未来のボールペン像を垣間見せてくれるサクラクレパスのラボシリーズ。その魅力とは
【文房具愛好家・古川耕の手書きをめぐる冒険】
文房具をこよなく愛す、放送作家の古川耕氏による連載。「手書き」をテーマとし、デジタル時代の今だからこそ見直される“手書きツール”を、1点ずつピックアップしている。第46回となる今回は?
第46話
サクラクレパス
SAKURA craft_lab 005
3520円
流線型のシルエットが美しい、回転繰り出し式のボールペン。先軸の内側に真鍮製の重りを搭載することで、適度な重みと安定感のある筆記を実現している。標準装着されているインクはセピアブラック。
ベクトルの向きが正反対、邦洋のボールペン・シーン
ざっくり言えば、この国のボールペン・シーンはこの15年ほど、「日本独自の高級ボールペンを生み出す」という模索を続けていたのだと思います。意識的か無意識かを問わず、あるいは結果論だとしても、大きな流れとしてはその方向に向かっていた、ということです。
もともと日本のボールペンは、安価なものでも品質がいいのが特徴だと言われてきました。しかし、2006年に三菱鉛筆「ジェットストリーム」が大ヒット→100円レベルで最高品質が普通に→それらをアップグレードした1000円〜3000円クラスが登場→その中間地点である300円から500円クラスが充実─と、おおむね近年の国産ボールペン史はこのような流れで進んできたと私は理解しています。
こうなると次に目指すはおのずと「5000円以上〜数万円」の価格帯となってくる。そして、これが実は難しいのです。一説によると、欧米のプロダクトはまず高級品が発売され、そこから日用品レベルにダウングレードしていくという流れがあり、日本ではそのベクトルが逆向きだという見方があるそうです。また、経済格差が大きいヨーロッパでは、庶民の日用品と高級品は別物として断絶しているとも聞きます。筆記具も然りで、ゆえにヨーロッパではステイタスシンボルとして、主に万年筆を中心とした「高級筆記具」という独立したカテゴリーが存在しているわけです。
ところが、このカテゴリーが日本にはない。そのため、過去に日本でも散発的に出た高級ボールペンは欧米のもの、やはり特に万年筆を模したものが多く、独自性を打ち出すには至りませんでした。しかし、価格の幅を拡張し、それに見合ったボールペンを着実に作り続けてきた今、「日本らしい高級ボールペン」の実現も不可能ではない。これからは各社がより意識的にその模索を始めていくでしょうし、そんななか7年前からそれにトライしていた(ように見える)のが、今回紹介するサクラクレパスの「サクラクラフトラボ」です。
サクラクレパス
SAKURA craft_lab 008
7150円
ジャズからインスピレーションを受けたカラーリングのボールペン。アルマイト染色によるアルミ軸と真鍮グリップの組み合わせが上質感を生み出している。ノック部は、トランペットのピストンバルブをイメージ。
未来を映す鏡になりうるラボラトリーブランド
サクラクラフトラボは2017年から始まったボールペンシリーズ。現在までに8モデルがラインナップされ、価格は2420円から8800円、パーツをカスタマイズしていく「006」に至っては最大3万円超と、漆塗りや蒔絵といった日本の伝統工芸技術を使ってはいないペンとしては挑戦的な高価格です。
また、本シリーズのデザインには大きくふたつの流れが見てとれます。ひとつは「新しい懐かしい、をつくる。」というキャッチコピーにもあるとおり、どこかノスタルジックなモデル。真鍮の重さや経年変化の魅力を打ち出しつつ、昨年8月に発売された「008」は、シリーズ初のノック式を採用し、見栄えの良さだけで終わらない、日常使いのペンとしての実力も兼ね備えています。
一方、モダン路線と呼ぶべきラインの代表作は「005」。シンプルな流線形と細かなプリーツが美しく、尾尻の断面が桜の花びらになっているなど、まさにクールジャパンな一本。個人的にも本シリーズで特にお気に入りの一本です。
いずれにせよ、この「実験室」の成果には目が離せません。製品ごとに冠された3桁の通し番号は、すなわちこれが長期的なプロジェクトであるという宣誓でもあり、長いスパンだからこそ描ける、未来のボールペン像を垣間見せてくれるかもしれないからです。