全校生徒18人、生徒募集停止の措置命令...それでも和歌山南陵高校が新たに「レゲエ校歌」をつくったワケ
18人の青春〜和歌山南陵高校物語(1)
初めてその校歌が紀三井寺球場に流れた瞬間、「本当に聴いていいのだろうか......」という気まずい緊張が走った。
『イエイエイエ〜イ、和歌山南陵高校〜、進め〜』
一般的な校歌のイメージを覆すレゲエ調のリズム。「一歩前へ」を連呼する斬新な歌詞。そして、この曲が「校歌」として高校野球の公式戦中に流れる光景自体がシュールだった。平日の内野スタンドには空席も目立ったが、校歌を聴きながら顔を見合わせて苦笑する観客の姿も見られた。
和歌山大会初戦に勝利し、校歌斉唱する和歌山南陵ナイン photo by Kikuchi Takahiro
7月16日、私が和歌山へ行こうと決めたきっかけは、ある野球関係者から寄せられた「この校歌を知ってる?」という情報提供だった。
動画サイトにアップロードされた和歌山南陵高校の校歌を聴き、衝撃を受けた。なぜこの校歌に行き着いたのか、興味を抑えられなかった。
和歌山南陵の名前は、前から知っていた。以前からネガティブなニュースを目にする機会が頻繁にあったためだ。
給与未払いを発端に教職員がストを起こした事件。野球部員が理事長をパワハラで提訴した事件。国からの補助金の流用疑惑。つい最近には、部員たった6人のバスケットボール部がインターハイ出場を決めた一方、劣悪な寮生活を送る部員と保護者の窮状が報じられたばかりだった。
全校生徒はたった18名。内訳はバスケ部員6名、野球部員10名、吹奏楽部員2名だけ。学校法人として生徒募集停止の措置命令が出ているため、1〜2年生はゼロという状況だという。
そんな学校がなぜ、「レゲエ校歌」を新たにつくったのか。今年4月から理事長に就任したばかりの甲斐三樹彦に話を聞くことにした。
紀三井寺球場に着くと、試合前に和歌山南陵の応援スタンドに向かった。せわしなく準備に動く教職員や保護者たちに交じり、バスケ部員や吹奏楽部員の姿もある。一部のバスケ部員が所用のため欠席したものの、ささやかな「全校応援」だった。
傍らにいた教員に「甲斐理事長はいらっしゃいますか?」と尋ねると、「そこにいるのが理事長です」と返ってきた。視線のすぐ先には、上に和歌山南陵高校のユニホーム、下はハーフパンツというラフなスタイルの男性がいた。てっきり野球部員の保護者かと思ったメガネ姿の中年男性こそ、甲斐理事長だったのだ。
「理事長らしくないとよく言われます。ウチはいいところも悪いところも完全にオープンです。お金の話もそうだし、寮が戦時中の貧乏長屋のようにひどい状況なのもオープンにしています。それを隠してきたのが、今までの南陵だったので」
甲斐理事長の本業は経営コンサルタントで、かつては南陵学園の営業部長を務めたキャリアもある。旧経営陣から経営を引き継いだばかりだが、甲斐理事長は「まさに『火中の栗』ですよね」と笑う。
「自分の親から『人生、好きなようにやれ』と言われてきたんですけど、後悔しかしていないんです。『若い頃の苦労は買ってでもしろ』と言いますけど、今回は『せんでいい苦労』かもしれません。でも、子どもたちに伝えたいことがあるし、せめて普通の高校生活を送らせてやりたい。そして、教育界を変えていきたい思いがあるんです」
【唯一無二の校歌】学校再建の一手として、まず校歌を変えた。なぜ校歌だったのか。そう問うと、甲斐理事長はてらうことなく答えた。
「私が南陵学園の営業部長をしていた7年前、学校を再建する時にアーティストの横川翔くんに『校歌をつくってほしい』と頼んでいたんです。翔くんは『お金なんかいらんから』と二つ返事で受けてくれて。彼がレーベルを立ち上げる時に資金援助したことを恩義に感じてくれたんでしょうね。高校野球の試合中にこんな校歌が流れたら、テレビ中継を見ていた人もビックリするじゃないですか。まずは批判されてもいいから、やろうやと決めました」
