「辞められると困るので、若者には強く言えない」というようなことばを耳にするが、厳しく言わないことで、若者は本当に辞めなくなるのだろうか?(写真:kou/PIXTA)

現代に適したマネジメントのバランスがある


ビジネスの現場ではしばしば、「辞められると困るので、若者には強く言えない」というようなことばを耳にする。同じく部下の指導法などを紹介したビジネス書でも、部下にはソフトに接することが勧められていることが多い。

当然ながらこうした傾向は、パワハラ防止法をはじめとする働き方改革や、若手人材の不足の影響なのだろう。

だが、厳しく言わないことで、若者は本当に辞めなくなるのだろうか?

そう疑問を投げかけるのは、『若者に辞められると困るので、強く言えません: マネジャーの心の負担を減らす11のルール』(横山信弘 著、東洋経済新報社)の著者である。

2022年12月、『日経新聞』に「職場がホワイトすぎて辞めたい 若手、成長できず失望」という記事が掲載され、大きな話題を呼んだ。
そこで書かれていたのは、若者がホワイトすぎる職場に、成長の機会を奪われていると感じて辞めてしまう、というものだった。(「はじめに」より)

つまり上司が「厳しくすると辞めてしまう」と考えている一方、若者は「優しくされすぎると辞めたくなる」と感じているということだ。

もちろんすべての上司と若者との間にこうした齟齬が生じているわけではないだろうが、とはいえそういった傾向は少なからずあるのかもしれない。

では、なぜそんなことになるのか? 著者はその原因を「バランス感覚の欠如」にあると考えているそうだ。

現代のマネジャー層は、上司から厳しい指導を受けてきた世代である。だが、当時よりも働き方がはるかにブラッシュアップされた現代において、自分たちが受けてきた指導法をそのまま部下に対して行うことはできない。しかしその一方、若者を一人前に育てなければならないという責務もある。

そんな、“どうするべきか悩まずにはいられない難題”を突きつけられているからこそ、上に立つ人間は適切なマネジメントの「バランス」をつかみづらいわけである。

ただ、そうはいっても従来の指導のままでいいわけではなく、マネジャーも変わっていかなければならない。具体的には、時代や環境に応じた適切な「バランス」を身につけることが重要だということだ。

しかし、「バランス」とはなんだろう?

考え方もさまざまだろうが、「バランス」に関する悩みの際たるものといえば「優しさ」と「厳しさ」をどう使い分けるかということになるに違いない。そしてそこには、「褒める」ことと「叱る」ことについての基準も絡んでくることになる。

たしかに「褒めて伸びる人」もいれば、「叱られて伸びる人」もいる。したがって、「褒める」のも「叱る」のも簡単なことではない。だが、上司にとってみればとくに頭が痛いのは後者に付随する「厳しさ」ではないだろうか?

そこで今回は、その点に関する著者の考え方をクローズアップしてみたい。

「厳しさ」を持つべき3つの働きかけ

部下を育てる過程においては、当然ながら「厳しさ」が求められるときもある。とはいえ「叱る必要があるから叱る」だけの話であり、日ごろから「厳しく叱りたい」と思っている人はおそらくいない。

だからこそ精神的に負荷がかかるわけだが、上司としての責任を考えると、やはり叱るしかなく、そこが難しいのだ。

なお著者は、部下の問題行動を変えるには、3つの働きかけがあると考えているそうだ。

(1) 叱る
(2) 注意する
(3) 指摘する
(19ページより)

いうまでもないことだが、厳しく叱っていいのは、重大なリスクを相手が軽んじているときのみ。単にリスクがあるだけなら言って聞かせればいいだけのことだが、そのリスクの重大性を理解せずに軽視している場合は、厳しく叱る必要があるということだ。そういう場合は、いったん相手の思考を止める必要があるのだから。

たとえば、子どもが急流の川に近づいたとしよう。そんなとき「危ない! 近づくな!」と注意しても「大丈夫!」だと言って聞かないとすれば、大声で叱らなければならない。子どもは驚いて泣き出すかもしれないが、命には代えられないからだ。

では、社会人に対して「厳しく叱るべきタイミング」とは?

