家計に響く住宅ローン金利の動向に注目が集まっている(記者撮影)

日本銀行が追加利上げを決めた。短期金利の代表的な指標である無担保コールレートは、従来の0.1%程度から0.25%に引き上がる。

本来であれば、住宅ローンの変動金利も同様に引き上がるはずだが、事態はそう単純ではない。各行が超低金利での過当競争を繰り広げる中、「客離れ」を懸念して金利の引き上げを見送る銀行が出かねないためだ。

利上げ局面でも「金利競争」

「金利優遇キャンペーン」。SBI新生銀行は、9月中旬までに契約した住宅ローンの変動金利を0.29%まで引き下げるキャンペーンを展開している。少なくとも昨年夏から実施されているが、3月のマイナス金利解除や今回の追加利上げを経てもなお、0.29%という超低金利を堅持している。

同行は、金利水準を「独自の判断」で決めているというが、変動金利の代表的な参照元の1つである6カ月物TIBOR(東京銀行間取引金利)は7月以来0.3%台で推移し、8月1日には0.42%をつけた。ともすれば逆ザヤに陥りかねない。融資実行時に徴収する手数料や、将来の金利引き上げで収益を取り戻したい思惑がにじむ。

銀行に金利の引き上げをためらわせるのは、他行の攻勢だけではない。「基準金利」と「適用金利」という2種類の金利を使い分けてきたツケが、今になって回ってきていることも見逃せない。

住宅ローンの変動金利は、短期プライムレート(短プラ)やTIBORなどの基準金利に連動する。だが、基準金利がそのまま借り入れ時に反映されるわけではない。個人の信用力などに応じて基準金利から一定の優遇幅(引き下げ幅)を引いた「適用金利」が、実際の借り入れ金利となる。優遇幅は完済時まで原則維持されるため、基準金利が上下しない限り、適用金利は変わらない。

低金利環境が長引く中、各行は基準金利を据え置きつつ、優遇幅を拡大して適用金利を低くすることで競争を繰り広げてきた。基準金利と適用金利の乖離が2%以上に及ぶ銀行も少なくない。


「基準」と「適用」どちらを上げる?

久方ぶりの利上げ局面で浮上しているのが、基準金利と適用金利のどちらを引き上げるかという問題だ。

各行には、基準金利のみ、適用金利のみ、両方引き上げる、という3つの選択肢が存在する。基準金利のみを引き上げたのは住信SBIネット銀行。5月に短プラを0.1%引き上げ、10月1日からさらに0.2%引き上げることを8月1日に公表した。10月1日は変動金利の借入利率が改定される判定日のため、既存顧客の適用金利は25年1月の返済時から計0.3%上昇する。

一方で、新規顧客の適用金利(変動型)は8月時点で0.298%、頭金を入れない場合でも0.32%と、過去の水準と変わらない。基準金利の上昇を優遇幅の拡大で相殺させ、適用金利を据え置いたのだ。既存顧客からの利息収入を増やしつつ、新規顧客の適用金利を抑えて競争力を保った格好だ。同様の対応はイオン銀行でも見られる。

対照的なのがauじぶん銀行。基準金利を据え置く一方、7月からは新規顧客向けの優遇幅を縮小させ、適用金利を従前より0.1%高い0.329%とした。既存顧客の利払いは変わらない一方で、新規顧客の利払いは増す。

同行の担当者は「総合的判断で決めた」と答えるが、競合の銀行幹部からはauじぶん銀行特有の事情を指摘する。

auじぶん銀行の場合、携帯電話や光回線、新電力といったKDDIグループのサービスを利用すると、適用金利が最大で0.179%まで引き下がる。「金利が下がるなら」と、借り入れを契機にグループのサービスに加入する利用者が多いようだ。

基準金利を引き上げて既存顧客の利息負担が増せば、より金利が低い他行に借り換えられるだけでなく、KDDIグループのサービスからの離脱も招きかねない。

「利上げ局面を経験していない銀行は、難しい対応を迫られるだろう」。別のネット銀行幹部はこう指摘する。auじぶん銀行が住宅ローンを開始したのは2015年。今回は初めて経験する利上げ局面だ。「金利の引き上げが既存顧客の借り換えをどの程度惹起するのか、他行の動きから見極めようとしているのではないか」とも話す。

同様に、2019年に住宅ローンに参入したPayPay銀行も、基準金利は現在まで引き下げ一辺倒だ。

逡巡する他行を尻目に、「独歩高」を突き進むのが楽天銀行だ。マイナス金利が解除された3月以降、同行の基準金利・適用金利はともに右肩上がり。8月時点で変動型の適用金利は0.733%に達した。

「ペーパーマージンしか確保できない」。永井啓之社長は、住宅ローンから距離を置く姿勢を公言する。同行はかねて住宅ローンの利ザヤの薄さを問題視しており、金利競争から一抜けした。

金利を上げたことで新規顧客の流入は減っているが、代わりに楽天カード債権の買い入れや投資用マンションローンなどで収益を補う。長期的な取引につながる住宅ローンビジネスを戦略上どう位置付けるかが、金利の引き上げにも影響を与えている。

消耗戦はまだ続く

都市銀行や地方銀行の住宅ローンは、短プラを基準金利として参照している場合が多い。三菱UFJ銀行やりそな銀行は9月から短プラを0.15%引き上げる予定で、他行も追随すると見られる。

既存顧客にとっては、基準金利につられて適用金利も上がるため、利払い負担が増える。一方、新規顧客については、短プラが上昇した分だけ優遇幅を拡大させることで、足元の超低金利のまま適用金利を据え置くかが焦点になる。

今後は預金金利も上昇するため、銀行としては「金利を引き上げたい」のが本音。とはいえ、基準金利を上げれば既存顧客の借り換えを招きかねず、適用金利を上げれば新規顧客の流入が絞られる。本格的な「金利ある世界」に突入してもなお、住宅ローンの消耗戦は終わりそうにない。

(一井 純 : 東洋経済 記者)