坂本さんが、特別な思いを込めた一曲とは

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【写真】こんな楽曲までカバーしていたとは…!驚くこと請け合いの「坂本冬美Spotify再生回数ランキング」 ほか

記録と記憶で読み解く 未来へつなぐ平成・昭和ポップス 坂本冬美(全4回の第4回)

第3回【五木ひろしに北島三郎、忌野清志郎まで… デュエット多彩の坂本冬美、コツは「寄り添うように」】からの続き

 この連載では、昭和から平成初期にかけて、たくさんの名曲を生み出したアーティストにインタビューを敢行。令和の今、Spotifyなどの音楽ストリーミングサービス(サブスク)で注目されている人気曲をランキング化し、各曲にまつわるエピソードを深掘りすることで、より幅広いリスナーにアーティストの魅力を伝えていく。

坂本さんが、特別な思いを込めた一曲とは

 今回は、演歌歌手・坂本冬美のインタビュー最終回となる第4回。まずは、Spotify再生回数ランキング上位TOP10のうち半数を占めるカバーアルバムの収録曲から見ていこう。

中島みゆきと石川さゆりのカバー曲が人気に。選曲のポイントは?

 もっとも目立つカバーは、第4位に「地上の星」、第7位に「ひとり上手」が入った中島みゆきの楽曲だろうか。本家・中島のSpotifyでの配信解禁が2022年末(ただし、シングル曲のみ)だったこともあり、中島みゆきのカバー曲は総じて好調だが、本家が解禁されてからも、以前の連載で取り上げた研ナオコと、今回の坂本冬美は高い人気をキープしている。それだけ、オリジナルにはない魅力も認められているということだろう。そもそも、坂本が中島みゆきをカバーするきっかけは何だったのだろうか。

「『地上の星』は、’03年の復帰コンサートで歌わせていただいて、ファンの方にとても好評だったので、改めてレコーディングしたんです。25周年のコンサートでも歌いましたね。

 デビュー当時からお世話になっているヘアメイクさんがみゆきさんの大ファンで、“いい歌がたくさんあるから移動中に聴いて!”と、当時はカセットテープにたくさん録音してくださったんです。ですから、ずっと子守唄のように聴かせてもらってきました。その中から、みゆきさんのトリビュート・アルバムで『化粧』を歌わせていただきましたし、トリビュートのコンサートでは『雪』も歌いました(この2曲はいずれも未配信)」

 坂本は「地上の星」や「ひとり上手」のほかに、壮大なバラード曲「誕生」もカバーしており、こちらはDVDソフト『30周年リサイタル』でのみ聴くことができる。コアなファンには大人気だが、一般の認知度はそこまで高くない本作をカバーしたのはなぜだろうか。

「みゆきさんというと、人生の応援歌ということで、『時代』や、10年前に大ブームとなった『糸』がおなじみですが、この2曲にも負けないすばらしい曲で、私の大好きな『誕生』を歌わせていただきました。今後の企画アルバムなどでも、ピッタリとハマった時にレコーディングできればと考えています」

 このように演歌以外の楽曲をカバーする『Love Songs』シリーズは、SpotifyランキングでTOP20に8作も入るほど広く聴かれている。中でも第5弾のフォークソング集『Love Songs V』からは、「秋桜」「夢一夜」「酒と泪と男と女」の3曲もランクインを果たした。

「それだけフォークソングが人気なんですね〜。シンガーソングライターの作品は、ご自身がお話しするように歌われるので、その譜割り自体が個性になっていて、正直歌うのは難しいんですよ。でも、このアルバムは『海岸通』『「いちご白書」をもう一度』『妹』『花嫁』『心もよう』と、おすすめを1曲にしぼれないので、全曲聴いてほしいです!」

 そして、演歌をポップス寄りのアレンジでカバーした『ENKA』シリーズからは、「津軽海峡・冬景色」「越冬つばめ」「酒よ」の3曲がTOP20にランクイン。中でも、坂本自身も大ファンと公言している石川さゆりの「津軽海峡〜」がダントツの6位となった。しっとりとしたアレンジや坂本の歌声から、まるで“津軽海峡・夜景色”とも言える情景を想い浮かべる人も多そうだ。

「こちらは、私が演歌歌手を志すきっかけになった、原点とも言える曲なので、絶対にカバーしたいと思いました。お若い方もご存じで、昭和、平成、令和と常にカラオケの上位にある名曲ですから、私というよりも、この曲自体の魅力が大きいんじゃないでしょうか。

 ただ、どんなに頑張っても、さゆりさんの足元にも及ばないので、まったく異なるアプローチで歌おうと思いました。そのままのアレンジで挑戦する勇気なんてとてもとても!

