カマラ・ハリス氏のもとで息を吹き返してきた民主党。まだ多くの関門が待ち受けている(写真:ブルームバーグ)

この原稿は、ワシントンDCのキャピタル・ヒルトン・ホテルで書いている。大変ラッキーなことに、このタイミングで日銀が予想外の利上げを実施してくれて、ドル円レートは久々に1ドル=150円を割れ、140円台後半まで円高が進んでいる。筆者の出張経費も、予定より安く上がってくれそうなので大変ありがたい。

息を吹き返した民主党とその支持者たち


この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています【2024年1月5日編集部追記】2024年1月1日、山崎元さんは逝去されました。心から哀悼の意を捧げ、ご冥福をお祈りします)。記事の一覧はこちら

いや、このところ毎回のようにアメリカ大統領選挙をネタに取り上げているので、そろそろワシントンの空気を吸って、関係各位のご意見を聞いてくるべきかなあ、と考えておったのだ。そこで用事が少なかった7月末〜8月の頭に、たまたま出張の予定を入れたのである。

そしたらご案内の通り、この7月がとんでもないことになった。6月27日のテレビ討論会でジョー・バイデン大統領がまさかの不首尾を演じた後に、事態は急展開する。

7月13日にはドナルド・トランプ前大統領の暗殺未遂事件が発生。同月21日にはバイデン氏のよもやの出馬辞退表明、そしてその推薦を受けたカマラ・ハリス副大統領の人気が急上昇。さらにこの間には、司法判断においても重要な変化があったことは、前回の「今のアメリカは『ほぼトラ』ではなく『まじトラ』だ」(7月20日配信) で触れたとおりである。

まさに「どんでん返し」の連続。しかも11月5日の投票日までは、すでに残り100日を切っている。81歳のバイデンさんのもとで意気消沈し、「今年はもうダメか…」と諦めかけていた民主党支持者は、59歳の新しい候補者のもとで息を吹き返した。

ハリス陣営には、最初の2週間で選挙資金が2億ドル(約300億円)も集まり、その3分の2は「初めての寄付者」からであったという。全米各地における選挙ボランティアの登録も進んでいる。若者たちの間では、彼女をネタにしたTikTok動画がバズっている。ハリスさん本人が何もしなくても、周りが勝手に動いてくれるのだから話が早い。

さらに筆者がこちらに来てみると、テレビなどではパリ五輪報道そっちのけで、トランプさんが副大統領候補に指名したJ.D.ヴァンス上院議員の失言問題を取り上げている。3年前のFOXニュースでのインタビューで、ヴァンス氏が「この国は民主党と一部の財閥、そして多数の『子供がいないネコ好き女たち』(Childless cat ladies)が動かしている」と言ったことが物議を醸している。

ヴァンス氏では「女性」「無党派層」を取り込めない懸念

いや、それは単純にマズいでしょ。日本でも昔、エッセイストの酒井順子さんが『負け組の遠吠え』という本の中で、「子どもがいない女は負け組」だと刺激的に定義して、2004年流行語大賞のトップ10入りを果たしたことがある。でも、同じことを男性の政治家が口にしたら、敵を作るに決まっているでしょうが。しかも現在の共和党は、「郊外に住む女性層」の票をいかに獲得するかが課題になっているというのに。

世代間ギャップの問題もある。ヴァンス氏は8月2日に誕生日を迎えて、「不惑」の40歳になったばかり。正副大統領の候補者に初めてなったミレニアル世代だ。昭和の戦後世代じゃないんだから、「お前、いまどきこんなこと言うか?」というのが当地でよく聞く評価である。もちろん女性、そして猫を愛する人たちの顰蹙を買ったことは言うまでもない。

