大会4日目(8月10日)の朝は、甲子園球場に着くなり、ネット裏の記者席ではなく、三塁側のアルプススタンドのほうへと向かった。その理由は、試合前のアップ、とくにキャッチボール、遠投を見たい選手がいたからだ。


プロ注目の宮崎商・中村奈一輝 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【長身痩躯の美しいシルエット】

 その選手とは、宮崎商の遊撃手・中村奈一輝(ないき/183センチ・70キロ/右投右打)である。九州担当のスカウトたちが、春の段階からいち早くその成長ぶりを確かめたいと、佐伯鶴城(大分)の狩生聖真(かりゅう・しょうま)や福岡大大濠の柴田獅子(れお)の両投手とともに、名前を挙げていた選手だ。

 本職は遊撃手だが、投手としての将来性も豊か。スローイング能力がすばらしいと聞いていた。

 近年の高校野球は、筋骨隆々の選手が目立つようになってきたが、中村は長身のスリム体型で、美しいシルエット姿が映える。長い手足をよどみなく柔らかくしならせ、指先にかかったボールが、鮮やかなスピンが効いて真っすぐに糸を引くように伸びていく。見とれるようなぐんぐん伸びていく遠投だ。

「こりゃピッチャーだろう......」

 細い体をなんとかしようと、昨年からずいぶん"食育"に取り込んだようだが、数字的にはそれほど結果は出ていない。もし太りにくい体質なら、むしろ投手としては好都合ではないか。体重移動による並進運動と、踏み込んでからの回転運動で投じるのが"仕事"ならば、必要以上に体重が増える"太りやすい体質"より、ずっとありがたい。

 甲子園での遠投といえば、まず思い出すのが2020年、コロナ禍により大会が中止となり、代わりに行なわれた「プロ志望高校生合同練習会」だ。そこに参加していた当時福岡大大濠の山下舜平大(現・オリックス)の遠投が圧巻だった。

 マウンド上とまったく同じフォーム。助走もつけずに、8割程度の腕の振りから放たれたボールが、ほとんどライナー軌道で相手選手のグラブに吸い込まれた時は、それだけで「こりゃ(ドラフト)1位間違いなしだ」と思わず呟いたものだ。

 そのとおり、オリックスから1位指名を受けてプロの世界に進み、「球界の至宝」と呼ぶ人がいるほどの素質に、日々磨きをかけている。

【試合中にまさかのアクシデント】

 試合が始まり、中村がどのようなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみにしていたが、アクシデントが起きてしまった。

「1番・遊撃手」で出場したが、試合中盤に足がつってしまったせいで50m6秒0の俊足を生かせず、フィールディング、ベースランニングともに今ひとつ精彩がなかったように見えた。

 定位置付近のゴロをさばく際、トップを2度つくって投げるあたりも、足の動きに不安があって、いつもよりも慎重な動きになってしまっていたのだろう。二塁ベース上での併殺プレーでも思うようにフットワークが使えない。それでも矢のような痛烈な送球で、高い能力の片鱗を見せてくれた。

「足を使ってチームに貢献するのが自分の仕事だと思っているので、それが十分にできなかったのが......」

 試合後の取材で、中村を囲んでいたメディアの輪が分厚くて、そこまでしか聞こえなかったので、チームメイトに「投手・中村」の可能性を聞いてみた。

「うーん、そうですね......ピッチャーとしてもコンスタントに140キロ台を投げられて、スライダー、カットボール、チェンジアップと鋭い変化球も投げられて、試合中に急にサイドからも投げたりするじゃないですか。そういうところは天才だと思いますし、短いイニングのリリーフで出てきたら、ちょっと手の出ないピッチャーだろうなって思います」

 宮崎大会では、ストッパーとしての役割を担って全試合に登板。12イニングほどを投げて1失点に抑えてきた。

 中京大中京との試合、7回表に3対2と勝ち越した宮崎商。

「いつもだったら、あそこで中村がリリーフに上がって、7回からピシャッと抑えて......というのがウチの必勝パターンだったのですが。それが叶えられなかったのが私たちも悔しいですし、中村本人はもっと悔しいと思います」

 絞り出すように語った東大地部長の言葉に、心の底からの悔しさが滲む。

 今年の高校球界は、全国に「これでもか」というほど、高い能力を備えた遊撃手が揃っている。もちろん、中村もそのなかのひとりに数えられる存在ではあるが、彼のスローイング能力に、投手としての将来性を感じずにはいられない。

 中村の将来の投手像にピッタリ重なるのが、中日黄金期のリリーバーとして活躍した浅尾拓也だ。アベレージ150キロ前後の快速球に、タテのスライダーと高速フォークを武器に、細い体で6年間、毎試合のように終盤のマウンドを支配した"快腕"だ。

 すでに中村は、最速146キロをマークしているという。チームメイトが太鼓判を押す変化球の使い手でもあって、遊撃手としても一級品なのであれば、俊敏なフィールディングで相手のチャンスを封じてきた浅尾の再来ではないか。そんな姿が浮かんできて仕方がない。

「高校野球2024年夏の甲子園」特設ページはこちら>>