俳優・岩谷健司、ピンク映画から社会派まで幅広く活躍。恋人の“理解”が必要な作品も一緒に鑑賞「その時の彼女が妻です」
2002年、村松利史さん、岡部たかしさんとともに演劇ユニット「午後の男優室」を結成し、その後、CMディレクターで映画監督の山内ケンジさんの演劇ユニット「城山羊(しろやぎ)の会」などに参加して多くの小劇場に出演してきた岩谷健司(いわや・けんじ)さん。
演出家を招かず自分たちで創る場として岡部たかしさんとタッグを組んだ演劇ユニット「切実」としての活動も話題に。舞台をメインに活動しながら、映画『岬の兄妹』(片山慎三監督)、『共演NG』(テレビ東京系)、『Believe−君にかける橋−』(テレビ朝日系)、『地面師たち』(Netflix)など映像作品にも多数出演。
映画『輝け星くず』(西尾孔志監督)が全国順次公開中。2024年8月23日(金)には映画『ラストマイル』(塚原あゆ子監督)の公開も控えている。
◆ピンク映画の出演は…
岩谷さんは、2009年の『若義母 むしゃぶり喰う』(竹洞哲也監督)でピンク映画にデビューして以降、数本の作品を経験したという。
「30代後半、39だったかな。舞台で初期の竹洞組のレギュラー俳優だった松浦祐也くんと知り合って、映像出身だと言うから聞いたらピンク映画で。ずっとやっていたっていうから、ちょっと1回だけやってみたいと思って(笑)」
――それまでピンク映画を見たことはあったのですか。
「見たことはなかった。ただ、日活ロマンポルノとか、そういうのは家の近所の映画館でやっていて、中学高校時代興味はあるんだけど見られない。映画館に入れてもらえないじゃないですか。だからちょっと憧れはありましたよね」
――でも、見てみたいというのと、やってみるのとはまた違うと思いますが。
「違いますね。でも、1回やってみて、どのぐらい自分がなくなるかとか、それを映像で見たときどう見えるんだろうとか、そういう興味もありましたね。それで竹洞さんを紹介してもらって、わりとすぐに出ることになりました。あの世界は人手不足だから(笑)」
――当時、恋人はいらっしゃいました?
「いました。彼女の理解がなければできませんからね。よく一緒に(出演作を)見に行っていましたよ(笑)。そのときの彼女が奥さんです」
――「ここはもうちょっとこういう風にしたほうが…」とか言われたりするのですか。
「いや、ゲラゲラ笑っていますね(笑)。そういったシーンで変にスローモーションになったりするじゃないですか。爆笑していましたよ」
――奥さまと一緒に見に行くというのはすごいですね。
「一緒に映画館に見に行ったとき、たまたま共演した女優さんが彼女にちょっと似ていたんですよ。それで、上映が終わって明かりがついたとき、前の座席のお客さんが俺たちを見て『一緒に見に来たんですか?』って(笑)。その女優さんと間違えられて大笑いしていました」
――映画などのラブシーンの撮影のとき、監督に「とりあえずやってみて」と言われると、自分の日頃の手順が出ちゃうから、すごく恥ずかしいと俳優さんが言っていました。
「それは恥ずかしいです、俺も。難しいですね。だからいっそのこと、『こうやって、こうやって…』って細かく言ってくれたほうが『監督の指示だから』って言えるけど、『とりあえずやってみて』は俺もイヤですよ(笑)。
ピンク映画の場合は、一応ちゃんと指示があるんです。そういったシーンは全部段取りを決めますよ。ピンク映画はアフレコでやっていたので、あとで音を録るから現場の音は入らないんです。だから撮りながら監督が指示を飛ばしてきていたんですよね。
『じゃあ、次胸にいきましょう。はい、触って。はい、いきますよ』という感じですべて監督の指示に合わせてやっていただけなんです。そうじゃないと恥ずかしくてできないですよ(笑)。
だってスタッフとかに『岩谷さんは普段こういう風にしているんだ』って思われたらイヤじゃないですか(笑)。ピンク映画はもうやってないですけど数本出ました」
◆撮影日を間違えて…
岩谷さんは、数多くの映画やドラマにも出演。2016年には、演劇ユニット「城山羊(しろやぎ)の会」の山内ケンジさんの監督作『At the terraceテラスにて』に出演。
豪邸に暮らす専務夫婦(岩谷健司&石橋けい)が開いたホームパーティがお開きを迎えようとする頃、専務の大学生の息子が帰宅。残っていたゲストは4人。他愛のない会話が交わされるなか、誰かがデザイナーの妻・はる子(平岩紙)の腕の白さを褒めたことをきっかけに思いもよらぬ方向に転がっていく…という展開。
――登場人物みんなクセがあって、それぞれ狙っているものがある。
「性欲とかね。気持ち悪い、気持ち悪い(笑)」
――言葉にも結構毒がありますね。
「そうそう。あの映画は、スズナリでやった舞台『トロワグロ』を映画化したもので、山内さんは、第59回岸田國士戯曲賞を受賞したんですよね。キャスティングも一緒だし、本当に舞台でやったままでした。おもしろかったですね」
2019年に出演した映画『岬の兄妹』(片山慎三監督)は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門で優秀作品賞と観客賞をW受賞。この映画の主人公は、港町で自閉症の妹・真理子(和田光沙)とふたり暮らしをしている良夫(松浦祐也)。仕事を解雇されて生活に困った良夫は、罪の意識を感じながらも真理子に売春をさせて生計を立てようとする。そして良夫は、これまで知ることがなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れることに…。