ヴァンス氏の指名は、銃撃事件の直後にトランプさんが天啓のように決めた人事だが、テッパンのトランプ支持層には受けがいいけれども、これから無党派層への浸透を目指すことを考えると、共和党にとって「資産ではなく負債」ではないか、などと言われ始めた。とはいえ、党大会で決めちゃった人事を今さら替えられるものではないし、もっと言えばあのトランプさんが、自分の間違いを認めたりするはずがないのである。

いや、それより問題はハリス氏に勝ち目があるのかということだ。例によってRCP(リアル・クリア・ポリティクス)のデータを確認すると、8月1日の本稿執筆時点で「トランプ対ハリスの支持率」 は48.2%対46.2%とその差はわずかに2ポイントとなっている(最新の状況はHP参照)。

「ベッティング・オッズ」 で見ても、トランプ勝率52.0%に対してハリス勝率は42.0%(同時点)といい線まで迫っている(最新の状況はHP参照)。これも激戦州における「トランプ対ハリス」の世論調査もじょじょに公開されつつあるが、これまた「横一線」と見ていいようだ。

大化け期待の一方、マネジメント能力「?」のハリス氏

これまでバイデン政権の副大統領としての彼女は、決して目立つ存在ではなかった。たまに話題になるときは、「またも補佐官が辞めた」といったマネジメント能力への疑問を感じさせるニュースばかり。南部国境問題の取り締まりを任されたものの、不法移民は一向に減らなかったし、初の外遊でグアテマラを訪問した際には、現地の人々に向かって「アメリカ国境に来ないで」と言ったことが内外で顰蹙を買った。

真面目な話、副大統領は難しいポストなのである。あんまり無能では困るが、かといってバリバリ仕事をして大統領よりも目立つのもマズい。その辺の事情は、オバマ政権下で2期8年も副大統領を務めたバイデン氏自身がよく知っている。要はこれまでの3年半、ハリス副大統領をあまり目立たせず、傷もつけないように配慮してきた。結果として多くの国民が、彼女のことをよく知らずにここまで来たのである。

そんなハリス氏が、今や「大化け」しつつある。特にこれまで政治に対する関心が薄かった若年層とマイノリティ有権者が熱をあげている。彼女自身も吹っ切れたように、トランプ氏への対決姿勢を打ち出し、歯切れのいい演説を行っている。話の途中で急に大声で笑い出すという癖までもが、妙な高評価になっている。いや、そもそも本来のアメリカ大統領選挙とは、こんな風に候補者を鍛えて化けさせるシステムだったのではなかったか。

とはいえ、彼女はカリフォルニア州の検察長官から、2016年に上院議員に転じたというキャリアであり、政治家としては遅咲きの部類に属する。マネジメント能力にも疑問符が付く。経済や外交などの政策構想もほとんど未知数だ。今はハネムーン期間中でも、この後は共和党による攻撃も厳しくなるし、メディアやネットによる粗探しも始まるだろう。トランプ氏に勝って女性初の大統領になる、というハードルは容易ならざるものがあるはずだ。

まずは今後の大統領選挙をめぐっての政治日程を確認してみよう。

<今後の政治日程>

8月2日   民主党がオンラインで指名投票を実施→ハリス候補を正式承認
8月初旬     ハリス氏が副大統領候補を指名
8月12日    パリ五輪閉会式
8月19〜22日 民主党全国大会(イリノイ州シカゴ)
9月2日     レイバーデイ→いよいよ大統領選挙の終盤戦
9月10日    第2回大統領候補者討論会(ABCで実施?)
9月中      NY地裁がトランプ氏「口止め料事件」に関する量刑の申し渡し
10月      オクトーバー・サプライズ?
11月5日   大統領選挙・連邦議会選挙投票日

副大統領候補指名を含め複数の関門を乗り越えられるか

現在は民主党内で代議員の指名投票を実施中。近々、ハリス氏が正式に承認されるだろう(編集部注:2日に正式に承認)。そのうえで、副大統領候補を指名することになる。指導者たるもの、人事は鋭いところを見せてほしいもので、ここが第1の関門となりそうだ。

