優勝を目指した日本は予選リーグ3戦全敗で大会を終えることに(写真は主将・林咲希) photo by FIBA

萩原美樹子の視点:パリ五輪女子バスケ日本代表03

 パリオリンピックの女子バスケットボールで0勝2敗となった日本は、予選グループ最後のベルギー戦で58対85と大敗。日本は序盤からリズムを掴むことができず、持ち味を封じられたまま、予選リーグ3敗で大会を終えることになった。

 金メダルを目標としていたチームはなぜ1勝もあげられずにオリンピックのコートを去ったのか。1996年アトランタ五輪代表、日本人初のWNBA選手で現在はWリーグ・東京羽田ヴィッキーズHCを務める萩原美樹子氏にベルギー戦、そして今大会の3試合を通じて見えた他国の日本対策、そして日本が今後目指すべき方向性について聞いた。

萩原美樹子の視点01:日本対アメリカ考察〉〉〉
萩原美樹子の視点02:日本対ドイツ考察〉〉〉

【山本欠場の影響が顕著となったベルギー戦】

 58対85。

 最後の試合となってしまってベルギー戦、日本代表は日本で行なった強化試合の時とは別人のように見えました。

 その理由は、ショットセレクションにあります。ドイツ戦は「踏んぎり」が悪く、フリーになっているのにシュートを打たないもどかしさがありましたが、ベルギー戦では反対に打ち急ぐ場面が目立ちました。準々決勝に進むためには37点差をつけなければならない状況でしたから、気持ちは理解できます。しかし、ほとんどのシュートがコンテスト(厳しいチェック)され、タフショットを打つことになってしまいました。

 この日、日本の生命線である3ポイントシュートの確率は、24.3%(9/37)。今大会の3試合のなかで、最も低い成功率に終わってしまいました。

 この結果を見ると、脳震盪(のうしんとう)でドイツ戦に引き続き欠場した山本麻衣選手の不在が響いたかなと感じます。山本選手は3ポイントシューターのイメージが強いと思いますが、彼女には「ペイントタッチ」という武器があります。

 ペイントタッチとは、制限区域(ペイントエリア)にボールを進めることを言います。よく見られるのはドリブルで切り込んでいき、レイアップでフィニッシュするプレーでしょうか。山本選手の場合、3ポイントを警戒した相手に対して、ドリブルでペイントエリアに侵入して、シュートを決めきる強さがあります。

 苦しい場面でもそうしたプレーでつないでくれる山本選手は貴重な存在であり、チームとして山本選手を失ってしまったのは本当に痛かったと。彼女の穴をすぐに埋めることはできず、ドイツ、ベルギー戦と得点が伸びませんでした。

【「点」ではなく「線」で検証すべきパリ五輪】

 今回のパリオリンピックを振り返ってみると、前回は銀メダルを獲得したわけですし、戦績としては後退したと受け止められるのは仕方がないことでしょう。

 しかし、「点」ではなく、冷静に「線」で捉えることも重要かと思います。

 東京大会での銀メダルは、強化策が実っただけではなく、いろいろな運を味方につけたことも大きかったと思います。組み合わせ、地の利。

 たとえば、国際大会では練習時間が制限されます。日本の選手たちは練習の虫で、普段は朝からシューティングを欠かしません。しかし、オリンピックでは練習時間も指定され、いつものルーティンができません。地元開催の東京大会では、それが可能だったのです。もちろん、パリではどの国も条件は一緒ですから、それを言い訳にはできませんが。

 目標設定も、前回、銀メダルを手にしてしまった以上、次に目指すのは金メダルしかありません。恩塚亨ヘッドコーチ(HC)は、その難しいタスクにチャレンジしたわけです。

 恩塚HCが描いた「スクリプト」は、守って、走って、非常に細分化された状況を想定した決め事のなかで攻撃を展開する。40分間強度の高いバスケットボールを展開するために、選手は短時間で交代し、常にフレッシュな状態を維持する。2年前のワールドカップではプールステージ(予選)敗退に終わったものの、オリンピック予選を勝ち抜き、チームとしての力は向上していました。

