アムンディ・エビアン選手権で、日本女子4人目のメジャー優勝を飾った古江彩佳。彼女が使っているシャフトもフジクラだ(写真:Valerio Pennicino/Getty Images)

パリ五輪が始まった。ゴルフ競技は男子が8月1日から、女子が8月7日から開催される。

日本代表に選出されたのは、男子が松山英樹と中島啓太、女子が笹生優花と山下美夢有だ。前回の東京五輪では、稲見萌寧が銀メダルを獲得した。今回もメダルを期待したい。

ゴルフクラブのシャフトはほぼ日本製

テレビでゴルフ競技を見る際、世界のトップ選手のプレーはもちろんだが、少々マニアックに、彼らが使っている道具(ゴルフクラブ)をチェックしてみるのも面白いかもしれない。

ゴルフクラブは、テーラーメイドやキャロウェイ、ピン、タイトリストなど海外ブランドが強いのだが、ゴルフクラブに刺さっている棒――専門的には、「シャフト」というのだが、こちらは日本メーカーが圧倒的にシェアを占めているのだ。

具体的には、藤倉コンポジット(以下、フジクラ)、三菱ケミカル、グラファイトデザインの3社で、世界でも圧倒的に強い。

アメリカPGA(プロゴルフ協会)のツアーで、ゴルフ用品のシェアを調査しているダレルサーベイによると、2023年のマスターズのドライバーのシャフトのシェアは、フジクラが39.1%、三菱ケミカルが27.6%、グラファイトデザインが14.9%と、日本メーカー3社で80%以上を占めている。


ゴルフクラブは、ヘッド(ボールを打つ部分)とシャフト(棒の部分)にわかれる。アマチュアの場合は両者がセットになっているものを使うことが多いが、プロの場合は、自分に合ったシャフトに交換して使うケースが、圧倒的に多い。

世界ランキングNO.1選手もフジクラ製

例えば、現在、ゴルフの世界ランキングNO.1のスコッティ・シェフラー(アメリカ)や、6月の全米女子オープン2位の渋野日向子、全米女子プロ2位タイでパリ五輪の代表選手の山下美夢有、7月のアムンディ・エビアン選手権で日本女子4人目のメジャー優勝を飾った古江彩佳も、フジクラ製のシャフトを使っている。

ではなぜ、シャフトは日本製がいいのか。その理由は、繊細な製造法、まさに“職人の技”が生かされているからだ。あの細い棒の中に信じられないような技やテクノロジーが詰め込まれている。

今、使われているカーボンシャフトは、カーボン繊維シート(カーボン繊維に樹脂をコーティングしてシート状にしたもの)を鉄芯に巻き、焼成して鉄芯を抜いたあと、研磨、塗装してできあがる。

使用するカーボン繊維シートは、形状や長さ、スペックが違うものを20枚近く組み合わせる。この巻くという作業には製作者の熟練度や器用さが必要で、日本の職人の技術力が生かされている。

藤倉コンポジット株式会社・ACP事業部営業部プロモーションチームリーダー・飯田浩治氏は、こう説明する。

「カーボンシャフト製造は、手作業でいろいろな形状のカーボンシートを設計通りにミリ単位で巻いていくため、機械化できない。こうした職人技は、手先が器用な日本人が得意とするところです。日本品質が生かされるところなので、国内メーカーの評価が高くなっているのだと思います」


シャフト工場の様子(写真:フジクラ提供)

なぜ電線の会社がゴルフのシャフトを?

海外で特に強みを発揮しているのが、フジクラだ。飯田氏は「アメリカのメーカーへシャフトを供給することをきっかけに、1994年に現地法人を設立した。アメリカのツアー選手の要望を取り入れ、現地でシャフトを開発している」と話す。

ところで、フジクラといえば、“電線の会社”だとイメージする人が多いかもしれない。なぜ電線の会社がゴルフのシャフトを作っているのだろうか。

現在、電線を含む情報通信などの分野は株式会社フジクラが、ゴルフクラブのカーボンシャフトなどの分野は藤倉コンポジット株式会社が担っている。そのルーツは同じで、藤倉善八が電気の将来性を感じ、それまで根掛けや羽織ひもなどを作っていた技術を生かし1885年に絹や綿糸などで被覆した電線製造を開始したことに始まる。

