今秋のドラフト会議に向け、地方大会ではスカウトマンが本格始動

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 今年も夏の甲子園を目指す戦いが全国各地で行われる時期となった。一般的な注目度は、もちろん甲子園大会が高い一方で、今秋のドラフト会議に向けて、プロ球団のスカウト陣の“仕事”は、地方大会がむしろメインといえる。【西尾典文/野球ライター】

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【写真を見る】試合に10球団30人以上のスカウトが集結! ドラフト大注目の大型右腕

“対象外”の選手と確認するために見に行くようなもの

 例えば、7月7日に登場した福岡大大濠の大型右腕、柴田獅子には、ソフトバンクやヤクルトなど10球団30人以上のスカウトが集結した。その翌日、桐朋のスラッガー、森井翔太郎は、日米合わせて14球団が視察に訪れた。特に、西武は、幹部クラスを含めて「11人体制」という力の入れようだった。彼らは間違いなく上位候補と言える存在であり、プロ志望を表明すれば、かなりの高い確率で指名を受けることになりそうだ。

今秋のドラフト会議に向け、地方大会ではスカウトマンが本格始動

 だが、スカウトが視察している選手の大半が、ドラフト指名の対象というわけではない。ほとんどのケースは指名リストから選手を“消す作業”だという。

 あるスカウトはこう話す。

「いろんな所にいけば『あの選手は、プロ志望らしい』という話が入ってきます。そういう話を聞けば、まずはチェックに行きますが、大半は(その時点で) “対象外”です。スポーツ新聞や雑誌に注目選手として取り上げられた場合もそうですね。ほとんどが対象外ということを確認するために見に行っているようなものです。中には、指導者の方が熱心に売り込んでくることがありますけど、プロは入りたいと言って、入れる世界ではありませんからね」(関東地区担当スカウト)

 もちろん、そのスカウトが対象外としても、育成ドラフトで多く選手を指名するような球団は、対象を広げているケースがある。そんな選手が指名された時に、担当スカウトは“未視察”であることを避けたい事情もあるそうだ。

選手が舞い上がってしまい、マイナスになることも

 また、スカウトの視察による“反響”に気を遣う部分があるという。

「こちらは、(リストから)消すつもりで見に行っていたとしても、マスコミの人は“プロ注目”と記事に書きますよね……。本当に注目している選手ならいいですけど、そうではない場合が多いですから。自分たちが見に行ったことがプラスになればいいんですけど、逆に舞い上がってしまって、マイナスになることがあります。スポーツ紙で必要以上に取り上げられて、逆にかわいそうだなと思うことがあります。(スカウトと)関係性がある指導者にはなるべく(ドラフト候補として)難しい場合は、はっきりお伝えするにしていますけど、なかなか悩ましい問題ですね」(前出の関東地区担当スカウト)

 あるベテランスカウトはそういったことも考えて、まず選手を見に行くときはチーム側に伝えずに、まずはグラウンドの外からプレーを眺めるようにしていたという。

 あえて、視察することを伝えないことで、選手の普段の様子が分かるというメリットがあるそうだ。最近は情報化が進んでスカウトの顔も関係者の間で知られるようになり、そういった行動が難しくなっているが、選手を見るうえでの面白いエピソードと言えるだろう。

 高校生と大学生がドラフト指名を希望する場合、「プロ志望届」の提出が義務付けられている。これで、スカウトを悩ませることがある。

プロ志望届を出した高校生139人のうち、指名された選手は50人

 別のスカウトは以下のように語る。

「志望届を提出した選手の中にも、こちらが全く知らない選手もいます。大学生はあまりいませんが、高校生は結構いるんですよ。中には、NPBではなく独立リーグを考えて提出している選手や、“記念受験”的に提出する選手がいますからね。以前は、学校に問い合わせて練習を見に行ったりしていたんですけど、そうすると、先方が『プロのスカウトが見に来た』と勘違いしてしまうこともあります。だから、知り合いの記者に頼んで、学校側に問い合わせてもらったりしています。そうすると、こちらが知らないような選手は、他の球団も全く見に来ていないということが大半ですね」(近畿地区担当スカウト)

 昨年も高校生は139人がプロ志望届を提出しているが、実際に指名された選手は50人(育成を含む)となっている。残りの89人の中には、スカウトが注目していなかった選手が多く含まれていたことは想像に難くない。

 ただ、リストから“消す”仕事も決して全てが無駄というわけではない。その中から得るものもあるという。

「我々のリストから消すと言っても、あくまでその時点で『対象外』ということであって、将来はわかりません。特に、高校生はまだまだ成長途上にあるので、その後に一気に伸びることがよくあります。そういった選手を、大学や社会人に紹介することもあります。(選手が大学や社会人に進んで)担当が変わったとしても、早くから見ていた選手は気になります。そうやって長い目で選手を見ることも大切だと思います」

 今年の夏の地方大会のスタンドでも、プロのスカウトが社会人チームの関係者に選手を紹介している様子が見られた。このような繋がりを作ることも、またスカウトの業務の一部なのである。グラウンド上の熱い戦いの裏で、スカウトたちの地道な活動が行われていることも、ぜひ知って頂きたい。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球大学野球社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部