2019年、世界の要人が集まる国連気候変動サミットで、ひとりの少女が声を荒らげてプレゼンテーションを行った(写真:SoulAD/PIXTA)

既存のルールを、根底から覆す――。

少なくない人が、いま、それぞれの理由で、ゲームチェンジが必要だと感じているのではないだろうか。

ある人は、閉塞感ある社内の状況を嘆いて、それを願っているかもしれない。時代に合わなくなった諸制度を廃止して、次の時代のために仕組みを作り変える。それこそが、自社に必要なことである、と。ある人は、市場における逆転を期して、それを願っているかもしれない。長年のマーケットリーダーを引きずり降ろして、自分たちがトップに立つためにこそ、産業のゲーム構造を変革したい、と。

これこそが今、生成AIが、テスラが、ESGが、人的資本経営が、メタバースが祭り上げられている理由である。人々はそこに、ゲームチェンジの可能性を見いだしている。既存の秩序を、再編してくれるかもしれない。自分もそこに乗れば、世界を変革できるかもしれないし、変革後の世界で高い地位を確保できるかもしれない。

もちろん、うまくいかない可能性はある。むしろ、失敗する可能性のほうが高いだろう。けれども、変わる側に張ったところでリスクは小さいし、もし本当に変革を為すことができたとすれば僥倖である。かくして、世界の資源と注目は、既存のルールを変える可能性をもつゲームチェンジャーに集まるようになっている。

環境活動家・グレタ氏の強力な一手

2019年、世界の要人が集まる国連気候変動サミットで、ひとりの少女が声を荒らげてプレゼンテーションを行った。

彼女の名前は、グレタ・トゥーンベリ。2003年生まれであるから、当時はわずかに16歳である。彼女はスウェーデンで生まれ育ち、2011年に気候変動について初めて知ることとなる。報道によれば、世界が気候変動に対してほとんど対策をしていないことに強いショックを受け、落ち込んで無気力となった。その後、彼女は自閉症スペクトラム障害、強迫性障害および選択的無言症と診断されたという。

彼女はまず家族に対して行動の変容を迫った。ベジタリアンになること、廃棄物・不要物を再び価値あるものとするアップサイクリングを行うこと、飛行機に搭乗しないことなどを要求した。彼女の言葉に耳を傾け、両親が態度を変容させたことから、彼女は「世界は変えられる」との確信を得たという。

2018年、15歳のとき、グレタさんは自分の通う学校で気候変動のデモとスピーチを開始する。8月、「気候のための学校ストライキ」を掲げ、急進的な気候変動対策を行うことを議会前で要求したことから、その活動はスウェーデン中に知られることとなる。彼女の動きに他の学生たちも同調し、この活動は「未来のための金曜日 (Fridays for Future)」と呼ばれ、大きな動きとなっていった。

そして、彼女の活動はほどなくして世界の知るところとなる。2019年、飛行機を使わずに、太陽光パネルを動力源とするヨットでニューヨークに渡るデモンストレーションを行う。そして、上述の国連気候変動サミット演説が実行されるのである。

このヨット横断と国連演説が決め手となり、彼女の名は世界にとどろくことになる。気候変動問題に対し、急進的な解決をすべきであるという立場をとる人々から、世代・国籍を問わず支持される、若きリーダーとなるのである。

世界の大多数は冷笑している現実

だが。恐らくは、これを読まれている方の中で、グレタさんの主張や方法に賛成している人は、そう多くないのではないか。彼女の抱える問題は決して少なくないし、いずれも深刻なものだ。

結局、グレタさん自身が石油資源に頼って生きているという矛盾、問題を叫ぶだけでソリューションを提示していないこと、気候変動が果たしてどれだけ私たちの未来を崩壊させるのかというエビデンスの不足、ときに暴力的な手段までもを採用することの妥当性、等々。

批判は決して日本だけで起こっているわけではない。グレタさんは世界中から批判を浴び、冷笑を受ける対象となっている。むしろ世界の大多数は、彼女のことを非常に冷めた目で見ているといってよい。

だからこそなのか、彼女は気候変動に心を痛めるひとたちに、熱狂的に支持されている。そして、そんな熱狂的支持の様子を見るにつけても、若きアイコンへの盲目的な信奉だとして、反対派の声もまた強まるのである。

ここに、現代社会を動かす、ダイナミズム(動作原理)を見て取ることができる。

環境問題に関する世界秩序への挑戦

グレタさんは、いま、可能性としては限りなく小さいのかもしれないが、環境問題に関する世界の秩序を、根底から破壊しようとしている。

グレタさんが秘める、そのゲームチェンジの可能性に、気候変動問題の同志たちは賭けているのである。何かの拍子に、グレタさんの言動が、世界の国家を動かす可能性がある。そんな期待を胸に、グレタさんという存在から、世界秩序の破壊の一点突破を狙っているのである。

反対派もまた、このダイナミズムの中にある。よもや起こるまいとは思いながらも、グレタさんが今後勢力を伸ばしたら、ゲームチェンジが起こってしまう可能性もある。そうなれば、世界の国々が、大企業が、科学者・技術者たちが構築してきた気候変動対策への漸進的なロードマップが、すべてご破算になってしまう。そんなことはあってはならないと、現代の秩序の中で、気候変動のために活動してきた人々こそが、彼女を否定する。

たった一人の少女の声が、世界の秩序を転換しうる。それが決して絵空事ではないということが、現代社会の特徴なのである。マイノリティはつねにゲームチェンジを企図し、自らの目的が達成される可能性を模索している。グレタさんの事例のように、何かの拍子にその機会が訪れたならば、マイノリティ側は活気づき、ここぞとばかりに行動を開始する。

そして、マジョリティ側はといえば、最大限の反撃能力をもって、既存の秩序を維持しようとするのである。

「ゲームチェンジャー」という産業社会の勝者

かつて20世紀の時代であれば、産業社会の勝者は、既存のゲームの中での優劣で決まるのが常であった。テレビ産業で成功したければ、誰よりも秀でたテレビを、いかに安く、上手に販売できるかが問われる。エアコンでも、自動車でも、洋服でも、話は同じである。競争とは、相手に秀でることだった。


しかし、現代の産業競争は、既存のルールを所与として行われるものではなくなりつつある。同じゲームの土俵で、トヨタ自動車の牙城を切り崩すのは至難の業だ。であれば、ゲームのルール自体を転じてしまえばいい。かくしてテスラは、その実力以上に支持を集めることになる。

テレビ放送局に対するYouTube、既存の白物家電メーカーに対するダイソン、フィーチャーフォン(ガラケー)に対するiPhoneなど、似た例はいくらでも挙げられる。いずれも、構造は同じだ。既存のゲームの支配者に対し、その秩序を根底から覆しうるようなゲームチェンジが、新興のプレーヤーによって仕掛けられたのである。

ゲームチェンジ。それこそが、現代の産業社会を読み解くカギである。

(中川 功一 : 経営学者、やさしいビジネスラボ代表取締役)