「行列代行」と呼ばれるビジネスが生まれ、現代社会では早い者勝ちの原則が崩壊している(写真:Graphs/PIXTA)

今日において「所有」ほど曖昧でわかりづらいものはないかもしれない――。例えば、あなたはkindleで本を買い、サブスクで音楽をダウンロードしているが、それらははたして「所有」していることになるのだろうか。そもそも所有を決める根拠とは何だろうか。

所有権の世界的権威の1人で、法学者マイケル・ヘラーらは、人気ブランドのシュプリームの行列代行などを引き合いに、現代社会では「早い者勝ちが通用しなくなっている」と説く。その理由とは(本稿は、『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』から、「遅い者勝ち」について一部抜粋・再構成してお届けします)。

最高裁の注目裁判に何日も並ぶ人たち

首都・ワシントンで無料見物できる最高のショーは、最高裁である。荘厳な法廷内は意外に距離が近い。アメリカ国内で最も権威のある裁判所で下される裁きからほんの数歩のところにいて、国内最高の弁護士による弁論を聞くこともできる。これは民主主義の最高の形であり、すべての人に開かれ傍聴可能になっている。

妊娠中絶の是非や、銃規制や信教の自由についての裁判を自分の目で見たければ、見ることができるのである。ただし一般の傍聴席は100席程度で早い者勝ちだから、かなり早くから行かなければならない。  

世間の注目を集めるような訴訟では、何日も前から並ぶ人がいる。キャンピングチェアに寝袋、ポンチョ、モバイルバッテリーまで用意して。最高裁は行列の警備まではしてくれないので、行列に並ぶ人たちは互いに監視し合う。割り込みや友人の合流を抜かりなく見張っていて大声で注意するわけだ。またトイレに行きたくなったらお互い近くの人に場所をとっておいてもらう。荷物の見張りもお互いにする。

ところが、である。入場時間になると妙なことが起きる。列の先頭付近にいた汚れた服装の人たちの多くが、パリッとスーツを着こなした男女と入れ替わるのだ。スーツの彼らはさっさと法廷に入って一番いい席を占める。列の後ろのほうに並んでいた人たちがまだ入場してもいないうちに。いったい何が起きたのか。  

これは「行列代行」とか「並び代行」と呼ばれるビジネスだ。それを専門にする会社が並び屋を雇って賃金を払う。並び屋はホームレスであることもめずらしくない。彼らは何日も前から列の先頭を確保し、あとはひたすら待つ。そして最後の瞬間に、つまり「法の下の平等な正義」と刻まれた裁判所の扉が開かれる直前に、依頼主と交代するのである。

依頼主は並び屋に払う金はあっても、並ぶ時間はない人たちだ。行列代行専門の小さなスタートアップ(Linestanding.com、Skip the Line、Washington Expressなど)は、もともと無料の席に6000ドルを請求することもある。一方、雨風や寒さの中で待ち続ける並び屋には最低賃金しか払わない。

Supremeの新作発売日に並ぶ行列代行の実態

行列代行業は、行列待ちの席を手に入れる方法をがらりと変えた。最高裁の傍聴席だけではない。国家の法律が議論される議会の公聴会もそうだ。公聴会も誰にでも開かれており、現役議員の論戦を間近に見聞きできる。

とはいえ今日では公聴会は弁護士やロビイストで埋まっていることが多く、その全員が誰かに代行料を払い、列に並ばずして席を手に入れている。同じことが、更新申請したパスポートを窓口で受け取る列や建築許可を地方当局で申請する列にも起きている。  

行列代行業は、いまや民間部門でも大繁盛だ。代行料を払う気さえあれば、iPhoneのニューモデルや、大人気のスケートボードブランド、シュプリーム(Supreme)の新作ウェアや、ブロードウェイのチケットに並ぶ列の先頭を確保できる。メイシーズの感謝祭パレードを見るニューヨークの路上の特等席だって手に入れられるのだ。

行列代行業のセイム・オール・ライン・デュードに雇われた並び屋の1人は、人気番組『シャーク・タンク』(起業家のプレゼンに対して投資家が出資の有無を決めるリアリティ番組)のオーディションに出るための行列に43時間並んだという。セイムの創業者ロバート・サミュエルのほうが、お金を払って並んでもらった起業家候補より起業家として優秀だったことはまちがいない。

ボットが瞬時にチケットを買い占める 

同様の現象はオンラインでも起きている。ミュージカル『ハミルトン』は、初演から何年も経つというのに、いまだにブロードウェイで売り切れ続きだ。ウェブサイトではチケットを通常の方法で、つまり早い者勝ちで販売している。

問題は、抜け目のないテック系の転売業者がコンピュータ・プログラム(事前に決められた処理を自動で実行するプログラムで「ボット」と呼ばれる)を開発し、発売と同時に一瞬でチケットを全部買い占めてしまうことだ。

その結果、ミュージカルの興行主や出演者はチケットの額面通りの金額しかもらえないのに対し、ファンのほうはプレミアムを上乗せされたチケットを転売屋から買わなければならない。チケット販売サイト、スタブハブなどでは、もとの何倍もの値段で売っている。

こうしたわけだから、チケット転売業者は『ハミルトン』の興行主以上の利益を手にすることになる。ボットがマウスを使う人間より常に早く買い占めてしまうとしたら、早い者勝ちのルールは何の役に立つだろう。だからと言って『ハミルトン』が劇場のチケット売り場だけで販売することにしたら、今度は行列代行業者が現れてさっさと行列の先頭をとってしまうにちがいない。  

伝説的なロックシンガー、ブルース・スプリングスティーンは、ブロードウェイでソロコンサートをやることになったとき、別のアプローチを試みている。チケット販売大手のチケットマスターが発足させた「ヴェリファイド・ファン」という新たなチケット販売システムを採用したのだ。

ボットや並び屋に対抗すべく開発されたシステムで、チケット購入希望者は事前登録し、独自アルゴリズムに「熱心なファン」と認識された場合にのみ購入用URLと暗証コードが送られてくるしくみである。このシステムなら、すくなくとも一部のチケットは本物のファンに直接販売することができる。

しかしこれほどの対策を講じても、かなりの枚数が転売市場に流れたという。850ドルのチケットが転売サイトで1万ドルで売られていたら、よほどそのアーティストに夢中でない限り、払う気にはなるまい。

行列代行は「究極の資本主義」の姿

先頭を取るためにお金を払う現象は急速に増殖中だ。これをどう考えるべきだろうか。  


多くの人の目には、これはひどく不公平で非民主的な変化だと映るだろう。ある女性は2015年に裁判所の外で何日も待ったのに、同性婚を認める歴史的な裁判を傍聴できなかった。落胆した彼女は「裕福な白人の席取りのために貧乏な黒人にお金を払いましょう」というのが現在のシステムだと苦々しげに語っている。

だが別の視点から見れば、行列代行業の出現はいいことだ。貧しい人には列に並ぶ、プログラマーにはボットを書くという、それまで存在しなかった新たな雇用を創出したのだから、究極の資本主義だとも言える。  

これまでこうした問題が起きたことはなかった。だが今日では避けて通れない。早い者勝ちの原則の内部崩壊が始まったのである。

(マイケル・ヘラー : コロンビア大学教授)