公立中高一貫校の「適性検査」は暗記だけでは対応できないという(写真:Fast&Slow/PIXTA)

首都圏の受験者数が9年連続で増加するなど、収まる気配のない中学受験の過熱ぶりですが、現役塾講師であり教育系インフルエンサーの東田高志(東京高校受験主義)さんは、その理由の1つとして「高校受験の情報が少なすぎる」と指摘します。親世代の時代と比べて大きく様変わりしている高校受験の現状とは、いったいどんなものなのでしょうか?

東田さんの著書『「中学受験」をするか迷ったら最初に知ってほしいこと: 4万人が支持する塾講師が伝えたい 「戦略的高校受験」のすすめ』より一部抜粋・再編集してご紹介します。

「安さ」だけではない公立中高一貫校のメリット

東京都で最初の公立中高一貫校が誕生したのは2005年のことでした。それ以降、千代田区立九段中等教育学校を含む11校が設立されました。開校当初は「未知数」とされていた公立中高一貫校も、今ではすっかり進学校としての地位が定着したようです。

公立中高一貫校のメリットを整理しておきましょう。誰もが指摘するメリットは、費用の安さです。入学金や授業料を安く抑えることができるため、私立中高一貫校と比べて3分の1程度まで総額費用を抑えることができるといわれています。

東京都の場合、都立生向け長期留学制度の「次世代リーダー育成道場」に中学3年から参加できることも見逃せません。

また、私立中学受験と比べて、受験準備が短くても合格できる可能性があります。私立中学受験は、小学校3年生の2月スタートの「3カ年計画」です。

それに対して、公立中高一貫校は小学5、6年生から本格的な勉強を開始するのが普通で、私立中学受験では間に合わないとされる時期からの勉強でも、出遅れ感がありません。

重要なのは小学校時代の「余白の時間」

ある都立中高一貫校の入学者アンケートによると、多くの入学者が英語、プログラミング、スポーツ、ピアノといった塾以外の習い事と両立していたそうです。自由な時間が制限されがちな現代の私立中学受験と比べると、「牧歌的」な受験スタイルが残っています。

都立小石川中等教育学校に進学したある生徒は、小学校時代に変形菌の研究に没頭し、自宅で100種類以上の変形菌を育てる「子ども博士」として注目されました。

この生徒に象徴されるように、学習意欲は旺盛であるものの、受験勉強以外の興味や才能の開拓に時間を取りたいと考える家庭が、公立中高一貫校を選択する傾向にあります。それを示す2つの証拠があります。

1つ目は、学問コンテストでの入賞者の多さです。

都立小石川をはじめとする公立中高一貫校は、数年にわたって国際物理オリンピック、情報オリンピック、地学オリンピック、化学オリンピックなどの学問コンテストで多くの入賞者を輩出しています。都立武蔵高等学校・附属中学校は数学オリンピックで、都立桜修館中等教育学校は地理オリンピックで入賞者を出しました。

他県でも、府立洛北高等学校・附属中学校(京都府)、宮城県仙台二華中学校・高等学校(宮城県)、県立岡山大安寺中等教育学校(岡山県)といった都市部の進学校化した公立中高一貫校が顕著な実績を挙げています。

もう1つの証拠は、東京大学の推薦合格者の増加です。

2024年度の速報値では、都立中高一貫校10校から6人の合格が出ています。東京の私立中高一貫校ですら181校から16人の合格にすぎません。

2016年に始まった東京大学の推薦入試では、高い学力だけでは合格に至りません。学問への熱意を示す実績が必要とされます。合格者の体験記を読むと、小学校時代の「余白の時間」を、専門性を深める学びに費やしていた人が多いのです。

"小学生の頃から鳥類の研究に打ち込んでいた""自宅でビオトープを作り研究に没頭した""素数の研究に挑戦した""Webレッスンや洋書で語学力を養った"など、公立中高一貫校は、早熟で学習意欲旺盛な子どもが、長期間受験勉強で日常生活を縛られることなく進学校に入学できる可能性があります。

私が認める公立中高一貫校の最大の利点は、この点にあります。偏差値や大学合格実績という、上辺だけの評価では見落とされがちな視点でしょう。

暗記では対応できない「適性検査」という魔物

公立中高一貫校は、入学者選抜に際して、受験競争の低年齢化を招く学力検査を課さないというルールがあります。それに代わるものとして実施されているのが「適性検査」です。

この適性検査が「魔物」なのです。適性検査では理科と算数を組み合わせたりする科目横断型の問題が出題されます。一問一答形式の知識を問うものではなく、知識の運用力、思考力、正確な読解力、表現力を評価します。暗記やパターン問題演習ではとても対処できません。

都立中高一貫校の合格に必要な要素を、簡略化した図で表してみました。各都道府県の適性検査の出題傾向や要求学力水準に違いはありますが、都市部の進学校化した公立中高一貫校は、おおむね共通しているでしょう。


(出所:『「中学受験」をするか迷ったら最初に知ってほしいこと: 4万人が支持する塾講師が伝えたい 「戦略的高校受験」のすすめ』より)

