(写真:metamorworks/PIXTA)

異なる時空をつなぐワームホール。

エンタメ作品では、トンネルのような抜け道を通じて、登場人物たちが過去や未来を行き来する様子が描かれます。

「現実には存在しえないのでは?」と思う人もいるかもしれませんが、物理学者の中にはワームホールについて真剣に研究している人が少なからずいるのです。

そんなロマンあふれる科学の不思議について、サイエンスライターの吉田伸夫氏による最新刊『「時間」はなぜ存在するのか』を通して見ていきましょう。

実際の学説とどのような関係にあるのか

SF(サイエンス・フィクション、スペキュレイティブ・フィクション)と呼ばれる創作のジャンルでは、テレポーテーション(瞬間移動)やタイムトラベル(時間旅行)などのギミックが重要な役割を果たすことがあります。こうした設定は、通常はプロットを成立させるための便法であり、科学的な裏付けは必要ありません。

例えば、アルフレッド・ベスターのSF小説『虎よ、虎よ!』は、デュマの『モンテ・クリスト伯』を下敷きにした宇宙規模の復讐劇であり、過激な物語をスピーディに展開するうえで、科学的な合理性を無視して「精神力による瞬間移動」を使うのが効果的でした。

しかし、リアリティを担保するために科学の装いをまとわせている作品もあり、実際の学説とどのような関係にあるのか気になる人もいるでしょう。

場の理論を前提にするならば、あらゆる現象は時間・空間の広がりの中を連続的に伝わっていきます。もちろん、場の理論が絶対に正しいとは限りませんが、今のところ、かなり信頼できる仮説であり、これを基に考えを進めるのが有用であることは確かです。

場の理論は、古くから人類が思い描いてきた夢想に、厳しい制約を付けます。

人々は、一瞬にして遠い異国や過去・未来に移動するファンタジーを語ってきました。しかし、時間や空間のかけ離れた地点にいきなり移動することは、現代の物理学では容認されません。出発点と到達点をつなぐ経路に沿って、連続的に進んでいく必要があります。

まず、空間的な移動に目を向けましょう。ある地点で物体が消滅し、別の地点に再出現するという意味でのテレポーテーションは、理論的に不可能だとされます。

最先端科学の紹介記事に、「量子テレポーテーション」という言葉が登場することもありますが、これは、目的地にあらかじめ物体を送っておき、どんな状態で送られたかを遠方で瞬時に知るための技術であり、物体そのものが瞬間移動する訳ではありません。

宇宙を舞台にしたSFの場合、しばしば「ワープ」と呼ばれる特殊な高速航法で、宇宙船が遠方の星系へと移動しますが、このワープが実現される可能性はあるのでしょうか?

一つのアイデアとして、ワームホールを利用したワープが提案されています。

ニュートン力学ならば、常にユークリッド幾何学だけが成り立つ空間しか想定されておらず、2つの点を結ぶ最短経路は直線に限られます。ところが、一般相対論になると、時空はもっと自由に変形させることが可能になります。

宇宙空間は3次元の球面と考えたアインシュタイン

アインシュタインが1917年に考案した宇宙模型は、空間が球面構造をしているというものでした。ふつうの人が考える球面は、地球の表面のような2次元の世界です。ところが、アインシュタインは、宇宙空間が3次元の球面だと考えたのです。

この3次元球面は、狭い範囲だけなら(地球の表面が部分的には平面に見えるのと同じく)3次元のユークリッド空間のように見えるのに、ある方向にまっすぐ進んでいくと、(ちょうどマゼランの艦隊が地球を一周したように)宇宙を一周していつの間にか元の地点に戻ってくるというものです。天の北極(北極星の方向)と南極に向かって逆方向に進む2隻の宇宙船があったとすると、互いに充分に遠ざかったと思ったら、突然、別れたはずの相手が正面に現れます。