 この『ENKA』シリーズには、演歌が苦手な方にも聴いていただき、素敵な曲があるということを知ってほしいなという想いを込めているんです。だから、間口を広げてJ-POP寄りのアレンジにしたほうがいいと思い、アルファベットで“ENKA”と名付けました。

 収録作品には大ヒット曲が多いのですが、オリジナルのアレンジをあえてトレースしていないので、イントロから“何が始まるんだろう……。えっ、この曲なんだ!”という驚きを楽しんでもらえたらと思います」

新アルバム『想いびと』で、GACKTや石崎ひゅーいの“隠れ名曲”にもトライ

 そうした趣向を凝らしたカバー曲を歌ってきた坂本冬美が、’24年に発表したのが、自身いわく“坂本冬美史上、もっともハートウォーミングなカバーアルバム” である『想いびと』だ。全10曲からなる本作だが、すべて男性アーティストによる男性目線の作品が並んでいるのはなぜだろうか。

「そもそも、このアルバムを作るきっかけになったのは、『ブッダのように私が死んだ』(作詞・作曲・編曲:桑田佳祐)を歌ったことです。今のプロデューサーから、“この延長線上で桑田さんオリジナル曲のブルース『月』も歌ってみたらどうなるのか? それを入れたアルバムを聴いてみたい”と提案があって。

 それで、坂本冬美の原点は“男唄”ですから、選曲も男性アーティストによる作品でそろえました。考えてみたら、Spotify第1位の『また君に恋してる』も、男性目線ですから、基本的に男歌は得意なんです(笑)」

 これまでの『Love Songs』や『ENKA』は、リスナーの間口を広げるため、世間に広くなじみのある楽曲から多数選ばれてきたが、今回の『想いびと』はヒット曲に限定していないことも大きな特徴だ。

「そうですね。『ひまわりの約束』や『恋の予感』『千の風になって』といった一般的に知られている楽曲も歌わせていただきましたが、やはり “想いびと”というタイトルなので、愛する人への想いを歌った曲を集めました。

 例えば、別れてしまった恋人への想いや、永遠の別れの想い、そして家族への想い……とにかく、そういった“深い想い”が詰まったものを、知名度は気にせずに選ぼうと。プロデューサーが集めてくれた数十曲の中から、私の声質に合うものや、歌ってみたいと思ったものを厳選しました」

 特に、GACKTがベストアルバムだけに収録した「サクラ、散ル…」と、シンガーソングライター・石崎ひゅーいの「花瓶の花」は、知る人ぞ知る隠れ名曲で、カバーの前例もない。それを演歌歌手の坂本冬美が歌うというのは、かなり意表を突かれることだろう。だが坂本は、「この2曲はどうしても歌いたかった」と語る。

「そもそも、私がGACKTさんの楽曲を歌うというだけで相当ビックリですよね?きっとGACKTさんも驚かれたと思いますし(笑)、よく歌うことを承諾してくださったなと感謝しています。『サクラ、散ル…』は、まずタイトルに惹かれて、実際に聞いてみたらとっても切なくて。日本人と桜には切っても切れないものを感じますし、その桜の持つドラマ性……1年に1回、わずかな時間に満開となった後は、『夜桜お七』のように散っていくというところも、日本人の気質に合っていますよね。この年齢になりますと、桜の季節に“あと何回この景色を見られるのだろう”って思いますし、その切なさを感じる曲にチャレンジしました。

 そして、石崎ひゅーいさんの『花瓶の花』は、初めて聴いた時に感動しちゃって。まさに“輪廻転生”を感じさせる1曲で、“生まれ変わっても変わらぬ想い”という世界が描かれています。私たちは前世を覚えていませんが、私は、たとえ肉体は滅びても、魂はずっと生き続けるものだと思っているんです。実際、家族や恩師など大切な人たちが亡くなっても日常でふと側にいると感じることもありますし、“きっとまた逢えるよね”という希望を持たせてくれる歌だと思っています」

 他には、’97年にロングヒットした山崎まさよしの「One more time, One more chance」もカバーしている。

「この歌詞には、今生きている人にまた逢いたいという気持ちが綴られていますが、私としては、“大丈夫!あなたの気持ちは届いているから”という想いも込めて歌っています。実際、別れてしまっても想いが残っている人に、もう一度逢いたい、もしかしてまた逢えるかもしれない……って思ったりしますよね?そんな心情を思い起こさせるような、現世での別れの歌です」

 シンガーソングライター系の楽曲が多い中で、「千の風になって」のカバーは、やや異色に見えそうだが、深い想いがあることは他の収録曲と共通している。

「こちらは、愛する人を亡くした想い、そして、愛する人を残した想いが爽やかな風の中で相まって、目に見えなくてもお互いが笑顔で交われたらいいな、という想いを込めました。そばにいるよ、泣かなくていいよ、と語りかけるように……」

 しかし、これだけ想いの詰まった作品となると、歌っていてリズムからずれてしまうことなどはなかったのだろうか。

「そこは、あまり重くなりすぎないように心がけました。やはり、歌は聴いてくださる方がいて初めて成り立つわけですから、100%私の想いを乗せるんじゃなくて、どこか引いて歌っています。だから、実はレコーディングが終わった今も、“あー、物足りない!”って、ずっと思っているんです(笑)。私の想いはもっともっと詰まっているのです。でも、その余白にどうかみなさんの気持ちを埋めてください!」

