日本銀行のマイナス金利解除で貸出金利にも引き上げの機運が高まる。一方、銀行側には悩みの種も(撮影:尾形文繁)

銀行の「貸出金利」に上昇機運が高まっている。日本銀行によるマイナス金利解除を機に、市場金利が上昇しているためだ。代表的な指標であるTIBOR(東京銀行間取引金利、1カ月物)は、年明けから0.05%で推移していたのが、利上げ観測を受けて足元では0.2%にまで急伸している。

貸出金利を引き上げられれば、利息収入の増加を通じて、銀行の収益は改善するはずだ。ところが、現場の声は歓迎一色とは限らない。長らく低金利環境を前提に経営をしてきたことで、顧客との金利交渉に不慣れな行員が増えているためだ。

マイナス金利解除を受けて勉強会を開催

「金融政策の転換点に差しかかっています。知識を深めて、取引先への適切な状況提供を行ってください」

3月28日、島根県に本店を構える地方銀行の山陰合同銀行は、行員向けに勉強会を開催した。証券会社から招いたストラテジストが、金利や為替、マクロ経済などの動向を解説。全国の営業店から約100回線がつながり、若手からベテランまで多くの行員が視聴した。

「(金利上昇が及ぼす)財務や経営企画への影響を不安に感じる顧客へのサポートが必要だ。まずは行員自身が金利やマーケットのメカニズムを理解し、対話に生かしてもらいたい」。山陰合銀の担当者は、勉強会開催の意義をこう話す。

「今の大半の行員は、(取引先との)金利交渉をほとんど経験したことがない。若手の支店長クラスでさえ、『金利ある世界』を知らない人材もいる」。東北地方の地銀幹部は頭を抱える。

1990年代の平成バブル崩壊後、銀行の貸出金利はほぼ一貫して右肩下がりだった。利ザヤが縮む中、各行は貸出残高を伸ばして収益を補ってきた。長い間、金利を引き上げるよりも貸し出しを増やす営業に力点を置いてきた姿勢が、悪い形で経営に跳ね返ってきている。


都銀ほど金利上昇の恩恵を受けやすい

銀行の貸出金利は市場金利を参照するものの、放っておいても自動的に上がるわけではない。

貸出金利の決まり方は、大別して3種類ある。TIBORなどの市場金利に追随する市場連動型、短期プライムレート(短プラ)連動型、そして固定金利型だ。市場連動型であれば交渉をせずとも金利が上がるが、採用されるのは大企業向け貸し出しが中心だ。

例えば、2023年9月末時点の貸出金に占める市場連動型の割合を見ると、みずほ銀行が約60%に上る一方、横浜銀行を中核とするコンコルディア・フィナンシャルグループは29%、京都銀行は9%にとどまる。つまり、大企業との取引が多い都市銀行ほど、金利上昇時の恩恵を受けやすい。

対象的に、中小企業向けの貸し出しは、短プラ連動や固定金利型がもっぱらだ。この点、短プラはマイナス金利解除後も上昇しておらず、短プラ連動の貸出金利は当面上がりそうにない。残る固定金利型は取引先との交渉で決まるため、各行は営業現場に対して、金利交渉に向けて発破をかける。

「取引先と金利引き上げ交渉した経験がない行員もいると考えられる。同様に、取引先も(代替わりなどで)金利がある時代を知らない場合もある」。こう話すのは、和歌山県を地盤とする紀陽銀行の経営企画部・小薮洋調査役だ。

同行の貸出金は2023年末時点で3.7兆円。このうち、貸出金利が自動的に上昇する市場連動型は9%にとどまる。貸出金の半分は固定金利型であり、ここの金利交渉が滞れば、利上げの恩恵をみすみす逃しかねない。

そこで同行は2月から、行員向けに円金利の情勢や取引先との対話の勘所などをまとめた通達を、計3回出した。3月には経営企画部の担当者が支店長会議に赴き、金利引き上げ経験のない行員への指導を念押しした。「市場金利が上がるなら、貸出金利も追随して上昇するもの。顧客の利払い負担の増加に留意しつつ、理解を得ていきたい」(小薮氏)。

他の銀行に乗り換えられる

金利交渉に対する不安は、行員の経験不足だけではない。「金利を上げようとすると、(金利よりも貸し出しの量を重視する)ほかの銀行がより低い金利を提示して、シェアを奪いにかかるだろう」。西日本の地銀幹部はこう指摘する。

顧客との軋轢をかわす動きも出てきそうだ。日本総合研究所の大嶋秀雄主任研究員は、「顧客に対して『市場金利ないし短プラ+何%』といった形で金利を設定している場合、基準金利が上昇しても、その分だけ利ザヤを削って、最終的な貸出金利の水準を変えない銀行も出てきそうだ」と指摘する。

各行は、マイナス金利解除を受けて預金金利を引き上げている。貸出金利を据え置いたままでは利ザヤが縮小するため、金利交渉からの逃避はめぐりめぐって自らの首を絞める。銀行業界が待ち望んでいた金利正常化だが、当面は貸し出しを「量から質」へと引き戻すために尽力する必要がありそうだ。

(一井 純 : 東洋経済 記者)