アインシュタインのモデルでは、宇宙全体がユークリッド空間とは異なる構造をしていますが、ワームホールは、こうした非ユークリッド的な構造が局所的に形成されたものです。広い範囲をざっと眺めるとユークリッド幾何学が成り立つように見えるけれども、ある部分に注目すると、離れた2点を直線よりも短距離でつなぐ抜け道が隠されているのです。このつながった部分が、宇宙空間の中に生じたワームホール(虫食い穴)です。ワームホールは、ユークリッド幾何学を逸脱した特殊な構造ですが、一般相対論の式を用いて議論することが可能です。

映画『インターステラー』のワームホール

ワームホールが視覚的に描かれたのが、2014年のアメリカ映画『インターステラー』です。ワームホールの端がどうなっているか理論的に確定していませんが、あるモデルでは、外からはブラックホールのように見えるとされます。

ブラックホールは光すら脱出できない天体であり、真っ黒な球体のように見えます(2019年に撮影されたブラックホールの写真は、周囲がリング状に輝いていますが、これは、背後にある天体からの光がブラックホールの重力で曲げられたものです)。

映画は、人類とは別の知性が建造したワームホールの端が、土星近くに黒い球体として出現するところから始まります。

絶滅の危機に瀕していた人類は、ハビタブル(生存が可能)な惑星を目指して先遣隊に突入させますが、ワームホールを通過した主人公が何を目撃するかが、物語のテーマとなります。

ところで、『インターステラー』に描かれたような、ワープを可能にするワームホールは、現実に存在するのでしょうか?

SFファンの期待に反するようですが、その可能性は、きわめて低いと言わざるを得ません。

ワームホールは、自然に生じるような構造ではありません。

宇宙の始まりであるビッグバンの時点で、エネルギー分布は非常に滑らかであり、時空がねじ曲がった虫食い穴のような構造が、天文学的スケールで偶然できてしまうとは、考えにくいのです。

また、たとえワームホールが何らかの仕組みで形成されたとしても、その構造は不安定で、一瞬でつぶれ消滅してしまいます。ワームホールを維持するためには、エキゾチック物質と呼ばれる、これまで人類が見たこともないような不思議な物質を支持材としなければなりません。

こんな話を聞けば、ワームホールはありそうもないとわかるでしょう。

ところが、一流物理学者の中にも、ワームホールについて真剣に研究している人が少なからずいます。

その理由は、ワームホールが実在しそうだから……ではなく、一般相対論のように完全には理解し切れていない理論の場合、常識外れとも思える極端な状況を想定することで、理論の適用限界や新学説構築の手がかりが見えてくるからです。

たとえ実在しなくても、ワームホールの研究を通じて、停滞気味の理論物理学で突破口を見いだせるかもしれません。

もちろん、人類を遥かに超える超知性体が、思いもよらぬ方法でワームホールを建造することが決してないとは言えませんが……。

テレビドラマ『スタートレック』のワープドライブ

1960年代に放送が開始された懐かしのテレビドラマでありながら、いまだに多くのファンを魅了するのが、『スタートレック』です(日本では、『宇宙大作戦』というタイトルで放映されました)。

このドラマでは、宇宙船U.S.S.エンタープライズが宇宙狭しと飛び回る際、ワープドライブと呼ばれる超光速航法が頻繁に使われました。


ドラマ内でワープのメカニズムが説明されることは、ほとんどありませんでした。どうやら、亜空間と呼ばれる特殊なフィールドを生み出し、その中で超光速に加速するという仕組みのようです。

まじめな物理学の議論に亜空間が登場することはまずありませんが、多少なりとも似たものとしては、ブレイン宇宙論に出てくる余剰次元があります。

これは、通常のほぼユークリッド的な3次元空間の外側に、別の次元が存在しており、われわれの見る3次元宇宙空間は、4次元宇宙空間内部に浮かぶ膜(ブレイン)のようなものだという考え方です。

残念ながら、ブレイン宇宙における物理的な相互作用を調べると、物質はほぼ完全に3次元空間に束縛され、外に出るのは不可能だと判明しました。

もちろん、余剰次元に移動して超光速航行することはできません。ブレイン宇宙論以外にも、通常の3次元空間とは別の空間が存在するという学説はありますが、そこを通ってワープできる可能性があると示したものは、今のところ見当たりません(できると面白いのですが)。

(吉田 伸夫 : 理学博士)