現在、パ・リーグ独走中のソフトバンクにあって、気になることと言えば4番を打つ山川穂高の不振だろう。本塁打こそリーグトップの19本を放っているが、打率.223はリーグワースト2位である。小久保裕紀監督も「山川の不振は長い」と言うほど、いまだ完全復活の兆しを見せていない。では、今シーズンの山川がこれだけ苦しんでいる理由はどこにあるのか。かつて名コーチとして多くのスラッガーを育てた伊勢孝夫氏に、山川の現状について語ってもらった。


本来の調子を取り戻せずにいるソフトバンク・山川穂高 photo by Koike Yoshihiro

【気になるストライクゾーンのズレ】

 オールスターのあと、一発は出始めているとはいえ、現状の山川のスイングを見たら、2割そこそこの成績しか残せていないのも納得できる。

 なにより気になるのが、対左投手の成績が悪いことだ。今季7月31日までの成績を見ると、対右投手の打率は.265なのに対し、左投手は.167。本塁打王に輝いた2022年は、対右投手は.262、左投手は.278としっかり結果を残しているから、もともと苦手にしているわけではなさそうだ。

 それが今年、左投手に苦しんでいる理由は何か? 山川のバッティングを見て気になるのはステップである。西武時代からアウトステップで打っている山川だが、このタイプは基本的に内角に強く、外角を苦手にしている打者が多い。ただ山川の場合、外角の球でも腕が伸びてセンターからレフト方向に引っ張れていた。だからこそ、2021年に41本塁打を放つことができたのだ。

 だが今のバッティングを見ていると、とくに左投手の外に逃げていくボールへの対応ができていない。たとえば7月28日のオリックス戦、左腕・田嶋大樹の外角低めのフォークを打ってセカンドゴロになった打席があったのだが、あのコースと高さは本来の山川だったら巻き込んでセンターから左中間方向に放り込めていたボールだった。

 またその試合の最終打席は、アウトコースいっぱいのコースではないのに、手も足も出ないという感じで見逃し三振を喫していた。

 これらの打席を見る限り、山川自身のストライクゾーンがちょっと内寄りにズレているのではないかと思ってしまった。ボール1個分ほどストライクゾーンがインコースに寄っているため、アウトコースの球を見逃したり、打ち損じたりしている。

 そもそも好調だった一昨年も、左投手の外に落ちていくボールを苦手にしていた。その代わり、少しでも甘く入った球は積極的にスイングし、しかも1球で仕留めるだけの技術と集中力があった。

 もともと高打率を残す打者ではないが、それでも2割6〜7分を打って、40本塁打を打ってくれればチームとしても御の字のはずだ。それが今年は打率が上がらず、現在も2割2分台に甘んじている。

【誤算だった柳田悠岐の長期離脱】

 ではこうしたフォームになり、結果的に打率を残せなくなっている原因はどこにあるのか。

 私は、去年の"ブランク"が影響しているように思えてならない。自身の不祥事により、昨シーズンはほぼ1年間を棒に振った。それによる感覚のズレがあるのではないだろうか。前述したストライクゾーンのズレなどは、その典型とも言える。

 また昨年と異なる環境の違いによる、メンタル面の影響も考えられる。

 西武からソフトバンクに移籍した今季、本来ならば柳田悠岐のうしろを打つはずだった。言うまでもなく、確実性と長打力を兼ね備えた柳田は相手バッテリーが最も警戒する打者である。バッテリーも神経をすり減らしながらの対戦となるため、柳田のあとを打つバッターはややマークが甘くなることがある。

 ところが、柳田はケガにより長期離脱を余儀なくされた。ソフトバンクにはほかにも近藤健介など好打者は揃っているものの、必然的に4番に座る山川へのマークは厳しくなった。ちなみに柳田が離脱したのは5月末で、山川の6月の本塁数は0本。これは単なる偶然なのだろうか。

 柳田の離脱により、山川に「やらなきゃいけない」という思いがより芽生えたことは容易に想像がつく。しかしその思いとは裏腹に、ブランクによる感覚のズレを克服できておらず、技術的な部分も取り戻せていない。

 これはあくまで想像の域を超えないが、「打たなきゃ」という思いが強いあまり、強引になっている部分もあるのではないか。そのことで体が開き、外のボールが届きにくくなっている。

 とはいえ、8月に入ってからのバッティングを見ると、少しずつ感覚を取り戻しつつあるのはたしかだ。あれこれと考えすぎず、まずは自分のタイミングで打つこと。その結果、以前のように外角のボールを巻き込むようにして叩けるようになったら、その時が本当の復調のサインだろう。