大谷翔平は好調を維持するも、チーム戦力は厳しい状況が続いている photo by AP/AFLO

 メジャーリーグの今季のトレード期限7月30日が経過した。主力に故障者が続くロサンゼルス・ドジャースも先発投手を獲得したが、それが長期的な補強と言える成果ではなかった。

 しかし、それはチーム編成の責任者であるフリードマン編成本部長は、織り込み済み。先を見越したうえで実行したトレードの背景について、読み解いてみる。

【冷静に市場を見極めたドジャースの判断】

 7月30日、アメリカ西海岸時間午後3時のトレードデッドライン。ロサンゼルス・ドジャースが、デトロイト・タイガースの右腕ジャック・フラーティをトレードで獲得したことが明らかになった。その瞬間、ドジャースの担当記者たちはサンディエゴ・パドレスの本拠地ペトコパークの記者席にいた。彼らの反応は淡々としたものだった。

 噂になっていたタイガースのタリク・スクバル(今季12勝3敗)やシカゴ・ホワイトソックスのギャレット・クロシェット(リーグトップの160奪三振)のような目玉商品ではなかったからだ。『オレンジカウンティ・レジスター』紙のビル・プランケット記者は「移籍した先発投手のなかでは一番良い投手」と評価、『ロサンゼルス・タイムズ』紙のディラン・ヘルナンデス記者は「詰まった当たりのシングルヒットのよう。三振は免れた」と描写した。

 大物を簡単に獲れないのはわかっていた。MLBが2022年にポストシーズンのワイルドカード枠をふたつ増やしたことにより、トレードデッドラインになっても多くのチームにポストシーズン進出の可能性が残っており、売り手が減ったからだ。

 ゆえに明らかな買い手市場となっており、菊池雄星のヒューストン・アストロズへの移籍が、1対3のトレードだったことが関係者に衝撃を与えた。菊池は今季ここまで4勝9敗、防御率4.75の実質2カ月の"レンタル投手"に対し、アストロズは3人も若手有望株を差し出したからだ。おかげで水面下ではスクバルとクロシェットの値段はさらに高騰し、ドジャースもふたりの獲得合戦から手を引くしかなかった。

 ドジャースのアンドリュー・フリードマン編成本部長は以前、「FA選手に対して完全に合理的なアプローチを取ると、結局その選手を獲得する戦いにおいては三番手になる」と指摘したことがある。冷静で理性的に評価すると、リスクを避けようとするあまり、ほかのチームがもっと積極的に(表現を変えれば無謀に)金額を上げると、競争には負けるということ。今回はFAではなくトレードだが、フリードマン編成本部長はやはり冷静で、本人が法外と感じる取引には踏み込まなかった。

 午後4時40分、ダグアウトでの会見でデーブ・ロバーツ監督は、フラーティはインパクトをもたらせるかと聞かれると、「このデッドラインで移籍した選手たちの顔ぶれを見てみると、彼はターゲットとしてはほぼトップの位置にいた。今ある選択肢のなかで、フロントはよい仕事をしたと思う」と頷いている。

 確かに今季の成績はいい。18試合に先発し、7勝5敗、防御率2.95。ただし2022年、23年は防御率4点台で、特に去年は4.99だった。1年前、トレードデッドラインで優勝争いをしていたボルティモア・オリオールズにトレードされたが、1勝3敗、防御率6.75。先発のチャンスを7試合もらったが、最後はローテーションから外された。さらに一部報道で、今回ニューヨーク・ヤンキースも獲得に興味を示し合意に近づいていたが、医療記録をチェックしたあとに白紙に戻したという情報も流れている。

【大物獲得のため有望株を放出するパドレス】

 同じ日、対戦相手のパドレスは大変な盛り上がりだった。ドジャースも欲しがっていたフロリダ・マーリンズの左腕クローザー、タナー・スコットを獲得できたからだ。今季はオールスター選出、防御率1.18、18セーブ(6勝5敗)と圧倒的。加えてタンパベイ・レイズで防御率2.49の右腕リリーバー、ジェイソン・アダムも補強した。パドレスのAJ・プレラー編成本部長はアグレッシブな補強を実行することで有名だが、今季もそう。開幕直前にホワイトソックスのエース、ディラン・シースを獲得し、5月は2年連続首位打者のルイス・アラエスを戦列に加えた。こんなことが可能なのは、マイナーリーグの若手有望株を惜しげもなく次々に差し出してしまうからだ。

 これでチームも勝っていればすばらしい編成本部長なのだが、彼が就任した2014年以降、パドレスがポストシーズンに進出できたのは2度だけ。ナ・リーグ優勝決定シリーズまで勝ち進めたのは2022年の1度だけだ。

