会見場に現れた石塚裕惺(ゆうせい/花咲徳栄)は全身泥だらけだった。ユニフォームは上下とも真っ黒。甲子園の土が両腕や、額や頬にもこびりついている。

 まず試合を終えた感想を聞くと、石塚は淡々と口を開いた。

「応援してくれているスタンドの人たちに、またプレーする姿を見せたかったです。こんな初戦のところで......」

 そして、石塚は涙ぐみながら仲間への思いを打ち明けた。

「今日は9人しか試合に出ていなくて、レギュラーだけで終わらせてしまいました。打席に立ちたかった人、マウンドに立ちたかった人もいたと思います。そんな仲間に機会をつくってやれなかったことが、一番悔しいです」


新潟産大付戦で4打数1安打に終わった花咲徳栄の石塚裕惺 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【強打者・石塚裕惺が魅せた走塁】

 花咲徳栄は初出場の新潟産大付に1対2で逆転負けを喫した。ドラフト上位候補に挙がり、今夏の甲子園で野手の目玉と目された石塚は初戦で姿を消すことになった。

 石塚は1打席目にレフト前ヒットを放ったものの、4打数1安打に終わった。報道陣から敗因を聞かれた石塚は、こう答えている。

「県大会からリードされたことがあまりなくて、自分たちのバッティングができなくて焦ってしまったのが敗因だと思います」

 1点ビハインドを追う9回裏、一死走者なしで打席に入った石塚は1ボールから真ん中低めのストレートを打ちにいって三塁ゴロに倒れている。石塚は「自分が打たないと......と思いすぎてしまった」と悔やむ。

「ボールが動くタイプのピッチャー(田中拓朗)だったので、ベンチからは『高めを狙ってライナーを打て』という指示が出ていました。でも、打ち急いでファーストストライクから強引にいってしまいました」

 一方で、石塚は意外な形で見せ場をつくっている。それは「走塁」だった。

 2回裏に先頭打者として安打で出塁すると、先発右腕・宮田塁翔(るいと)がモーションに入る直前にスタートを切った。スタンドから見ていると「早すぎる」と感じるほどのスタートで、盗塁は悠々成功。試合後に「投手のクセを見切っていたのか」と尋ねると、石塚はこう答えた。

「一塁コーチャーから相手のクセを聞いていました。自分の直感もあって、自信を持ってスタートを切ることができました」

 さらに5番・田島蓮夢(はずむ)がセンター定位置付近にフライを放つと、二塁ベースに戻った石塚は三塁に向かって猛然とタッチアップ。暴走と紙一重だったが、間一髪セーフになっている。この場面について「勝算はあったのか」と聞くと、石塚はうなずいた。

「あれくらいなら自分の足ならいけると思いました。自分は走塁を得意にしているので、やってきたことは出せました。あの場面は次のバッターが外野フライを打てる横山(翔也)で、自分が三塁に行けば得点できる確率が上がると思いました。ギャンブル気味ではありましたけど、思い切ってスタートを切りました」

 石塚の狙いどおり、次打者の横山はセンターに犠牲フライを放っている。まさに石塚の足でもぎとった1点と言っていい。

【もっと上の景色を見たかった】

 冬場にみっちりと練習を積んできた遊撃守備も、堅実にこなした。打球を瞬時に見極め、捕りやすい位置まで足を運ぶ。スローイングも安定していた。石塚は「打ち取った打球をしっかりアウトにするプレーはできた」と振り返る。

 甲子園の土の上は、どんな感触だったのか。そう尋ねると、石塚は少し表情を緩めてこう答えた。

「甲子園練習の時とは違ってお客さんが入って違う感覚になりましたけど、本当にきれいな球場でプレーができてよかったです」

 記者から今後の進路を聞かれた石塚は、「監督と相談しますが」と前置きをしたうえで「自分ではプロでやっていきたいと考えています」と答えている。

 押しも押されもせぬ「ドラフト1位」としての評価を得るには、大舞台でわかりやすい結果を残したいところだった。石塚は走攻守に高い能力を秘めているとはいえ、誰もがひと目で「怪物だ」と認めるような一芸があるわけではない。それでも、将来的には浅村栄斗(楽天)のように広角に長打を放てる内野手に成長する可能性は十分にある。

「もっと上の景色を見たかった」

 囲み取材中、石塚はそうつぶやいた。これからお盆期間に入れば、甲子園球場にはますます人が溢れかえるだろう。その時期を前に去ることになった無念さが滲んだ。

 それでも、野球人生は続いていく。石塚が高校生活では見られなかった「上の世界」を見られるかどうかは、これからの自分自身にかかっている。

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