和歌山南陵の校歌は複数の楽曲をひとつにまとめる、「ダブ」と呼ばれるレゲエ特有の手法でつくられた。『一歩前へ』(INFINITY16 feat.WARSAN)と『ドロだらけのスニーカー』(INFINITY16 feat.横川翔)の楽曲をベースに、新たな歌詞をプラスしている。
話題を集めた和歌山南陵高校のレゲエ校歌の歌詞 photo by Kikuchi Takahiro
横川は制作までの経緯をこう語る。
「7年前に酒を飲んだ時に、甲斐さんが『いつか理事長になる』と言っていたんですよ。『イエ〜、なれなれ!』くらいのノリで校歌をつくる約束をしたんです。本当に理事長になって声をかけてくれたので、『絶対にやりたい』と言いました。僕もちょうどツアーをやったりしてWARSANさんやINFINITY16に力を借りていて。『仲間と一緒にやってもいいですか?』と、ファミリーのなかで一緒につくらせてもらいました」
和歌山大会は2回の攻撃開始前に両校の校歌が流れる。初戦である紀北農芸戦の2回、初めて和歌山南陵の校歌が場内に流れた。本来なら4分36秒ある楽曲を1分43秒に編集したものだ。
4対0で和歌山南陵が快勝した試合後にも、再び校歌が流れた。ホームベース付近で横並びに整列した選手たちは、晴れ晴れしい表情でレゲエ校歌を歌いあげた。
野球部主将の渡邊蓮に校歌について聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「最初に聞いた時は『えぇ?』みたいな反応だったんですけど、各自で歌う練習をしていくなかで『歌詞がめちゃくちゃいいわ』と気持ちよく歌えるようになりました。唯一無二の僕らにしかない校歌なので、歌えてよかったです。全国に広められるようにしていきたいですね」
1番打者として切り込み隊長を担う佐々木陸斗は、こう語っている。
「最初は校歌っぽくないなと思っていたんですけど、聞いていくうちに『自分たちのモノになる』と思ったんです。『一歩前へ』という歌詞が、僕たちの置かれた状況そのもので。10人だけで練習をやってきて、何回か折れてしまいそうになったんですけど、そのたびに10人で一歩前を向いてきたので」
【レゲエ論争にまで発展】和歌山南陵の校歌はその物珍しさも手伝って、SNS上で瞬く間に拡散された。スポーツメディアだけでなく、テレビの情報番組やワイドショーまで取り上げるほどの注目度だった。もちろん、好意的な反応だけでなく、悪意に満ちた反響もあった。なかには「この校歌はレゲエなのか?」と音楽性に対する飛び火もあった。
楽曲を提供した横川は「こんな騒ぎになると予想できたら、怖くてつくれなかったかもしれません」と笑いつつ、「レゲエ論争」に関してはこう語った。
「ロックもそうじゃないですか。『こんな曲はロックじゃない』とか言われたりして。いつの時代もそういう論争はあるのかなと思います。むしろ自分たちの音楽がそんな論争の渦中に入れてうれしいですよ」
7月23日の3回戦・智辯和歌山戦に校歌制作に携わった横川、WARSAN、INFINITY16の3名が紀三井寺球場に応援に駆けつけた。試合は0対7で和歌山南陵が敗れたものの、WARSANは感慨深そうにこう語った。
「18人の青春......って、自分だったら寂しいと思うんです。そんななか、理事長が横川翔に声をかけて、こんな面白いことをしようとしてる人がいるんだ。絶対にやりたい。絶対に子どもたちの背中を押せる曲をつくりたいと思いました。俺らは俺らの音楽をつくっただけですけど、南陵高校の生徒以外にも『あの歌に元気をもらった』という声をいっぱいもらいました。これこそ音楽の一番大事なメッセージだし、南陵高校が『これから本当に一歩前へ踏み出すぞ!』というパワーとマッチしたんじゃないかと思います」
誰も聴いたことのない校歌に、眉をひそめた人間も多かったに違いない。それでも、新生・和歌山南陵の経営陣には、どうしても世間に訴えたいことがあった。