※外部配信先では図表を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください

横軸は、合格に至るまでに必要な「学習総量」です。縦軸は、生まれ持って定められた成長曲線である「早熟度」です。自然な成長の速さを示すため、努力だけで変えられません。私立中学受験では、「学習総量」の負荷が極端に大きく、なおかつ、高い「早熟度」が求められます。

高校受験は、15歳まで待てば、晩熟タイプの子どもも成長が追いつくため、「早熟度」が受験に与える影響は小さくなります。難関高校を目指すと「学習総量」は多くなりますが、中学校の授業がベースなので、学習負担感は中学受験ほど大きくありません。小学校から学習をコツコツ積み重ねることによって、受験の負担感を減らすことが可能です。そういう意味で、高校受験は「努力の受験」です。

都立中高一貫校は、どちらのタイプにも当てはまりません。合格までに必要な「学習総量」は、難関高校受験や私立中学受験よりも少なくて済みます。一方で、高度な知識の運用力、思考力、記述力が試されるという点で、「早熟度」は上位私立中学受験と同等の水準が要求されます。

高倍率の都市部の公立中高一貫校を、高校受験と同じように「努力が報われる受験」のイメージで捉えていらっしゃる保護者は、このつらい事実を理解しなければなりません。高校受験のように、積み重ねた努力が点数に直接反映される試験ではないということです。

進学塾は通塾の長期化を推奨し、高額なオプション講座を提供して、たくさんの対策授業を受講することで合格の可能性が高まるように錯覚させます。しかし、公立中高一貫校の適性検査は、長期間「適性検査対策講座」を受ければ合格の可能性が高まる類いの試験ではありません。

「3年間塾漬け」でも、受からない子は受からない

残念なことですが、適性検査対策に2年も3年も費やした子が大量に不合格になります。その一方、公立中高一貫校の合格要素を満たす子は、短期間の対策で合格しています。

公立中高一貫校の対策のためだけに長期間通塾し、多額の対策費用をかけるのは得策ではありません。ところが、公立中高一貫校の登場で、以前にも増して中学受験に不向きな子が早期から対策塾に通う事例が増えているのです。

「不合格になっても、その経験は役に立つ」

この塾の言葉は本当でしょうか。

高校受験の現場には、小学校高学年の学習が適性検査対策に偏り過ぎていたせいで、基礎学力がおろそかになっていると思われる学力中堅層がいます。こういう子どもは本来、高校受験ルートに専念したほうが、基礎学力の充実に努められたはずです。

受検準備に時間をかければかけるほど、「不合格」という結果が幼い体に「努力が報われない体験」として強烈に刻み込まれ、自己肯定感が下がってしまいます。公立中高一貫校の受検が、全員にとって最良の学習ルートではないということをぜひ知っておいていただきたいと思います。

公立中高一貫校を受検するなら、

「試験対策に時間と費用をかけ過ぎないこと」

「前向きな撤退選択を常に持っておくこと」

この2つが絶対条件です。

適性検査対策に多大な時間と費用をかけ、公立中高一貫校に不合格だった場合の最終進学先として「適性検査型入試を実施する私立中学」という選択があります。

公立中高一貫校が増えるにつれ、不合格だった子どもに入学してもらおうと、適性検査型入試を導入する私立中学が登場しました。なかには、「都立〇〇中そっくり適性検査」と、特定の公立中高一貫校の受検生をピンポイントで狙った入試も見られます。

適性検査型の私立中学を受けることの是非

私は、適性検査型の私立中学は検討をしなくてもよいというスタンスです。その理由は、選択肢が非常に限られてしまうからです。2024年時点で、東京で適性検査型入試を実施している私立中学のほぼ全校が、日能研偏差値30〜40台です。


偏差値で学校の価値が決まるとは決して思いませんが、自由競争下の中学受験市場で、偏差値50以上の私立中学が適性検査型の入試を実施しない理由はよく考えておく必要があります。

適性検査型入試は現状、生徒募集で苦戦している私立中学の頼みの綱になっています。2024年度、生徒募集が安定し始めた開智日本橋学園中学・高等学校が適性検査型入試を廃止したことは、それを象徴しています。

都市部に住む最大のメリットは、学校の選択肢の豊富さです。適性検査型の私立中学は選択肢の幅が狭く、その恩恵を十分に享受できません。偏差値50以上の私立中学が取り除かれた状態で適性検査型の私立中学を検討するなら、高校受験ルートにするか、負担覚悟で私立中学受験ルートに邁進したほうが、子どもに合った学校に出会える可能性が増えるでしょう。

ただし、地元の公立中学校をどうしても避けたいケース、初めからその私立中学を熱望しているケースはその限りではありません。

適性検査型の私立中学は倍率が非常に低く出ている学校が多くあります。勉強が得意でない子向けの学校もあります。こうした学校を積極的に狙うのもまた、多様な受験形態の一つなのです。

(東田 高志(東京高校受験主義) : 塾講師・教育系インフルエンサー)