【熊谷 徹】「年に約150日が休日」…ドイツがそれでも「日本よりGDPが高い」納得の理由

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2023年、GDPが世界4位に転落した日本と入れ替わる形で3位に浮上したドイツ。代表的な要因として挙げられるのが日本よりも高い労働生産性だ。一方、労働時間はOECD加盟国中最短で、労働時間の管理も非常に厳しいものだという。在ドイツジャーナリストの熊谷徹氏が解説する。

(本記事は8月22日発売『ドイツはなぜ日本を抜き「世界3位」になれたのか』より抜粋・編集したものです)

>>【第一回はこちら】日本がドイツに抜かれてGDP「世界3位」へ転落…その逆転の「本当の理由」

日本を大きく上回るドイツの生産性

日本の経済学者の間には、ドイツの名目GDPが日本を抜いた原因の一つとして、労働生産性の違いを指摘する人も多い。労働生産性とは、1人の労働者が1時間に生み出すGDPである。この数字は、労働者がどれだけ効率的に価値を生み出しているかを示す。

たしかにOECDの統計を見ると、1970年から2022年まで、日本の労働生産性は、常にドイツよりも低かった。2019年に日本政府が鳴り物入りで「働き方改革関連法」を施行してからも、日独間の差は大きく縮まっていない。

2022年のドイツの労働生産性は68・6ドルで、日本(48・0ドル)よりも約43%高い。2022年の日本の労働生産性は、G7諸国の中で最も低かった。日本は、データを公表しているOECDの37カ国中第21位だった。日本の数字は、G7平均( 65 ・4ドル)よりも約27%低い。OECDの平均(53・8ドル)よりも約11%少ない。

これに対しドイツの労働生産性はOECDで第11 位だった。G7では、ドイツの労働生産性は、米国に次いで第2位である。自動車など一部の業種では、日本の労働生産性はドイツを上回っているとされるが、サービス業などあらゆる業種を含めると、日本はドイツに水をあけられている。

ドイツの労働時間はOECDで最も短い

なぜ日本の1時間当たりの労働生産性は、ドイツに大きく水をあけられているのだろうか。最大の理由は、日本の労働時間がドイツよりもはるかに長いからだ。労働時間が長いほど、1時間当たりの労働生産性は低くなる。

OECDの統計によると、2022年のドイツの年間労働時間は1341時間で、38の加盟国の中で最も短かった。日本は1607時間で、ドイツよりも266時間(19・8%)長い。ドイツ人の労働時間は我々日本人よりも約17%短いのに、労働により生み出す価値は我々よりも約43%多い。働く時間は我々よりも短いのに、2022年のドイツの平均賃金は、日本より約42%多い。効率よく働いて結果を生もうとするのは、ドイツ人の国民性の一つだ。彼らは、「仕事の成果を生むためにかける時間は、短ければ短いほどよい」と考える。

なぜドイツの労働時間は、短いのだろうか。その最大の理由は、政府が法律によって労働時間を厳しく制限したり、最低限の休暇日数を保障したりしていることだ。労働組合の影響力が強いことも影響している。これは経済的な目的のためではなく、国民のライフワークバランスを向上させ、個人のプライベートな時間を守るためである。ドイツ語で「Arbeitsschutz」(長時間労働などが健康に及ぼす悪影響から、市民を守ること)と呼ばれる公衆衛生上の概念である。

このためドイツでは法律によって、オフィスや役所、工場、商店などで1日当たり10時間を超えて働くことが禁止されている。病院の医長や消防士などを除けば、例外は認められない。日曜日や祝日の労働は、原則として禁止だ。

しかも事業所監督局という役所が、ときおり労働時間の抜き打ち検査を行う。企業が社員に恒常的、組織的に長時間労働をさせていることがわかると、罰金を科される。IT企業、病院、建設会社などが、社員に長時間労働をさせていた疑いで摘発されている。ドイツではITエンジニアなど高技能を持つ人材が不足しているので、一度「労働時間が長いブラック企業」としてメディアに報道されると、優秀な社員が集まらなくなってしまう。

このため特に大手企業では、繁忙期でも1日の勤務時間が10時間を超えないように、上司が口を酸っぱくして部下に注意する。

30日間の有休休暇・100%消化は当たり前

ドイツ人は、世界で最も長く休む民族の一つだ。企業は連邦休暇法によって、社員に最低24日間の有給休暇を与えることを義務付けられている。だが実際には、大半の企業が社員に30日間の有給休暇を与えている。週末や祝日などを合わせると、ドイツ人は毎年約150日休んでいることになるが、それでも会社や経済は回っている。

しかもドイツの会社では、管理職以外の社員の場合、30日間の有給休暇を100%消化することが当たり前になっている。

法律や社会の慣習によって、誰もが長い休みを取る権利を保障されているのだ。顧客すら、担当者が長期休暇を取ることに理解を示す。

ドイツ人が毎年約30日間の有給休暇を完全に消化できるもう一つの理由は、病気やけがをした時の傷病休暇制度があるためだ。この国では、社員が病気やけがのために働けなくなった時には、企業は最長6週間まで給料を100%払わなくてはならない。そのことが法律で義務付けられている。

日本では、病休の際に給料を支払わない企業が多いので、ほとんどの人は有給休暇をためておき、病気やけがの時に消化する。ドイツでは、病気やけがをした時に、有給休暇を取ることはあり得ない。病気やけがのために働けなくなっても、6週間は給料の支払いが保障されているので、安心して治療・療養に専念できる。

つまりドイツ人たちは、我々日本人ほどせかせかと働かず、余裕を持った労働条件の下で働いている。それにもかかわらず、名目GDPの総額、1人当たり名目GDP、1時間当たり労働生産性、平均賃金では日本を上回っている。これは日独社会の間にある、最も大きな違いの一つである。

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ドイツの産業は自動車だけではない…実は「中小企業」が大きなシェアを占めている業界