天国に旅立った弟へ……「Oh!クラウディア」に込めた“想い”とは

 そして、もう1曲、坂本の特別な想いが込められているのが、サザンオールスターズ「Oh!クラウディア」のカバーだ。

「アルバム『Nude Man』に入っている曲ですが、私自身も大好きで、学生時代から聴いていたんです。それと同時に、私の弟も桑田さんが大好きで。『ブッダ〜』を書いていただいた際に、ふだんは電話なんてかけてこない弟から“桑田さんが作ってくれるなんて、すごいなー!”って連絡があって、その時も、“カラオケでは桑田さんの曲しか歌わないんだ”って言っていたんです。

 その弟が昨年に亡くなり、お別れの時にどうしてもサザンの『Nude Man』を流してほしいと、彼の子どもたちからも聞いて。カラオケの十八番も『いとしのエリー』と『Oh!クラウディア』だよと、そこで初めて知りました。

 今回、もともと『Oh!クラウディア』も候補曲にあがっていたのですが、今はちょっとつらくて歌えないと思っていたら、まるで映画『ゴースト ニューヨークの幻』のワンシーンかのように、そばにあったバランスボールがふっと動いたんです。これは弟からの、“歌ってくれよ”という想いではないかと確信して、歌うことにしました。でも、それこそ感情を入れたら泣いてしまいそうだったので、どこか客観的に歌っています」

 このように全10曲、本人は一歩引いて歌ったと語っているが、どれも熱い想いは十分に伝わってくる。また、本人が”つい入ってしまう”と語るコブシのような力の込め方や間の取り方など、随所に演歌的な要素が入ってくる点も、メッセージが色濃く伝わるのだろう。

 最後に、坂本にサブスクのリスナーへのメッセージをお願いすると、

「いろいろなタイプの歌を歌っているので、まずは気軽に聴いてください。それがきっかけで、コンサートや劇場公演にも、ぜひぜひ足を運んでいただけたらと! お待ちしています」

と、朗らかに答えてくれた。

 坂本は、「カバー曲がこんなに上位に多いとは……」と、終始驚いていたが、彼女の場合は選曲もアレンジも、何より歌い方も、“どのように解釈すれば、自分が歌う意味があるのか”を1曲ずつ考えて抜いており、その高い熱量こそが、すでに彼女のオリジナルであるのだとよく分かった。そうした彼女の想いの込め方は、私たちの人生においても、“どうすればひと味違うものになるだろう”、と考える指標となるはずだ。

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 全4回でお送りした坂本冬美さんインタビュー。第1回では「また君に恋してる」人気への思いと「夜桜お七」誕生秘話について、第2回では果敢に挑んだオリジナル曲、そして第3回では他アーティストとのコラボ曲やカバー曲についてそれぞれ語ってくれた。

《INFORMATION》
シングル「ほろ酔い満月」(カップリング:「淋しがり」)、カバーアルバム『想いびと』発売中!

◎『想いびと』収録曲 
M1.「ひまわりの約束」 作詞・作曲:秦 基博 編曲:城戸紘志
M2.「恋の予感」 作詞:井上陽水 作曲:玉置浩二 編曲:佐々木博史
M3. 「サクラ、散ル…」 作詞・作曲:GACKT/YOHIO 編曲:城戸紘志
M4. 「月」 作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:宮野幸子
M5. 「千の風になって」 日本語詞・作曲:新井 満 編曲:新倉一梓
M6. 「身も心も」 作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童 編曲:野村陽一郎
M7. 「One more time, One more chance」 作詞・作曲:山崎将義 編曲:萩田光雄
M8. 「Oh! クラウディア」 作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:萩田光雄
M9. 「心 はなれて」 作詞・作曲:小田和正 編曲:佐々木博史
M10.「花瓶の花」 作詞・作曲:石崎ひゅーい 編曲:宮野幸子

(取材・文:人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)

坂本冬美(さかもと・ふゆみ)
1967年3月30日生まれ、和歌山県出身。’87年3月4日、シングル「あばれ太鼓」でデビューし、同年に数々の新人賞を受賞。翌’88年には「祝い酒」でNHK紅白歌合戦に初出場。以来、’23年までに35回出場している。代表作に「火の国の女」「夜桜お七」「また君に恋してる」「ブッダのように私は死んだ」があり、’90年には忌野清志郎、細野晴臣とHISを結成するなど、ジャンルを越えた活動にも精力的。’24年にはシングル「ほろ酔い満月」と、カバーアルバム『想いびと』をリリース。
公式HP→https://fuyumi-fc.com/
公式YouTubeチャンネル→https://www.youtube.com/channel/UCgpubSYXBM9ZT7eHOkNNUmg

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部