8月1日、パリ南アリーナ。パリオリンピック女子バレーボール予選、取材エリアにはどこか沈鬱な空気が流れていた。日本はブラジルに0−3とストレートで敗れ、決勝トーナメント進出がかなり厳しくなっていたのだ。

 俯き加減の選手たちが、束のようになって足早に歩いていった。どの選手も、少なからず「できれば、今日は話したくない」という空気を放っていた。それでも、記者たちがひとり、ふたりと引き止める。選手の表情は明るいはずはなく、ふり絞るように言葉を継いでいた。その背後を、石川真佑が顔を伏せながら歩いて行った。誰も呼び止めることができない。

 そして、古賀紗理那が現われた。

 古賀はキャプテンとしての責務を果たすように、自ら立ち止まって記者たちの前に立った。口元に無数のレコーダーを突きつけられながら、淡々と話した。極力、感情を抑えているように映った。彼女の想いを汲み取れるような記者は、その場にはいないのだろう。ネーションズリーグ福岡大会のミックスゾーンでは、饒舌に、楽しそうに「バレーボールを語る姿」を見たが......。

 それが敗れたブラジル戦後の風景だった。


ブラジルに敗れ、硬い表情の古賀紗理那ら日本の選手たち photo by JMPA

 1セット目の途中まで、日本は15−14と試合をリードしていた。立ち上がりが悪かったわけではない。

 先発したミドルブロッカーの宮部藍梨が幸先よくシャットアウトし、しなるようなスパイクを打ち込む和田由紀子もポーランド戦の好調を維持。古賀はエースの風格でブロックアウトを狙ったスパイクを決め、あいてのスパイクをブロック1枚で止めた。また、山田ニ千華の鮮やかなサービスエースも決まった......。

 だが、武器にしてきたサーブが拾われるようになると、高さの優位を使われてしまい、次第に後手に回る。結果、オフェンスにも乱れが出て、スパイカーに質のいいボールを供給できなくなる。ブロックフォローを含め、丁寧にやってきたブラジルにお株を奪われる。サイドアウトを取れず、次第に引き離されて、第1セットを20−25と逆転で落とした。

【ネーションズリーグとはまったく違った】

「自分たちのいいオフェンス展開を作り出せていなかったのが多かったかな、と思います」

 リベロの小島満菜美は、そう説明していた。

「今年勝てた試合は、サーブで主導権を握れた展開だったんですが......。相手にパスを返されて、ミドルで切られるケースもありました。サーブで崩しても、相手が乱れた状況でのブロックディフェンスがあまり機能せず、その時に決められたケースも多かったと思います。いい時はいつでもみんな声が出ていて、動きもどんどん良くなるんですが、今日は我慢の時間が多くて。ひとりひとりにもう少しエネルギーが必要だったのかなって思います」

 相手のサーブに押されるように失点を重ねると、日本は失速した。2セット目が17−25、3セット目も18−25と挽回できなかった。

「大一番で準備してきたんですけど、この結果になって悔しいです」

 セッターである岩崎こよみは悲痛な表情でそう洩らした。

「ブラジルは自分たちに前回(今年6月のネーションズリーグ準決勝)、負けているし、オリンピックで気合が入っているところもあったと思います。前回、うまくいっていた攻撃がマークされるな、とは思っていましたが......。そうなった時の手数が少なかったかな、と思います」

 ブラジルはリベロのニエメ・コスタ、オールラウンダーのガブリエラ・ギマラエス(ガビ)を中心とした高いディフェンス力でサーブを凌ぎ、ラリーにも耐えた。南米最高のセッター、ロベルタ・ラツキにAパスが入ると、高さを生かしたセットアップ。攻守両面で日本をねじ伏せたと言えるだろう。

「大切な試合と、わかって入りました」

 古賀は感情を押し殺したような声で言う。

「私たちも必死にプレーしています。でも、今回で言ったら、初戦はポーランドのほうが必死で、苦しいところでも......。私たちは、ここを我慢したら抜け出せる、というところで、精度が落ちちゃっていました。その細かいところを(ブラジル戦は)修正しよう、と言っていましたが......」

 スタッフがユニフォームのままの古賀の肩に、そっと上着を乗せた。彼女がそれに小さな声で礼を言う。取材エリアはコートよりも冷えていた。質疑応答は長くは続かなかった。

 最後に眞鍋政義監督が取材エリアに現れた。

「ブラジルの集中力がすごくて、我々のサーブではまるで崩れませんでした。(ネーションズリーグと)反対の結果ですね」

 眞鍋監督は、「集中力」という言葉でブラジルの強さを表現し、「身長が低い」という言葉も何度か使った。

「我々(の選手たち)は身長が低いものですから、サーブで崩し、ブロック、もしくはディフェンスを上げていかないと、どこと試合するのも苦しいです。(勝利した)ネーションズリーグとはまったく違いますね。ブラジルの"オリンピックの執念"はすごいというのは毎回、感じます。ただ、いいところも出ましたので、(予選)最終戦はどうなるかわかりませんですが、今まで練習してきたことを出したいです」

 連敗のショックがずしりとのしかかる。なかなか光明を見出せない状況だった。4年に1度の戦いに、彼女たちはすべてを懸けてきたのだ。

 8月3日、日本は準々決勝進出をかけ、ケニアとの一戦に挑む。勝利が最低条件で、セット数で順位づけされる(各グループの1、2位と、3位のうち上位2チームが準々決勝へ進出)。自力での突破はなくなったが、一縷の望みにかける。