――岩谷さんとは舞台でも共演されたことがあり、ピンク映画に出演されるきっかけになった松浦祐也さんが主演でしたね。
「そうです。松浦くんと片山さん(監督)が打ち合わせをしていて、俺もよく知らないですけど『この日空いています?』みたいなことを言われて。『大丈夫』って俺が言ったみたいだけど、正直忘れていて撮影日に待ち合わせ場所に行けなかったんですよ。1日間違えていて。
そうしたら、片山さんが家の最寄り駅まで車で迎えに来たんですよ。『あれっ?今日でしたっけ?』みたいな感じで(笑)。それで、『わかりました』って言って行ったんですけど、台本ももらってなかったので、何をするかもわからなくて。『これ何なの?』って感じでした(笑)」
――主人公が妹に売春をさせることになるきっかけを作ったリストラ責任者でしたね。
「そう。俺がリストラしたから妹に売春をさせることになるんだけど、そんなのはやっているときは何も聞かされてないんで、全然わからないんですよ。口立て(完全な脚本がなく、口頭の打ち合わせで芝居をまとめていくこと)でこう言ってくれっていうのをやっていただけで。
完成したのを見て初めてこういう映画なんだ、ちゃんと撮っているんだって(笑)。しかもおもしろかったし、話題になって賞ももらって広がっていきましたしね」
――すごい状態で撮影していたのですね。
「本当にね。台本はなかったけど、ペライチみたいなのはあったのかな。一応それは覚えて行ったんですけど、松浦くんに聞いたら『いらないです。覚えなくていいですよ』って。実際、覚えて行っても何の意味もなかったですけどね(笑)」
◆テレビ局のお偉いさん役に
『岬の兄妹』が公開された翌年、2020年には『共演NG』(テレビ東京系)に出演。このドラマは、かつて恋愛関係にあり25年間“共演NG”だった大物俳優(中井貴一&鈴木京香)がなぜか再共演することになったことで巻き起こる騒動を描いたもの。
岩谷さん演じる戸沢寛治は、テレビ東洋のドラマ部長で、問題のふたりが恋人役で共演するドラマ『殺したいほど愛してる』の総責任者。数々の困難に巻き込まれて頭を抱える日々を送ることに…という展開。岡部たかしさんも監督役で出演している。
「大根(仁)さんがそもそも知り合いだったんですけど、ああいう役を作ってもらってうれしかった。ありがたかったですね。
『テレ東でこういうドラマをやるんだけど、そのテレビ局のドラマ担当のお偉いさん』って言われたのかな? とにかく衣装合わせに行ったときに大根さんが『俺は反対したんだけどね』って言ってきて。大根さんが俺にその役をやらせるのは反対だったんだって、そういうやり取りをしたの。冗談でね。いつもそうなんですよ、あの人は(笑)」
――ドラマの責任者が岩谷さんで岡部さんが監督、迫田孝也さんがプロデューサー、絶妙な組み合わせでしたよね。
「毎回とにかくすったもんだで、次から次にいろんな問題が起きてね。俺、大根さんがいいなあと思ったのは、迫田さんがやったプロデューサー役に最初は岡部ってなっていたんですけど、俺と岡部じゃちょっと関係が近すぎるんですよね。あまり近い役の設定だと照れちゃうっていうか(笑)。何か恥ずかしいんですよ、やっていて。何かわからないけどね。
舞台だといいんだけど、映像とか他の現場で岡部と何かやるというのは、ちょっと恥ずかしい。だからプロデューサー役を迫田さんにして、ちょっと距離のある監督役にしているじゃないですか。あのぐらいだとちょうどいいんですよね。その辺のさじ加減が多分大根さんわかっているんですよ。そういうところがすごいなあって」
――愛憎の因縁がある大物俳優同士の共演は何かが起こる悪い予感しかありませんが、そのドラマの責任者って考えただけでぞっとしますよね。
「本当ですよね(笑)。主役同士が25年前に付き合っていて、揉めて別れる原因になった若い女と一緒になっているわけですから。それも結構やばい女で。主役のふたりだけでも大変なのに、それ以外にも不倫だ何だとトラブルの連続。あれはもう胃薬飲まなきゃやってられないって(笑)。
ただ、スタッフさんに言われたのは、テレ東に俺の役のモデルになっている人がいるらしいんですよ。俺はその人が誰なのか知らないけど、部長ですっごい似ているって言われました(笑)。特別研究してはいないんだけど、『すごくテレビ局の部長っぽい』って言われました」
――問題が勃発するたびに頭を下げるのですが、謝り方も絶妙でしたね。
「そうそう。両方にいいこと言っておいて、何か起きたらすぐに謝るんだけど形だけで心がこもってない。中井貴一さんが『いるよね、こういう人。謝ってはいるんだけど、全然悪いと思ってない』って言っていましたよ(笑)。
俺自身が多分ちょっといい加減だからかもしれない。『すみませんでした』とは言っているけど心のない感じで。頭を下げる角度は深いんだけどね」
――話題になりましたが、放送が始まってご自身でご覧になっていかがでした?
「想像していた通りおもしろいドラマだなあって思いました。台本でわかっているんだけど、やっぱり大根さんの作品は映像になってみると本当におもしろいなあって。今やっている『地面師たち』もそうですけど、大根さんの作品はめちゃめちゃおもしろいです」
舞台をメインに活動しながらも、『殺したいほど疲れてる!〜「共演NG」のホントにNGな舞台裏〜』(Paravi)、『Believe−君にかける橋−』、『科捜研の女』(テレビ朝日系)、全国順次公開中の映画『輝け星くず』(西尾孔志監督)、2024年8月23日(金)に公開される映画『ラストマイル』などテレビ、映画に引っ張りだこに。
次回はその撮影エピソードなども紹介。(津島令子)