パリオリンピック男子バレーボール準々決勝。最初の3セットの間、イタリアはまるで井戸に落ちたコインのようだった。ただ下へ、下へと落ちてはいくが、なかなか底にはつかない。そして日本がマッチポイントを獲得し、ついにどん底にと思われた時、コインはゆっくりと上昇を始めた。

 こうしてイタリアは8度目(1984年、1996年、2000年、2004年、2008年、2012年、2016年、2024年)のオリンピック準決勝進出を決めた。

 この逆転劇は日本人に、2008年のイタリア対日本を思い出させたかもしれない。東京で開催された北京オリンピックの前哨戦、イタリアはセットカウントを2−1とリードされ、第4セットも24−17にまで差をつけられ、絶体絶命のピンチに陥っていた。しかしエマヌエレ・ビラレッリのサーブが試合の流れを変えた。そう、サーブだ。今回もまさに、このサーブで、シモーネ・ジャネッリが第3セット、アッズーリ(イタリア代表)を復活させたように。

 イタリアにとって日本は大きな恐怖だった。最近の結果(ネーションズリーグではフランスと決勝を戦い2位になった)から言っても、プレーのスタイルから言っても、イタリアを脅かすものだった。また歴史的に見ても、日本はアッズーリをしばしば苦境に陥れてきた。そのため準々決勝の相手が日本と決まってからは、イタリアの選手たちは不安を感じていた。

「彼らは非常に強いチームで、特に守備の局面では並外れている。サーブもうまい。運動能力が高く、ジャンプ力もある」

 選手たちに聞くと、彼らは口々にそう言っていた。


そのプレーがイタリアでも注目されたリベロの山本智大 photo by Nakamura Hiroyuki

 ふたを開けてみれば、まさにそのとおりだった。リベロの山本智大の守備の才能、ふたりのスパイカー、石川祐希と郄橋藍の圧倒的な技術の高さ、そして左利きのオポジット・プレーヤー、西田有志の"ありえない"攻撃。これらの武器をもって、フィリップ・ブランのチームは世界チャンピオンのイタリアを抑えていた。

「この試合に勝利できたのはすごいことだ。日本はすばらしいプレーをし、勝つに値するチームだった。本当に彼らはすごかった」と、イタリアのフェフェ・デ・ジョルジ監督は強調した。

【イタリアの戦い方を熟知していた】

「第2セットはかなりいい感じだったので、自分たちのものにできるはずだった。それなのに我々はそれを手にすることができなかった。あんな守備をするチームと対峙するのは、とても難しいことだよ。自分たちのアタックが相手の見事なディフェンスによって、次々と防がれるのを見るのは、心理的にもかなりダメージを食らうし、いらだちが募るからだ」(デ・ジョルジ監督)

 第2セットの勝敗を分けたのは、日本が長い攻防を制したこと、そして西田、郄橋、石川の3人がイタリアの戦い方を熟知していたからだ。3人とも期間は違うがスーペルレーガに属した経験があり、この「修業」が日本の役に立った。西田はかつてヴィボ・ヴァレンツィアに所属していたし(2021−2022年)、藍はまずパドヴァ(2021−2023年)、そしてモンツァ(2023−2024年)でプレー、イタリアでの最後のシーズンは決勝を争いプレーオフまで戦った。そして石川祐希はミラノ(2020−2024年)での経験を経て、新シーズンからはイタリア王者ペルージャの一員として戦う。

「すばらしい戦いだった。彼らがこのようなプレーをすることはある程度予想していたが、正直、ここまで高いレベルとは思ってなかった。最初の2セットは本当に苦しかったが、残りの3セットもそれに負けず劣らず、だった」

 イタリアのリベロ、ファビオ・バラーゾは終了後に試合をこう振り返っている。

 日本戦での勝利はイタリアメディアに熱狂的に迎えられ、大きな見出しが紙面を飾った。

「頭と筋肉で大逆転ショー。まさにイタリアらしい勝利」(『コリエレ・デラ・セラ』)
「恐怖が夢に変わった」(『ガゼッタ・デロ・スポルト』)

 それと同時に、この試合は日本の多くの才能を明らかにした。なかでも、リベロの山本の敏捷な動きは印象的だった。

「まるで映画かアニメを見ているみたいだった」

 ミドルブロッカーのロベルト・ルッソは明かす。

「日本はあらゆることをやってのけていたが、ただ負けが決まりそうな時も、我々は冷静でいることができた」

 まるでマラソンのような試合(2時間24分!)を制した翌日、イタリア人はメダル獲得へ向けて大きな障害を乗り越えたことをかみしめていた。だが同時に、日本とは今後、多くのタイトルを争うであろうと実感していた。

 それでは今回、何が勝敗を決したのか。イタリアにあり、日本になかったものとは何か?

 それはほかでもない、「決定的な試合」の場数だろう。デ・ジョルジ率いるチームはこの3年間、欧州選手権金メダル(2021年)、世界選手権優勝(2022年)、欧州選手権銀メダル(2023年)といったタイトルを獲得し、こうした場面でどう戦ったらいいのかを熟知していた。一方、日本はまだ経験が少なく、だからこそすばらしいスタートをきったにもかかわらず、次第に自信を失っていってしまったのではないか。

 両者の差は、テクニカルなものよりも、メンタルなもののほうが大きかった。ブラン率いる日本は、本当に質の高いバレーを見せてくれた。