岸田首相と幹事長の茂木氏(写真:時事)

9月の自民総裁選に向け、党内実力者がこぞって注目しているのが、茂木敏充幹事長の動向だ。ここにきて「ポスト岸田」への野心を隠さないが、「私は明智光秀じゃない」と“裏切り者”批判を恐れてか、「(出馬表明では)先頭に立たない」との及び腰も目立ち、岸田文雄首相(総裁)が再選出馬宣言した場合の出馬見送りも示唆するなど、対応が定まらないからだ。

そもそも、総裁である岸田首相と幹事長の茂木氏の「関係」については、かねてから「まったく一体感がない」(自民長老)との指摘が多かった。岸田政権発足後約2年前後、岸田首相と麻生太郎副総裁、茂木幹事長による「三頭体制」で政権運営を進めてきたが、昨年秋の裏金事件発覚後、岸田首相による「派閥解散」「政倫審出席」などの重大決断の際には、麻生、茂木両氏への事前根回しがなく、「特に、総裁・幹事長関係に深い亀裂が生じた」(同)とみられている。

そうした中、ここにきて「三頭体制崩壊を見透かしたように、菅義偉前首相が“岸田降ろし”を仕掛けてきたことで、ポスト岸田政局の構図は一段と複雑化」(岸田派幹部)したことは間違いない。その背景には「麻生氏と菅氏のキングメーカー争い」(同)があるとされるだけに、「ポスト岸田」で麻生氏の支援が不可欠な茂木氏にとって、「菅氏を中軸とする反岸田勢力との対決姿勢を示さざるを得ない事態」(側近)となりつつある。

しかも菅氏は、茂木派幹部でもある加藤勝信元官房長官と極めて親しく、「状況次第では総裁選で加藤氏を担ぐ可能性もある」(菅氏周辺)とみられている。その場合は「茂木派が分断され、茂木氏の総裁候補としての資格が問われる」(茂木派若手)ことにもなりかねず、だからこそ茂木氏の対応が注目の的となっているのだ。

「自分はふさわしい人物か」と自問自答

その茂木氏は、梶山弘志幹事長代行らを引き連れて、7月28日から8月4日までの日程で、インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピンの東南アジア各国を歴訪中だ。これについて、党内では「総裁選出馬に向けて外交力をアピールする狙いがある」(周辺)との見方が広がっている。

そうした中、茂木氏はタイ訪問中の1日夜、バンコクで同行記者団のインタビューに応じた際、総裁選への対応について「今の仕事がどうであるとか、例えば明智光秀になるんじゃないかとか、色々な意見があるかもしれないが、この難局を乗り切るにはどうしたら良いか、自分はふさわしい人物なのかが、大きな判断基準だ」と語ったという。

この発言について多くの同行記者は「総裁選出馬に意欲」などと報道したが、「茂木氏は極めて慎重な発言の繰り返しで、本当に出馬の意欲があるのかすら疑われる内容だった」(同行関係者)のが実態とされる。

かねて慎重さが目立つ茂木氏の発言の背景には、「2012年総裁選の経過と結果がある」(側近)とされる。この総裁選では、当時の石原伸晃幹事長が現職のまま出馬表明し、当時の谷垣禎一総裁を出馬断念に追い込んだことで、「主君を裏切る武将になぞらえて『平成の明智光秀』と批判され、本命視された総裁選で惨敗した」(自民長老)ことは記憶に新しい。

「自派も束ねられないのに」との揶揄も

茂木氏は1日のインタビューで総裁に求められる資質について「チームを束ねて改革を大胆に実行していく力だ」と指摘。これが「意欲報道」に結びついたとされるが、党内では「党執行部も自派閥も束ねられない茂木氏の、ブラックジョークにしか聞こえない」(麻生派幹部)と揶揄する声も少なくない。

そもそも旧茂木派(平成研究会)の源流は、幹事長として豪腕を発揮し、54歳の若さで総理・総裁の座を射止めた故田中角栄元首相が、政権発足時に結成した旧田中派(七日会)だ。その後の経世会時代も含め、竹下登、橋本竜太郎、小渕恵三の3首相(いずれも故人)を輩出したが、総裁選挑戦は2003年の藤井孝男元運輸相を最後に、20年以上途絶えたままだ。

このため、茂木氏は「名門派閥の後継者」を意識してか、様々な会合などで「うちはしばらく総裁選をやっていないので、(自分の出馬への)若手の期待感がある」などと繰り返している。ただ、「茂木さんは、幹事長だけでなく外相など党・内閣の要職を他の誰よりも経験してきた割には、国民的評価が低い」(自民長老)のも事実だ。

ここにきて、頻繁に実施されている報道各社の世論調査でも「次の総裁候補としての茂木氏への国民の期待度は1%程度というお寒い実情」(アナリスト)だからだ。このため党内でも「政策能力は高く評価されているが、国民的人気がまったくない人物では、岸田首相以上に“選挙の顔”には選べない」(閣僚経験者)との声が多数派とみられている。

これに加え、茂木幹事長を巡る党執行部内のきしみも、ここにきて目立ち始めている。岸田首相に近い幹部からは「茂木氏の存在自体が、政権の評価が上がらない原因になっている。幹事長は総裁選の行司役なのだから、出馬するのならさっさと辞めるべきだ」との声が相次ぐ。

しかも、「党執行部の総合調整役」(自民長老)とされる森山裕総務会長も、「茂木氏への信頼感は希薄」(森山氏側近)とされる。ここにきて森山氏は地方講演などで「(党内で)岸田おろしは加速していない。(総裁選では)世界情勢が厳しくなっている時に、どなたがふさわしいかをしっかり考えて選んでいくべきだ」などと“岸田続投”への期待もにじませる。

もともと、森山氏は昨年末以来、政局の節目ごとに岸田首相との密談を繰り返してきたのも事実。これについて、茂木派幹部は「次の幹事長を狙っている」と警戒心を露わにするが、森山氏自身は「茂木氏が党執行部をきちんと差配できないことが原因」と敵愾心を隠さないとされる。

自ら「叩き上げ」と自認する森山氏と比較すれば、茂木氏の経歴は華やかだ。東大卒で米ハーバード大大学院修了。大手コンサルティング会社を経て、1993年に初当選。2003年には当時の小泉純一郎内閣に当選3回で初入閣。その後歴任した経済産業相や外相として手掛けた日米の通商交渉で、トランプ前大統領から「タフネゴシエーター」と評されたことも“自慢の種”とされる。

自らの「トリセツ」を自戒するが…

その一方で、「部下となった官僚達のほとんどが、茂木氏を畏怖の対象としてきた」(外務省幹部)とされる。週刊朝日の報道では「茂木氏のトリセツ(取扱説明書)」として「車中のエアコン設定温度は25〜27度」「水は可能な限り『エビアン』を用意」など30項目が列挙された。「作成者は茂木氏の元部下の官僚」(政治ジャーナリスト)とみられている。

こうしてみると、「茂木氏ほど評価が分かれる実力者はいない」(同)というのが実態だ。最近、茂木氏はネット番組でトリセツについて問われると「気を使っていただくのはありがたいが、そういうことで(自身のイメージが)できていっちゃう部分はある」と自戒してみせたが、「9月になったら決めるという丁度1カ月後の決断の時期に何をどう語るかで、『総理総裁候補・茂木』の未来が決まる」(同)ことだけは間違いなさそうだ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)