1893年に日本で初めてゴム被覆線の製造を開始し、その後、その技術を生かし電線やゴム引き防水布を製造。1910年には電線部門、ゴム部門を分離し、電線部門は藤倉電線株式会社(現:株式会社フジクラ)、ゴム部門を藤倉合名会社防水布製造所(現:藤倉コンポジット)へと発展させた。ゴム部門は複合化技術を生かし、履物、工業用ゴム製品、電気絶縁材料など多用な製品を開発製造している。

その中で、複合化技術を生かして、スポーツ分野にも進出したのがゴルフシャフトだ。1974年に製造販売を開始し、2023年にはゴルフシャフト事業50周年を迎えた。

開発を始めることになった経緯について、飯田氏は、「きっかけは、当時の松本重男会長が、アメリカでゴルフのカーボンシャフトを知り、自社でできないかと考えた」と話す。

松本会長のゴルフの腕前は相当なもので、アマチュアではあるものの実力はトップクラスだった。そんな背景もあり、自社製のシャフトを求めたようだ。

松本会長はさっそく世界で初めてカーボンシャフトを商品化したアメリカのALDILAに技術提携を申し込むが、断られてしまう。それでもあきらめず、自社の技術を生かし、開発・解析・評価・生産技術をイチから作り上げた。

原材料であるカーボンの購買先からの情報などをもとに、スチールシャフトにカーボンを巻くなど試行錯誤をしつつ、独自開発で技術を蓄積していく。そして、1974年に福島の原町工場にCS(カーボンシャフト)課を設けて生産を始め、同年5月にカーボンシャフト「Flyrun(フライラン)」を発売した。


記者会見の様子(写真:フジクラ提供)

「リシャフト」で知名度を上げる

当時、カーボンシャフトを製造していたのは、オリムピック釣具と日東電工、フジクラの3社で、フジクラは比較的小さなメーカー向けに販売を開始。1980年代に入りクラブのヘッドの素材がパーシモン(柿の木)からメタルに変わると、フジクラはアメリカのヘッドのメーカーにカーボンシャフトの供給を始めた。

フジクラがシャフトの知名度を上げたのは、「リシャフト」ともいえるだろう。

リシャフトとは、もともと付いているクラブからシャフトを外して、違うシャフトに交換することをいう。フジクラは、1995年に試打などができるゴルフクラブ相談室を東京・世田谷にオープン。当時は予約が半年先になるほど盛況だった。


ゴルフクラブ相談室(写真:フジクラ提供)

追い風となったのは、2008年ゴルフルール改正だ。シャフトとヘッドが簡単に交換できるシステム(ゴルファーの間では“カチャカチャ”と呼ばれている)が認められ、誰でも簡単にシャフト交換ができるようになった。

飯田氏は「以前は圧倒的に男性が多かったのですが、最近は女性やシニア向けのラインナップが増えたこともあり、女性同士やご夫婦で、また初心者でもフィッティング(自分に合ったシャフトを探すこと)に来られる方が増えてきています」と話す。

アマチュアも自分に合った道具を探す


シャフトを持つ飯田氏(写真:筆者撮影)

シャフト選びで重要なのは振りやすいか振りにくいかということで、そこが飛距離と方向性につながっていく。

「自分のポテンシャルを最大限に出せるシャフトを求めるようになってきています」(飯田氏)

話を五輪に戻そう。

各メーカーはシャフトの外観のデザインに工夫を凝らしていて、自社のブランドがわかるようにしているので、どの選手が日本製のシャフトを使っているのか、一目瞭然だ。参考までに各シャフトの特徴を示しておこう。

どの選手がどんなシャフトを使っているのか、チェックしてみてほしい。

フジクラ(ベンタス):飛距離とコントロール性を両立させたアメリカ発のシャフト
三菱ケミカル(ディアマナ):トッププレーヤーが求める、しっかりとした振り抜きと強弾道を導くシャフト
グラファイトデザイン(ツアーAD):プロ・アマ問わずすべてのゴルファーに「気持ちよく振れる」ことをコンセプトにしたシャフト

(嶋崎 平人 : ゴルフライター)