セキュリティー企業に投資するファンドに出資・参画する企業が開いた7月29日の会見には、兼松の宮部佳也社長(最前列の右から2人目)と兼松エレクトロニクスの渡辺亮社長(同3人目)も参加した(記者撮影)

「われわれはアメリカのサイバーセキュリティー専門ファンドに出資しており、アメリカのスタートアップを日本に紹介して市場展開してきた。これからのわれわれの役割は、日本のセキュリティー技術を海外に広めることだ」

7月29日に開かれた会見でそう述べたのは、大手商社・兼松の宮部佳也社長だ。

兼松はセキュリティーサービス企業などと、日本初となるセキュリティー企業への投資に特化するファンドを設立。この日は出資者のお披露目会見だった。会見には宮部社長とともに、兼松のIT関連子会社・兼松エレクトロニクスの渡辺亮社長の姿があった。

羊毛貿易が祖業の老舗商社である兼松で、現在、全社利益の約4割を稼ぎ出すのがICTソリューションだ。ITを基盤とした企業の情報システムに関する設計・構築、運用サービス、システムコンサルティングなどを行っている。同事業ではサイバーセキュリティー分野にも力を入れている。

兼松は今年4月、電子・デバイス部門の一部だったICTソリューション事業を「部門」に独立・昇格させた。背景にあるのは、企業のセキュリティー対策やネットワーク構築の旺盛な需要だ。

サイバーセキュリティーを「入り口」に

ICTソリューション部門長に就任したのは、2019年から兼松エレクトロニクスの社長を務める渡辺氏だ。兼松の執行役員にも同時に就いた。ICTソリューション部門の中核会社は兼松エレクトロニクスだ。昨年5月、兼松が完全子会社とした。狙いはグループ一体運営の強化にある。

「サービスの外販という意味ではこれまで兼松とはほとんど付き合いがなかった。兼松の全顧客にさまざまな提案を行っていく。対象は2万社だ」

渡辺氏が力を込めて語るように、全部門の顧客から潜在需要を掘り起こし、サービス拡販につなげる戦略を描いている。すでに各部門より提供された顧客リストから108社をピックアップ。サイバーセキュリティーを「入り口」に営業をかける。

兼松エレクトロニクスはITインフラ基盤のサブスクサービスに注力しているが、これを海外にも広げる。同サービスを利用する顧客が海外進出する際、当然国境をまたいだセキュリティー対策も必要になる。兼松の海外拠点を活用すれば、こうした需要を幅広く取り込んでいくことができる。

国内でも攻勢をかける。兼松エレクトロニクスは昨年10月に熊本県大津町に熊本営業所を開業した。言うまでもなく、半導体受託生産で世界最大手の台湾TSMCの新工場建設・稼働にともなう半導体周辺企業のIT機器需要を取り込むためだ。

岩手県や北海道でも大規模な半導体製造工場の建設が進んでいる。こうした需要を取り込むほか、自ら需要を創出する戦略も描く。「サイバーセキュリティーファンド」もその1つだ。半導体の製造プロセスには機密事項が多い。ここにセキュリティー関連商材やサービスを絡ませていく。

ネックとなる人材はM&Aで確保

兼松エレクトロニクスが強みとするのは、顧客への提案力だ。

同社の梶原亮洋経営企画室長は、「製品の機能や価格だけの比較になると、どこも大差がない。一方でわれわれはデリバリーやサポート能力に自信がある。顧客の声にならない要件を引き出して提案につなげていく」と話す。

例えばサーバーストレージの保守サービスでは「24時間365日対応」が基本だが、「いつ、誰が、どの程度まで対応するのか」という要件は顧客によって異なる。「ほとんどの顧客はそこまで要件化しておらず、こちらが状況を読み解いたうえで体制を構築することが重要になる」(梶原氏)。

2024年3月期における兼松のICTソリューション事業の純利益は92億円だった。今年4月から始まった中期経営計画では、最終年となる2027年3月期に140億円程度にまで拡大させる考えだ。


期間中の成長投資600億円のうち400億円をICTソリューションに集中投下する。主な使途はM&AによるIT人材の確保だ。兼松エレクトロニクスの1000人のエンジニアだけでは、サービスのニーズ増大に対応が追いつかない。そこで事業拡大のうえでネックとなる人材の確保をM&Aで補う。

「これまで一緒に仕事をしてきた付き合いの深い会社をターゲットにM&Aを進めていく。すでにある程度目星はついている」。渡辺氏はそう明かした。

一方、ICTソリューションが独立した後の電子・デバイス部門は、どう稼いでいくのか。

電子・デバイス部門の純利益の6割以上を稼いできた事業が抜ける影響は小さくない。だが同部門の事業は、兼松コミュニケーションズの携帯電話販売のほか、液晶製造装置や半導体製造装置、電子部品検査装置、電子材料の販売など幅広い。

「電子・デバイス部門も2027年3月期にはM&Aも含め営業利益を1.5倍に引き上げる」。電子・デバイス部門長の原田雅弘常務は意気込む。利益成長を牽引するのが半導体製造装置関連のビジネスとなる。

半導体業界では、AI向けなどの先端分野に注目が集まっている。アプライドマテリアルズや東京エレクトロンなど、製造装置の大手メーカーも最先端装置の据え付けやメンテナンス対応に追われている。

一方、レガシー半導体の分野を見渡せば、富士電機やローム、ルネサスエレクトロニクス、三菱電機といったパワー半導体の強豪が国内投資を活発化させている。メンテナンス需要も旺盛だ。そこで兼松は「製造装置大手の手が回らないレガシー半導体の分野で落ち穂拾いでニーズを拾っていく」(原田氏)。

後工程工場の投資加速も見込む

兼松は昨年、福岡の半導体装置エンジニアリング会社を買収。今年7月には大阪のパワー半導体専門商社をグループ傘下に加えた。半導体装置関連事業では、半導体製造設備の販売、メンテナンスの兼松PWSやルモニクス、半導体検査装置設計・開発のNSテクノロジーズといった企業群を抱える。

こつこつと買収を続けてきたことで、層が厚くなってきている。原田氏は、「こうしたM&Aを通して中古半導体装置や部品の国内外でのクロスセルに加え、メンテナンス要員を適材適所で配置することができる」と言う。

また、台湾や韓国をめぐる地政学リスクの高まりや円安の長期化を受けて、前工程(ウェハー上に電子回路を形成する工程)工場の投資が日本で一段と加速するとみる。供給体制や納期の問題から、当然、ウェハーから半導体チップを切り出す後工程工場への投資も日本で続くと考えられる。

「前もって装置ビジネスや後工程工場に向けたサービスへの投資を行うことで、将来の爆発的な変化に備えていく」(原田氏)。兼松は2027年に向けた布石を着々と打っているようだ。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)