 しかし、世界はさらに先を行っていた。それがパリオリンピックだったと思います。

 今回は波乱が続き、世界ランキング2位だったグループBの中国は予選敗退。グループBではナイジェリアがオーストラリア、カナダを下して準々決勝進出を決めて、関係者を驚かせました。ちなみに、東京大会で日本はナイジェリアを102対83というスコアで圧倒していました。

 世界のレベルが急速に、加速度的に上がっているのです。その背景には情報の均質化もあるでしょう。そしてレベルアップにひと役買ったのが、ほかならぬ東京オリンピックの日本だったと思います。

 走る、シュートを打つ、高確率でスリーを決める−−そのスタイルでフランスには2勝、ベルギーにも勝ち、決勝まで駒を進めました。その結果、対戦相手から警戒される立場となったわけです。

【新たなコンセプトを探求し再スタートを】

 8年前、リオデジャネイロ大会までは、日本と対戦する相手国とすれば、「速くて、スリーがあって面倒だけれど、40分間トータルで戦えば、インサイドで制圧できるし、そこまでアジャストしなくてもいいだろう」という存在にすぎなかったと思います。つまり、特殊ではあるが、そこまで対策の必要のない相手だったのです。

 ところが、日本が銀メダルを獲った。当然、対策を講じてきます。

 今回、対戦したアメリカ、ドイツ、ベルギーはそれぞれ異なるカラーのチームでしたが、共通して言えるのは、日本に3ポイントを打たせないようにすることと、プレスディフェンスへの対策を丁寧にしてきたことです。日本が立て続けにシュートを決めた時には、すかさずタイムアウトを取り、流れを分断してきました。各国の「日本対策」の戦術の立案と遂行が完璧に行なわれた印象です。

 この3試合を受け、改めて突きつけられたのは「サイズ」という日本のバスケットボールにとって永遠の命題です。

 今回は、メンバー入りした町田瑠唯、本橋菜子、宮崎早織、吉田亜沙美、山本麻衣の5人選手は170センチ未満です。そのことからも恩塚HCが、速さを重視して選んだことがわかります。

 試合中も3人のガードが同時にプレーする「スモール・ラインナップ」の時間帯が見られましたが、それにはリスクが伴いました。

 最後のベルギー戦を見ると、ペイントエリアにボールを入れられた場合、ガードがローテーションでダブルチームにいって抑えようとしたのですが、相手のセンターのパスさばきがうまく、外にパスアウトされ、そこから3ポイントを決められていました。ダブルチームにいったとしても、ガードの身長が低いため、外にパスを出されてしまうのです。内も、外も抑えられない。そして必然的にリバウンダーも小さくなる。それがベルギー戦の現実でした。

 やはり、オリンピックの舞台で戦うためには180センチ以上あるオールラウンダーを育成していくことが必要です。

 世界のレベルアップを目の当たりにすると、オリンピック出場は簡単なことではないと実感します。4年後のロサンゼルスオリンピックに向け、しっかりとしたコンセプトを打ち出し、オールジャパンで強化に当たる必要がある−−現場に携わる一員として、そうしたことを実感しています。

 ただ、今回に関して言えば、前回の銀メダルを受け、金メダルに果敢にチャレンジせざるを得なかった。

「金」しか目指せない状況は、タフです。スタッフも選手も全力を尽くしての結果ですから、現実は現実として受け止め、次の4年につながるコンセプトを発見していく丹念な作業も必要ではないかと思うのです。

【Profile】萩原美樹子(はぎわら・みきこ)/1970年4月17日生まれ、福島県出身。福島女子高→共同石油・ジャパンエナジー(現・ENEOS)→WNBAサクラメント・モナークス→WNBAフェニックス・マーキュリー→ジャパンエナジー。現役時代は、アウトサイドのシュート力に定評のあるフォワードとして活躍。日本代表でも多くの国際大会に出場し、1996年アトランタ五輪では1試合平均17.8得点、3Pシュート成功率44.2%をマーク。準々決勝のアメリカ戦でも22得点をマークするなどその活躍が目に留まり、翌年、ドラフでWNBA入りし、2年間プレーした。現役引退後、早稲田大学を卒業。指導者として同大女子バスケボール部、2004年アテネ五輪女子代表のアシスタントコーチを務めるなど経験を積み、現在はWリーグ・東京羽田ヴィッキーズで指揮をとる。