしてクリニックを始めますから、うまくいかなかったら悲惨です。また病気をしてクリニックを継続できなくなったら、膨大な負債を抱えることになります。

そういうリスクを背負って立てる人だけが開業医になっているわけです。

公立病院の勤務医が、ちょうどいい

では、3年間出向した公立病院の勤務はどうだったでしょうか。確かに給料はよかったです。30代の若さで年間1000万円プレーヤーでした。忙しさも大学病院と比べると、雲泥の差でしたし、臨床の毎日はとても楽しかったし、収入と仕事量のバランスが一番取れているのが、公立病院の勤務医ではないかと思います。

大学病院の勤務医、公立病院の勤務医、開業医とで、ここまで「お金」と「時間」のバランスが異なるというのは、みなさんにも意外に映ったのではないでしょうか。

どれが一番いいかというのは、結局その医師の人生観によると思いますし、また、医師は基本的にみんな大学の医局に所属していますので、大学の(つまり教授の)人事の方針によるという部分もあります。

開業医になるために、教授の許可はいらないようにも見えますが、実際にはちゃんと筋を通し、教授に許可をもらって開業しているのが実態です。

「お金はあるけど、時間がありません」というタイプの医者は、実はあまりいないということがお分かりになったでしょう。最後に私見を付け加えれば、大学病院勤務の医師の給与をどうにかすべきだと、私は強く思っています。

・大学病院の勤務医の実態は「忙しすぎるけど、お金はそんなに貯まらない」

・開業医は、大学病院の勤務医ほど忙しいわけではないが、お金は貯まる

・公立病院の勤務医は、収入と仕事量のバランスがよく、やりがいもある

【つづきを読む】『大学病院の診療科に「上下関係」はあるのか…米国の外科医で頂点に君臨する、意外な「診療科」の名前』

大学病院の診療科に「上下関係」はあるのか…米国の外科医で頂点に君臨する、意外な「診療科」の名前