(1) 取り返しのつかないことが起こるリスクを軽視しているとき
(2) 「当たり前の基準」が下がるリスクを軽視しているとき
(20〜21ページより)

まず(1)だが、このことを説明するために、著者は自身の30年以上前の自身のアルバイト体験を引き合いに出している。

高級レストランのホール係として結婚披露宴の準備をしていたとき、4枚の皿を一度に運ぼうとして、シェフに「心を込めて作った料理を、そんなふうに持っていくな! 料理が崩れたら、どうするんだ!」と激しく叱られたというのだ。

ウエイター経験が長かった著者は、4枚の皿を一度に持って運ぶことに慣れていた。そのため、「絶対やるな」と注意されていたにもかかわらず、忠告を無視した。お客様のために早朝から料理していたシェフの気持ちを考えていなかったため、厳しく叱られることになったわけだ。

だとすればたしかに、リスクを軽視していたということになるだろう。

一方(2)は、現在の著者のようなコンサルタントがとても重要視することだという。たとえば毎朝5分、10分遅れてくる部下がいたとする。何度注意しても「5分や10分の遅刻にそこまで言わなくても」と言い返されたとしたら、怒鳴りたくなったとしても無理はない。

言葉遣いには気をつける必要があるが、「徐々にできるようになればいい」ということではなく、「即刻ルールを守らせなければならない」ときは、なによりもインパクトが重要な意味を持つのだ。

感情をコントロールして「叱る」方法

咄嗟のときであれば仕方がないかもしれないが、基本的に叱るときは感情をコントロールするべき。頭にきて唇が震えていたり、胸の動悸が激しかったりするときは、叱るのをやめたほうがいいということだ。

なぜならそういうときは、感情に振り回されてしまい、本来の目的である「叱る」がうまく機能しなくなるからである。

大事なことは、相手の行動を即刻変えることである。厳しく叱らないと相手がすぐに行動を変えないから、その手段をとるだけだ。叱ることが目的ではない。(23ページより)

ならば、「どのように感情をコントロールするのか?」という点が気になるところだが、そんなときは「演技をすればいい」のだと著者は述べている。事前に準備しておいたセリフと感情レベルによって、冷静に相手を叱るということだ。演技でやっていれば、感情に振り回されることがなくなるというわけである。

部下を「注意する」ために必要なルール

行動や意識を変えさせるために何度も言い聞かせる場合は、決して叱ってはいけない。そんなことをすると、ただの「ガミガミ言う人」になってしまうからだ。「叱る」と決断したら、一発で相手の行動を変えるつもりで臨むべきなのである。

もし何度も繰り返す必要があるなら、そんなときは注意する。「注意」だと「叱る」よりはインパクトが弱いが、そのぶんお互いが受けるストレスも少なくて済むわけだ。

「月間のKPIは君以外全員がやり切ってるんだから、君も必ずそうするように。いいね?」
できる限り、ニュートラルフェイス(真顔)で言おう。しかめっ面もダメだが、無理して笑顔を作る必要はない。
普段笑顔で接していれば、ニュートラルフェイスで注意するだけで、それなりにインパクトを与えることができる。(24〜24ページより)

ただし「注意する」ためには、前提条件として「ルール」が重要。「決めごと」がないと相手は戸惑うことになるし、「そんな話、聞いてない」ということにもなってしまうからだ。注意するなら、必ず「ルール」や「基準」を明文化しておくべきだということである。

「叱る」ときと「注意する」ときとの共通点は、相手がわかっているのにもかかわらず軽んじているときだ。著しく気が抜けていたり、意識が低くなっているときに使う。(27ページより)

しかし、相手が意識するのを忘れているように思えたとき、あるいは、ちゃんと伝わっていないだろうと感じたときには、「指摘」することも必要とされる。

そのことを説明するためにここで例示されているのは、「部長から残業を20時間以内にすることを命じられていたにもかかわらず、今月の時間外労働が25時間を超えているという事実」を部下に指摘したときのケースだ。

「指摘」では済まされないとき

そんなときには部下がどう反応するかをしっかり観察することが大切であり、「ヒューマンスキル」が求められるというのである。少し長くなるが引用してみよう。

もし、相手の表情や言動に触れて、わかっていなかったと判断したら、
「部長はかなり本気で組織を変えようとしているから、頼むよ」
と笑顔で指摘すればいい。
部下は、残業を20時間以内にしなくてはいけないことは、わかっていたし、部長が会議で言っていたことも覚えている。
では、この部下がわかっていなかったこと、知らなかったことは何だったか?
それは「部長の本気度」である。部長が本気で組織を変えようとしていることを知らなかったのなら、仕方がない。「注意する」のはやめて「指摘」しよう。(28ページより)

しかし、「申し訳ありません。以後気をつけます」と答えた部下の表情や態度から「部長が本気で組織を変えようとしているのを、わかっているな」と判断できたのであれば、「指摘」で済ませるべきではないという。わかっていたのなら、「指摘」程度で相手は変わらないからだ。したがって、そんな場合は真顔で「注意する」ことが大きな意味を持つ。

・言われたとおりにやらなくても、なんだかんだ許される
・言われたとおりにやらなかったら、マズいことになる
 この後者の感情をわかっていないケースが多いので、それを指摘してやるのだ。
(29ページより)

部下の気になる行動を変えるために、上司はこうした点にも配慮する必要があるということだ。

(印南 敦史 : 作家、書評家)