じつは「いい人」の正体は、他人から見て「都合のいい人」である場合があります(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)

「早く、早く」「負けるな、負けるな」──。

時間に追われ、人に急かされて、いつも頑張ってしまっている自分。しんどいのに、人を蹴落としてでも「私が、私が」と前に出ていかなければ、まわりから取り残されそうでこわい。ぎすぎすした世の中に、生きづらさを感じている人が増えています。

「思い切って、ゆずってみるとうまくいきますよ」と言うのは、禅僧の枡野俊明氏です。人を蹴落とすのではなく、人にゆずることで人生は好転する──。いったいどういうことか、氏の新刊『迷ったら、ゆずってみるとうまくいく』をもとに3回にわたり解説します。

自分ができるのだから相手もできるはず

「なんで、こんなこともできないんだ!」

「そんなこともわからないの?」

「なぜ、そうなっちゃうんだ!?」

今どき、そんな言葉で部下を罵倒する上司は、パワハラで即アウトです。

しかし、「えっ、これにそんなに時間がかかるの?」、「こういうことじゃないんだよなぁ」などと、パワハラ・グレーゾーンの言葉で部下に注意をうながす上司は多いのではないでしょうか。

そのような上司は、「自分ができるんだから相手もできるはず」と思う人です。だから部下ができないことにイライラして、ストレスを感じてしまうのです。

そもそも、自分ができることは他人も同じようにできると思うところに、大きな落とし穴があります。部下が仕事ができないのは、誰のせいでしょうか?

それは部下のせいだけではありません。上司のマネジメント能力のなさが、大きな原因かもしれません。

相手の表面的なところしか見ていない

人の能力は十人十色であり、それぞれに得手不得手があります。それを認識して業務を振り分け、チーム力をアップさせるのが上司の本来の仕事です。

部下が得意とする分野では、その能力を伸ばし、不得手な分野ではしっかりアドバイスやフォローをしてステップアップさせるのがポイントです。それがひいては企業の成長につながります。

そのコントロールができるのがよい上司です。

「自分ができるんだから相手もできるはず」と思う上司は、部下の表面的なことしか見ていないのでしょう。

「こんなこともできないのか!」と言われたら、部下はどう感じるか──。頭に浮かんだ言葉をそのまま口にするのではなく、相手の立場になって、相手に心を寄せて、その言葉がどう受けとめられるかを考えてみましょう。

できないときは素直に教えを乞う

一方、部下の立場からすれば、自分のスキル不足でチームの足を引っぱってしまうのはつらいですね。そのうえ、上司からきつく叱咤されれば、いたたまれない気持ちにもなるでしょう。

あえて言います。そんなときは開き直ってください。

「こんなこともできないのか!」

叱咤されたら、シュンとならずに、「申しわけありません。やり方を教えてください!」とカラ元気を出して、教えを乞うのです。できない自分を認めて開き直ってしまえば、案外ものごとは好転するものです。

「だったらパソコンを持って会議室に来い。教えてやるから」

そんな上司の言葉を引き出せたら、こっちのものです。部下を叱るだけでなく、部下を成長させるのが上司の仕事なのですから。

そして上司も、「自分ができることは誰でもできる」と思うのは間違いだったということに気づいてくれるでしょう。

人に悪く思われたくない

あなたは「いい人」でいたいですか──。

おそらく大多数の人は、YESと答えるでしょう。誰からも慕われるいい人でいたいのは、皆さん共通するところだと思います。

では「いい人」とはどんな人でしょうか。一般的には「好感の持てる人」、「気質のいい人」、「性格や人となりの好ましい人」といえるでしょう。

具体的にいえば、「いつも相手の立場に立ってものごとを考えられる」、「相手を思いやる気持ちがある」、「人に優しく接することができる」、「悪口を言わない」、「笑顔で接してくれる」などなど。こんな人は、たしかに「いい人」です。

しかし、ほんとうに人のためを思ってではなく、人に悪く思われたくないから「いい人」を演じている“なんちゃっていい人”が多数を占めている気がします。

人に悪く思われるとストレスが増します。だから、それを避けるために“なんちゃっていい人”でいることで、自己防衛しているのかもしれません。

断れるのがほんとうの「いい人」

じつは「いい人」の正体は、他人から見て「都合のいい人」である場合があります。いや、そのほうが多いかもしれません。

「都合のいい人」の好例は、頼むとなんでもやってくれる人です。

たとえ自分の仕事が手一杯でも、「お願い! これ遅れちゃってて、手伝って」と懇願されれば、「わかりました」と手伝ってあげます。「あの人、私がこんなに困っているのに助けてくれなかった」と悪く思われたくないからです。

ところが、人を手伝ったがために自分の仕事が遅れそうになり、残業、残業の毎日。最悪の場合、手伝った仕事も遅れ、自分の仕事まで仕上がらなかったということに……。自分が「都合のいい人」でいることで、逆に人に迷惑をかけることになるのです。

ほんとうの「いい人」なら、自分に余裕がなければ、「ごめんなさい。今、私も手一杯で手伝えません。他の人にあたってください」と、はっきり断ります。

それが人に迷惑をかけない最善の方法だからです。ほんとうの「いい人」とはそういう人です。

「いい人」でいることの弊害

おそれるべきは、「都合のいい人」を演じつづけていると、素の自分がわからなくなることです。


自分がこうしたい、ああしようと思っているのに、なんでも相手に合わせてしまって意見が言えないことがつづくと、自分が何をしたいのかどうでもよくなります。

「何食べたい」、「なんでもいいよ。合わせるよ」

「どこ行こうか」、「どこでもいいよ。キミの行きたいところにしよう」

それが恋人同士だったら、まさに、「いい人なんだけど、優柔不断で。いい人止まりなのよねぇ」と、残念な結果にならないとも限りません。

「いい人」になるのをすべてやめなさい、ということではありません。素の自分も出しながら、ほんとうの「いい人」と「都合のいい人」のバランスを保っていけば快適に暮らせると思います。

(枡野 俊明 : 「禅の庭」庭園デザイナー、僧侶)