「家庭崩壊レベル」の影響が出ることも……名医が本音で語る「認知症の薬」のあまりにも重大な難点

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認知症の中核症状に対しては、現在4種類の「抗認知症薬」が承認されている。具体的には「アリセプト」「レミニール」「メマリー」「イクセロンパッチ/リバスタッチパッチ」だが、果たしてどんな薬なのか。介護者なら必ず押さえておきたい基礎知識を、東田勉氏が編集・制作に携わった『完全図解 介護に必要な医療と薬の全知識』(長尾和宏・三好春樹/編著)よりお届けする。

前編記事〈「季節の変わり目」は危ない! 介護のカリスマが解き明かす認知症「悪化の三大要因」と症状の解決法〉より続く。

認知症の薬物療法はどのように行われるのか

記事の前半でも書いたとおり、認知症の症状は中核症状行動・心理症状(BPSD)に分けられます。

脳の器質的変化(萎縮や変性)によって起こるとされる中核症状には記憶障害、見当識障害、実行機能障害などがあり、4種の抗認知症薬(「アリセプト」「レミニール」「メマリー」「イクセロンパッチ/リバスタッチパッチ」)が処方される場合があります。

このうちメマリー以外の3種は興奮系の薬なので、使うと患者さんが興奮し、介護困難に陥ります。行動・心理症状には向精神薬が使われます。

徘徊、暴力などの陽性症状には抑制系の薬、無為・無反応などの陰性症状には興奮系の薬が使われます。しかし、介護の工夫をしないまま薬物療法をするべきではありません。『完全図解 介護に必要な医療と薬の全知識』の編著者である長尾先生は、同書で次のようにコメントしています。

【Dr.長尾和宏のアドバイス】抗認知症薬は問題が多い

現在、中核症状の進行を抑制するために使われる抗認知症薬は4種類あります。いちばん古いアリセプト(ドネペジル塩酸塩の商品名)だけはアルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症の両方に使えますが、ほかはアルツハイマー型認知症だけの薬です。

これらのうちの3薬は、飲むと興奮して徘徊、暴力、妄想、不眠、介護抵抗などが出やすい薬なのですが、そのことはあまり知られていません。

しかも、抗認知症薬には少量で開始したあと、機械的に2〜4倍の量まで増量するという規則があったのです。そのため、何割かの患者さんは抗認知症薬を処方されたあと興奮し始め、怒り出して手がつけられなくなることになります。

在宅介護をしていると、家庭崩壊するレベルです。私はこのような状態になった患者さんを何人も診察し、抗認知症薬を止めるだけで見違えるように良くなったケースを幾度も経験しました。

そのたびに「長尾先生は名医だ」と言われて困ったものです。間違った処方を止めただけなのですから。しかし、こんな簡単なことなのに、かえってこじらせてしまう事例が後を絶ちません。「もっと増量しよう」「興奮を抗精神病薬で抑えよう」と、薬を足していく医師がいるからです。

【引用以上】

実はこの増量規定は、数年前に撤廃されました。しかし、まだそのことを知らない医師が全国に多く存在しているのが現状です。

長尾先生のコメントのなかにあった「増量規定」とは次のようなものです。

かつて、アリセプトは3mgで開始して1〜2週間後に5mgに増量しなければならず、同じようにレミニールは8mgで開始して16mgに、メマリーは5mgで開始して段階的に20mgに、リバスチグミンのパッチ製剤は4.5mgで開始して段階的に18mgに増量する決まりがありました。

2016年6月1日、厚生労働省は「医師の裁量で適宜増減したり少量投与してもいい」という通知を出しましたが、いまだにそれを知らない医師がいます。

なお、抗認知症薬の効力については異論が多く、フランスでは2018年に4種とも保険適用から外されました。

介護の専門家である三好春樹さんは、こと認知症については、介護者は薬物療法に期待してはいけないと述べています。そのコメントを最後に引用しておきます。

【三好春樹さんのアドバイス】認知症は薬より関わりが大切

「いつか薬で認知症が治る時代が来る」というのは、昔からの根強い願望です。しかし、老化が薬で治らない以上、新薬(あるいはワクチン)をあてにしないほうがいいでしょう。

医療では化学物質を使って何とか症状を抑え込もうとしますが、介護者が行うべきことは自分たちの関わりで落ち着いてもらうことです。問題行動(私は「問題介護に伴う老人の行動」という意味でこの言葉を使っています)が出たら、脳の中ではなく生活の中に原因を探しましょう。

(1)便秘

(2)脱水

(3)発熱

(4)慢性疾患の悪化

(5)季節の変わり目

(6)薬

以上のどれかに問題行動の原因があります。この順で探して原因を取り除けば、老人はきっと落ち着いてくれます。老化による物忘れなどの中核症状が出ても、問題行動さえ出なければいいのです。問題行動が出ない関わりをするのが、介護者の役目だと思います。

実際、次のような例が介護雑誌『Bricolage』245号で報告されています。栃木県鹿沼市の「宅老所はいこんちょ」では次のようなことがあったそうです。

ある日、コミュニケーションがうまくとれない胃ろうのおじいさんが「ばかやろー」とベッドで叫んでいました。「もしや」と直感した代表の小林敏志さんがトイレへ誘ったところ、大量の便が出ました。その後は穏やかになって、ベッドで寝てもらえたそうです。

トイレへ連れて行かなかったら「怒って他の利用者とケンカする問題老人」にしか見えなかったでしょう。「不可解な行動は、ケアの不十分さから生まれます。問題行動なんて言い方は、当たり前の排泄ケアをやってから言えることではないでしょうか」と小林さんは語っていました。

「季節の変わり目」は危ない! 介護のカリスマが解き明かす認知症「悪化の三大要因」と症状の解決法