パイロット「カスタム漆」の朱軸(写真:パイロット社提供)

世の中にはさまざまな高級品があります。万年筆も、数百円の普及品から上を見れば高級品は数百万円のものまであります。ただし、筆記具として見たとき、その書き味やデザイン、軸の素材なども含めて、世界最高と言えるような製品が、20万円以下で買えてしまうのが万年筆の面白いところです。

もちろん、希少な素材や宝石類をふんだんに使ったり、芸術品に近いレベルの工芸品としての価値のある細工が施されていたりといった、筆記具以外の部分での価値が高い「高級品」はあります。蒔絵や螺鈿をふんだんに使った太軸の高級万年筆も魅力的です。

世界一の技術を持つに至った国産万年筆

しかし、それらは「道具」として見ると、決して頂点にある訳ではありません。


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そういう意味で、世界の頂点と言える製品が20万円以下で手に入ってしまう万年筆は、最も手に入れやすい最高級品なのかもしれません。

ここでは、その書き味において、明治以来ずっと漢字もひらがなも英文字もスムーズに書けるペン先の開発を続けたことで、世界一の技術を持つに至った国産万年筆から、今、手に入る筆記具の最高峰としての3本を選んでみました。

デザインや軸の素材の扱いについては、まだヨーロッパに追いつけない部分もある国産万年筆ですが、ここで選んだ3本は、そういった部分でも、十分に戦えるだけのセンスで作られています。いつか手に入れたい万年筆としてふさわしい国産万年筆たちです。

プラチナ万年筆の夢と技術が生んだ芸術

プラチナ万年筆の社名は、初代社長である中田俊一氏の、金属の王様であるプラチナのように万年筆の王様になるという志によって付けられました。また、プラチナ製のペン先で「王者の万年筆」を実現したいという願いも込められていたそうです。


プラチナ万年筆「銀無垢鍛金磨き」13万2000円。 銀無垢鍛金槌目加工磨き仕上げ。ペン種はM(中字)とB(太字)がある。コンバーター付属。サイズは全長137mm、最大径15mm、標準重量42.7g(写真:プラチナ万年筆社提供)

その願いは、1967年、世界で初めてプラチナのペン先を付けた万年筆の発売によって叶えられ、さらに2019年、軸もプラチナでできた100周年記念の「センチュリー『ザ・プライム』限定品 プラチナ仕様」(100万円)も世界100本限定で発売され大きな話題となりました。


ペン先は大型白金(Pt-20)を使用。鍛金の技術で作られた純銀の軸と共に、工芸品としての趣も味わえる(写真:プラチナ万年筆社提供)

「銀無垢鍛金磨き」は、東京銀器伝統工芸士である岩村淳市氏の製作による純銀を鍛金によって仕立てた軸に、Pt-20のプラチナ合金による大型のペン先を付けたもの。金属軸の加工技術とプラチナのペン先という、プラチナ万年筆が誇る2つの技術によって作られた万年筆なのです。

プラチナは金に比べて比重が重いため、振動しにくく、しなやかで落ち着いた書き味を生みます。軸の芸術性とほかでは味わえない書き味の両立は、唯一無二の存在感があります。

銀の軸というと、なんとなく冷たい印象がありますが、鍛金で作られているせいか、その小さな凹凸が指に優しく、持っていたいと思わせる質感です。シンプルながら、同じ軸が二つとない金属ならではの味わいがあるデザインにも、プラチナ万年筆の長い歴史を感じます。

美しい日本語を書くための万年筆作り

「長刀研ぎ(なぎなたとぎ)」は、セーラー万年筆の創業当時からあった、日本語の文字を美しく書くために作られたセーラー万年筆独自のペン先です。


セーラー万年筆「キングプロフィット エボナイト 長刀研ぎ万年筆」18万7000。円。 軸は首軸部分までエボナイト製。ペン種はFM(中細)、M(中字)、B(太字)がある。コンバーター付属。サイズは全長153.5mm、最大径20mm、標準重量33.8g(写真:セーラー万年筆社提供)