とはいえ、ここは「奇手」が不要な局面であり、激戦州選出の白人男性が「ランニングメイト」になるものと見られている。ペンシルバニア州のジョシュ・シャピロ知事(51)、アリゾナ州のマーク・ケリー上院議員(60)、ケンタッキー州のアンディー・ベシア知事(46)、そしてピート・ブティジェッジ運輸長官(42)などの名前が浮かんでいる。

正副大統領コンビがそろったら、直ちに全国遊説に出ることになるだろう。指名を受けてから1週間後にはパリ五輪が終わり、2週間後には民主党大会が始まる。8月22日の「大統領候補受諾演説」が、ハリス氏にとって次なる関門、あるいは見せ場ということになる。

さらに3番目の関門は、9月10日に予定されている2度目のテレビ討論会ということになるだろう。ここは「有罪判決を受けた犯罪者」トランプ対「元検察官」ハリスという図式を作りたいところ。しかしトランプ氏も根っからの「テレビ人間」で、アドリブ力では定評がある。文字通り選挙戦を左右するディベートとなるだろう。

最後に、気を付けなければならないのが「オクトーバー・サプライズ」だ。ロシアや中国による選挙への介入も予想されるところだし、中東情勢の激変が話題をさらうことだってあるだろう。7月13日のトランプ氏銃撃事件に関し、「新たな新事実が判明」みたいなケースも考えられる。最後まで気が抜けない戦いとなるだろう。

最後に勝つのはどちらか

さて、最後はどっちが勝つのか。前回もふれたように、直近6回分の大統領選挙の結果を振り返ってみれば、もっとも大差となった2008年選挙でさえ、バラク・オバマ氏とジョン・マッケイン氏は一般投票数ではわずか7ポイント差であった。トランプ対ハリスの決戦も、それ以下の接戦になると考えるのが自然であろう。21世紀になってからの大統領選挙には、「大差で有権者の信任を得た」ということがないのである。

こちらでは、AEIというシンクタンクによる選挙ウォッチのシンポジウムに出る機会があった。そこで飛び出した以下のような発言が、筆者には強く印象に残っている。

“This has been the wildest month in presidential politics. Everything changed and nothing changed.”

「今月は大統領政治におけるもっとも荒れた月だった。すべてが変わったのに、何も変わらなかった」(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)

ここから先はお馴染み競馬コーナーだ。4日は新潟競馬場でレパードステークス(ダートコース、距離1800メートル・G3)が行われる。ダート路線、3歳馬の出世レースである。2019年、白馬ハヤヤッコに万馬券を取らせてもらったことが懐かしい。

今年はソニックスター、ミッキーファイト、ミッキークレストなどが人気のようだ。それぞれ4戦3勝、3戦2勝、3戦2勝という好成績で、いわば3歳ダート馬のスター候補生たちである。しかるにこのレース、過去にはキャリア5戦以下の馬が【0−4−3−26】と今ひとつ。逆にキャリア6戦から8戦の馬の方が【10−5−5−57】と期待が持てそうだ。

レパードステークスは横山典弘騎手騎乗の「あの馬」

そこで狙ってみたいのがバロンドールである。3走目のエリカ賞では芝を試したが、再びダート路線に戻るなど回り道をしている点が好ましい。前走は3月、メイダン競馬場のUAEダービーに参戦して11頭中6着だった。しかし勝ち馬のフォーエバーヤングなど強い馬と競って、横山典弘騎手とのコンビで貴重な経験値を得たものと考えたい。

バロンドールを軸に、3連複フォーメーションで上記3頭のスター候補生などに手広く流してみよう。ヒモ荒れ狙いとしては、逃げ馬のブルーサンを入れておきたい。

※ 次回の筆者は小幡績・慶應義塾大学院教授で、掲載は8月10日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(かんべえ(吉崎 達彦) : 双日総合研究所チーフエコノミスト)