きれいな字を書くためには、筆記具の握りを正しくする必要がある。正しい握り方をすることで、ペン先に無駄な力をかけることなくコントロールもしやすくなる。つまり、正しく握ることで効率の良い筆記ができるようになる、というわけだ。

 

特に万年筆は、ペン先の表側(刻印のある側)が上を向いていないとインクが出ないので、正しく握ってペン先の向きを合わせない限り、そもそも書くことができない。初心者用の万年筆には、グリップ形状によって「特に意識することなく正しい握り方ができる」ように工夫されたものもあって、それはありがたいのだが。ただし、それは万人にとって正解ではない、というのが難しいところ。

 

であれば、ユーザーの手に合わせて握り方をカスタムできるグリップがあれば、便利なのではないだろうか?

 

万年筆は、ペン先の向きをカスタムすると握りやすくなる

一般的に万年筆のグリップは円筒形なので、どこに指を置いても握れてしまう。ただそれだと、ペン先の向きが正しくならないかもしれないので、初心者用の万年筆は三角柱や六角柱形のグリップで指の置き場所を限定し、握ることで自動的にペン先の表側が上を向くようになっている。

 

とはいえ、指の長さや曲がり癖は人それぞれで違う。指示された場所に指を置いても上手くペン先が上向きにならないケースだってあるだろう。そこに対応するため、グリップとペン先の向きを最適化できるアジャスト機構を搭載したのが、筆記具メーカーのセーラー万年筆の「TUZU アジャスト 万年筆」だ。

セーラー万年筆
TUZU アジャスト 万年筆 細字・中字・太字
各4,500円(税別)

 

グリップは円筒にフラットな2面を削り込んだような、三角柱に近い「ナチュラルフィットグリップ」。この2面に親指と人さし指の腹をそれぞれ置いて握るのが基本形で、この握り方をすると、自動的にペン先の表側が上を向くようになる。

 

ただ、冒頭でも述べた通り、全員が全員そうなるわけではない。例えば筆者の握り癖の場合、握った状態で紙面にペン先を置こうとすると親指が内側に巻き込まれ、それに合わせてペン先も15〜20度程度内転していた。つまり、このグリップに合わせて握ってしまうと、ペン先は正しく真上を向かないのである。

↑自然と指の配置が決まりやすいナチュラルフィットグリップ

 

↑筆者の握り方だと、ペン先の側面が見えてしまうぐらいに傾いている

 

そこで試してみたいのが、「TUZU アジャスト 万年筆」独自のペン先回転機構だ。

 

まず胴を外してから、銀色のリングを下に降ろす。続いてグリップを下にスライドさせてから、自分に合ったようにペン先とグリップの角度を調節する。角度が決まったら、手順を逆行(グリップを上げてリング位置を戻し、胴を装着)すればセット完了となる。

↑胴と銀リングをねじって外したら、グリップをストンと下げる

 

↑この状態でペン先を10°ずつ回転させられるので、ちょうどいいところでグリップを戻す

 

とにかく自分なりの筆記姿勢でペン先の刻印が真上を向くようにしたいので、何度か実際に握ってみて角度を確認すると良いだろう。コンバーターやインクカートリッジを装着したままでも調整は可能なので、なんなら実際に書きながら角度合わせをしても良いかもしれない。

↑右がアジャスト完了した状態。これならペン先がきちんと上を向く

 

↑多角グリップの場合、今まではわずかに手首をひねって角度を合わせていたのが、自然な握り方で気持ち良く書けるようになった。快適である

 

今回は自分の書き癖に合わせて外転方向に20度でセットしてみた。こうすると、ちょうど筆記する姿勢でペン先が上を向くことになる。実のところ、ペン先は10〜20度程度なら傾いていてもインクが出ないわけではないが、ペンポイント(ペンの先端)が紙に引っかかるような感触もあって、あまり気持ち良くはない。

 

対して真上であれば、インクの流れが安定することでなめらかに書けるし、なにより筆圧のコントロールがしやすくなるため、万年筆らしいメリハリのある線が引きやすくなる。つまり最初にきちんとアジャストしておけば、万年筆初心者でも正しく「万年筆ならではの書き味」が楽しめるようになるというわけだ。

軸を汚さずインクを吸いやすい新機構も搭載

万年筆のインク補充は、一般的に使い捨てのインクカートリッジを装着するか、コンバーターと呼ばれるインク吸入ポンプ兼タンクを装着してインク瓶からインクを吸い上げる、という2種類の方法がある。どちらか片方のみ対応という場合もあるが、ほとんどはカートリッジ/コンバーター両対応だ。

 

もちろん「TUZU アジャスト 万年筆」も両対応だが、本来なら別売りのはずのコンバーターが最初から付属されているのは嬉しいポイント。これはおそらく、新しいインク吸入機構をアピールしたいからなのだろう。

↑コンバーターとインクカートリッジ2本が付属。この価格帯でコンバーターが付いているのは珍しい

 

インクを吸入するには、「ペン先をインク瓶に浸して、コンバーター内のピストンを動かして吸い上げる」というのが一般的な流れ。ほとんどの万年筆はインクの吸入口がペン先の根元にあるため、ペン先をまるまるインクに浸けることになるが、すると必然、軸の先端(首軸)までインクで汚れてしまい、それが手にべったり付着するというのが、定番の“万年筆あるある”だ。

↑本来ならペン先の根元までしっかりインクに浸す必要があったが、なんとこれでもう吸入できてる!?

 

↑吸入完了。確かにハート穴(ペン先中央の小さな穴)までしか汚れていない

 

そこで真価を発揮するのが件の新しいインク吸入機構。なんと、ペン先中央のハート穴からインクを吸うことができるのだ。つまり首軸までドブンとインク瓶に挿し込む必要はなく、ひとまずハート穴(…に擬装したインク吸入口?)さえインクに浸っていれば吸入が可能、ということ。これなら首軸、ひいては手まで汚れる心配が無いのである。

 

他社ではあるが、プラチナ万年筆「プロシオン」にも同様の吸入機構が搭載されている。これもまた、万年筆の取り扱いになれていない初心者に助かるギミックと言えるだろう。

↑嵌合式(パチンとハメ込むだけ)キャップながら、気密性の高い二重キャップでドライアップを防ぐ

 

また、キャップ内部にはバネでギュッと圧をかけてペン先を密閉する内キャップ(スライド式キャップ)が備わっており、これによってインクの乾燥を抑制してくれるという。

 

これは同社の「プロムナード」にも搭載されていたもので、ひとまずキャップさえ閉めておけば、半年〜1年ぐらいはドライアップの心配はないはずだ。初心者はうっかり万年筆にインクをいれたまま放置→書けなくなるというコンボをキメがちなので、保険的にもこういう機構があるとありがたい。

↑「TUZU ボールペン」も同時にラインアップ(グリップのアジャスト機構は非搭載)。人気の高いぺんてる「エナージェル」インクが入っている

 

セーラー万年筆
TUZU ボールペン ボール径0.5mm
2500円(税別)

 

 

ひとまず使ってみた印象としては、自分の握りにカスタムできるアジャスト機構と、手を汚さず吸わせやすいインク吸入機構は、端的に“万年筆を使いやすくする仕組み”としてとても優秀だと感じた。加えて、飾り気少なくサッパリとしたルックスも、万年筆を「高級だから…」などと気負わずに使うにはちょうどいい。

 

個人的には、ハート穴がペン先のクッションとして機能していない分だけ描線がやや硬い印象を受けたが、それも日常の筆記具としてサラサラと書くには使いやすいのかもしれない。普段使いの万年筆として、もうしばらく試してみたい。