製作の機械化が進み作られなくなっていた、その技術はペン職人の小山群一氏、長原宣義氏らによって継承され、1991年頃に現代の筆記事情にも合うように長原氏が改良しました。

筆とは違う、しかしスムーズかつ美しく、トメ、ハネ、ハライが書ける「長刀研ぎ」のペン先は、それだけでなく、偏を書いたあと、つくりへと向かうといった漢字の書き順にピタリとついてきてくれるため、文字をとても滑らかに書けるのです。


ペン先は21金超大型。その先端に付けられた通常より大きなペンポイントを、長刀の刃のように長く、滑らかな角度で研ぎ出した「長刀研ぎ」で仕上げている(写真:セーラー万年筆社提供)

また、ペンを立てると細い線が、寝せると太い線が書けるので、漢字の縦横線の太さのバランスをコントロールすることもできます。

「キングプロフィット エボナイト 長刀研ぎ万年筆」は、「長刀研ぎ」を施した21金の超大型ペン先を、使っているうちに指に馴染んでくる、しっとりした肌触りの素材「エボナイト」の軸に装着した、まさに、美しい文字を書くための万年筆です。


セーラー万年筆「キングプロフィット エボナイト 長刀研ぎ万年筆」(写真:筆者撮影)

ペン自体も大振りですが、最も万年筆の軸に向いた素材と言われるエボナイトは軽く、ペン先の書きやすさもあって、大量の筆記にも向いています。

パイロット万年筆の原点にして頂点

パイロットの「カスタム URUSHI」は、10万円前後の、実用品としての万年筆の最高級品的な位置付けの製品がラインナップになかったパイロットが、「パイロットらしい万年筆とは何か?」という原点に立ち返って開発した、パイロットの歴史と技術を集約したような万年筆です。


パイロット「カスタム URUSHI」12万1000円。 軸は削り出したエボナイトを蝋色漆で仕上げたもの。軸色は黒と朱色の2色。ペン種はFM(中細)、M(中字)、B(太字)がある。コンバーター付属。サイズは全長155mm、最大径20mm(写真:パイロット社提供)

軸は、エボナイトを削って成形し、それを磨き、蝋色漆を塗って仕上げる、創業以来の技術「ラッカイト」を継承し、ペン先にはこの万年筆のために一から開発した、カスタム・シリーズでは最大サイズのものを採用しています。

「ラッカイト」で仕上げた軸は、パイロット伝統の漆の技術によって美術的な価値のある風合いと十分な耐久性を持ち、ペン先は、ギリギリ実用的な筆記具として使えるレベルで柔らかい、万年筆らしい万年筆になりました。


ペン先は18Kの2色仕上げ。この万年筆のために開発された30号という柔らかく大型のものを使用。長年磨いてきた、エボナイトを漆で仕上げる技術を駆使した軸も美しい(写真:パイロット社提供)

その書き味は、ペン先をそっと紙に近づけるだけで、吸い寄せられるように文字が紙に生まれていくような軽快さで、「万年筆には筆圧は不要」という言葉が、まったくの誇張ではないと感じられるほどです。

大きなペン先なのに、小さな文字も書きやすく、ペン先が紙に触れている感触がほとんどないのに、狙った場所に狙った文字を書くことができます。特に、ややペンを寝せて書いたときの気持ちよさには定評があります。

初めて、この万年筆を使ってから、今に至るまで、個人的には、万年筆という筆記具の1つの頂点を極めた書き味だと感じています。

日本の3大万年筆メーカーのアイデンティティを持つ

プラチナ万年筆のプラチナのペン先と銀の軸、セーラー万年筆の日本語のためのペン先である長刀研ぎ、パイロットの漆の技術とペン先の完成度、それぞれに、そのメーカーの歴史と技術の蓄積が生んだ、唯一無二のアイデンティティです。

ここで紹介した3本は、そのアイデンティティを万年筆という製品に集約したもの。どれをとっても唯一無二の生涯の相棒になり得る最高の万年筆です。

(納富 廉邦 : フリーライター)