夏の甲子園が幕を開けた。出場49チーム、出場選手980人......ネットの普及により、チームのことも、出場する選手たちの情報も、すでに地方大会の段階から溢れている。

 それでもいざ大会が始まると、「ええっ、こんな選手がいたんだ!」と思わず驚きの声をあげてしまう選手が、毎日のように現われる。

 今回、そうした「隠れ逸材」を紹介したい。


滋賀学園戦で8回無死満塁の場面で登板した有田工の1年生・田中来空 photo by Ohtomo Yoshiyuki

【絶体絶命の場面で登板】

 開幕直後の第1試合、まさにそこに該当する選手がいきなり現れた。

 有田工(佐賀)の田中来空(らいく/投手/182センチ・80キロ/左投左打)、この4月に入学したばかりの1年生である。

 滋賀学園を相手に4対4の8回表無死満塁、しかもカウント2ストライクの場面でのリリーフ。調べると、佐賀大会は1イニングちょっとしか投げていないのだが、きっと監督に期待され、信頼されている1年生なのだろう。

 1年生の大型左腕、しかも絶体絶命でのリリーフ登板なのだから、てっきり力づくで勝負する投手なのかと思っていたら、いま流行りの「ショートアーム」というコンパクトなテイクバックからうまく脱力できていて、その分、打者に向かって存分に腕が振れる理想のメカニズム。これなら打者はリリースが見えづらく、タイミングが取りづらい。

 ただ、さすがに甲子園に出場してくるチームだけあって、簡単にはいかない。センター前、レフト前と2本のシングルに、それぞれ外野手のファンブルがあって合計4失点。

「すごいな......」と思ったのは、失点して直後もストライク先行の投球ができているところ。大ピンチでのリリーフ登板で失点が続けば、並の1年生投手ならその後は"自滅"のパターンだ。この精神力の強さと技術力の高さ、只者じゃないぞ!

 一死一塁で、プロ注目の3番・岩井天史(遊撃手/184センチ・75キロ/右投左打)を打席に迎えて、捕手が内角にミットを構えている。左打者のヒザもと、サウスポーには投げ込むのが一番難しいコースだ。大丈夫かな......と思って見ていたら、ストレートでドーンと突いたから驚いた。

 さすがの岩井も、バットコントロールしきれずにどん詰まりのショートゴロ。併殺に打ちとったのだから、「お見事!」とうなるしかなかった。

 近畿でも有数の好打者が、難しい内角といえどもあれだけ差し込まれのだから、ストレートはかなりスピンが効いているのだろう。球速表示は130キロ前後でも、打者の体感スピードは10キロ増しに感じているのかもしれない。

【初球の変化球を強振】

 またその裏、打席が回ってきたら、田中はどっしりとした構えから、左投手の初球のスライダーをライト前に痛烈に弾き返した。左腕の変化球に右サイドがまったく開くことなく、フルスイングのジャストミートなのだから、バッティングも只者じゃない。

 9回の投球にも、非凡さがキラキラ光っていた。

 ライトがライナーを弾いて三塁打になった直後、次の打者をスライダー、ストレートと2球で追い込む。8回の投球もそうだったが、ヒットにはなっているが捉えられていないことを、客観的にわかっているような泰然自若なたたずまい。

 打ちとった打球がポテンヒットになり、きっとガッカリしているだろうと思ったら、次打者の送りバントを軽やかな身のこなしで二塁封殺。投げる以外の仕事もしっかりこなす。

 5点リードされて迎えた9回裏、有田工が2点を返すなど反撃を見せたが、田中の決して怯まない投げっぷりが、先輩たちを大いに奮い立たせたように見えた。投打のつながりとは、まさにこういうことを言うのだろう。

 それにしてもだ。2点を追い上げられ、なおも一死一、二塁で、センター前に抜けと思った瞬間、滋賀学園の遊撃手・岩井が長い腕を伸ばし補給すると、そのまま二塁ベースを踏んで一塁へ矢のような送球でダブルプレー。

 その柔らかい身のこなしと、一塁手のミットに突き刺さるような強肩。岩井はすでにプロ注目選手であるが、彼もまた評判以上のプレーにあらためて驚かされた逸材だった。

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