 一方で彼が差し出した有望株たちは、2014年の1巡指名トレー・ターナー(フィラデルフィア・フィリーズ/通算163本塁打、272盗塁の遊撃手)、2012年の1巡指名マックス・フリード(アトランタ・ブレーブス/通算69勝31敗、防御率3.04)、エマニュエル・クラセ(クリーブランド・ガーディアンズ/3年連続オールスター、2年連続セーブ王)、ジョシュア・ネーラー(クリーブランド・ガーディアンズ/今季22本塁打、70打点でオールスター選出)など、結構な人数がメジャーで一流選手に成長している。もう少し辛抱強く成長を待てれば、パドレスも違ったチームになったのにと、プレラーのやり方を批判する関係者も少なくない。

 パドレス担当のデニス・リン記者は7月30日、今年もポストシーズンを逃せば、プレラー編成本部長は解雇かもしれないと言う。「積極的な補強でヘッドラインを飾り、ここ数年は観客動員もとてもいい。そこはすばらしいと思う。しかしながら就任から10年が経つし、勝てていないことに疑問符が付いている」と指摘する。

 もっとも30日の試合はブルペンの差でパドレスが制した。ドジャースは初回に5点を先制したのに、松井裕樹をはじめとする6人のリリーフ陣に抑えられ、追加点を挙げられなかった。一方でパドレスは少しずつ点を奪い返し、9回にドジャースのリリーバー、ブレーク・トライネンから2発で同点、10回は左腕アレックス・ベシアを攻略してサヨナラ勝ち。

 ロバーツ監督は悔しそうに「最初の数イニングはよかったが、その後はパドレスが6人の投手をうまく使って、マッチアップで有利になるように起用してきた。(大谷)翔平の時に2度左投手を当てるとかね。私たちは同じような対応ができなかった」とコマ不足を嘆いている。

【選択肢を増やしながら主力の復帰を待つ】

 筆者は7月19日の後半戦開始からドジャースに日々帯同しているが、明らかにドジャースはコマ不足に陥っている。野手ではMVPトリオのうち、ムーキー・ベッツは6月から骨折で離脱しているが、フレディ・フリーマンも三男のマキシマス君が感染症で入院したため、26日の試合前にチームを離れ、「家族緊急リスト」に入った。いつチームに戻れるかは不明だ。

 野手ではほかにマックス・マンシー、ミゲル・ロハス、クリス・テーラーらが負傷者リストに入っている。投手陣でも先発で山本由伸、ウォーカー・ビューラー、ボビー・ミラーが離脱している。そんななか、ランドン・ナック、ジャスティン・ロブレスキ、リバー・ライアンら若手を抜擢し、彼らは好投した。しかしながら経験の少ない彼らに、ポストシーズンを任せるわけにはいかない。

 ブルペンでもクローザーのエバン・フィリップスが不調で、勝利の方程式が崩壊。30日の試合を含め過去13試合で3度も5点以上のリードを守り切れなかった。30日に打たれたトライネンは「私がいたこの5年間、ドジャースのブルペンはトップクラスだった。しかし現状は厳しいし、最近の2度の失敗のように私がかかわっている部分も大きい。イライラする」と唇を噛んでいる。

 コマ不足のなか、ドジャースは29日に野手ではユーティリティ選手のトミー・エドマン、アメド・ロサリオを補強した。

 エドマンはスイッチヒッターで、内外野すべてのポジションを守れる。2021年には二塁でゴールドグラブ賞を受賞した。ただし今季は オフの手首の手術から開幕に間に合わず、6月末には足首を捻挫し、まだメジャーで1試合もプレーしていない。

 ロサリオは同じく内外野の複数のポジションを守れ、1年前もトレードデッドラインでドジャースに移籍していた。30日にはゴールドグラブ賞4度の名外野手ケビン・キーアマイヤーも加わった。リリーフ投手ではマイケル・コペックを獲得。コペックはもともとドラフト1巡指名選手で、98〜99マイル(156〜158キロ)の速球を投げ、30.9%の三振率はメジャーのリリーフ投手のなかでも15位だ。しかしながら今季の防御率は4.74で四球が多いのが課題。つまりドジャースはトレードデッドラインで、超大物は獲得できなかったが、コマ不足のチームに新たなコマを余分に追加している。

 気がつくのは、負傷者リストに入っているメンバーも含めると、ポジションが重なる選手がとても多くなったということ。計算すると二塁を守れる選手が8人、三塁が6人、遊撃経験者が7人、センターは3人である。

 30日、ドジャースのブランドン・ゴームスGMは「これからたくさんの異なる選択肢を試したい。そのうえで、監督やコーチたちと(誰を残すか)話し合っていきたい」と明かしている。

 大物を補強できなかった分、選択肢を増やし、競わせ、誰がベストか見極めていく。一方で山本、ベッツ、フリーマンといった主力の復帰は辛抱強く待つ。山本は8月2日に故障後初めてブルペンで投げる予定。ベッツもすでにバットを振り始めている。ブルペンについてもブルスダー・グラテルオール、ライアン・ブレイザー、マイケル・グローブらがそのうち戻ってくる。

 今のドジャースはチーム状態がよくない。しかしながらフリードマン編成本部長ならではの、冷静で、理性的な手法で乗りきろうとしている。