2022〜23年、全国各地で強盗事件を引き起こした「ルフィ事件」で、実行役となったのは「闇バイト」で集まった若者たちだった。なぜ強盗に手を染めてしまったのか。彼らの横顔を取材した週刊SPA!編集部 特殊詐欺取材班の『「ルフィ」の子どもたち』(扶桑社新書)より、23歳男性のエピソードを紹介する――。(第1回/全2回)
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■「高崎で燻ってるヤツらとオレは違う」

2020年1月、群馬県高崎市にある鉄筋コンクリート打ちっ放しのホール「群馬音楽センター」で開かれた成人式には、スーツや晴れ着姿の男女が集っていた。ここは毎年、高崎市の成人式が行われる場所だ。この年も多くの新成人が集い旧交を温めていた。

大学に通う者、就職をして社会に出た者、それぞれの選択を報告し合い、そしてお互いの話に耳を傾けている。

「久しぶり、オレ歌舞伎町ホストやってんだ、今度来てよ!」

白いド派手なスーツを着た一人の男がそんな輪に加わろうとする。男は周囲の話をそこそこに聞くと、自らが勤務するホストクラブの宣伝にいとまがなかった。

ある者がすかさずツッコミを入れた。

「上野、そんなキャラじゃなかっただろ?」

男の周囲では笑いが起きた。晴れの場を乱す言動が周囲のひんしゅくを買っていたことから、咎めるつもりでの発言だったが、それを聞いた男は明らかに不機嫌になった。

「高崎で燻ってるヤツらとオレは違う。オレは歌舞伎町ホスト界で有名になる男だ」

その成人式から3年後、23歳になった上野晴生は、別の意味で世間に名を知られるようになる。

■30万円弱の借金を抱え、闇バイトに手を出す

2022年11月。生活費に窮していた上野は、Twitter上で「高額バイト」「即金5万円」などと謳い「闇バイト」を募っていた「桃太郎」を名乗るアカウントに「仕事したい」とDM(ダイレクトメール)を送った。

「桃太郎」からはすぐに返信があった。メッセージ交換の場を、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」に変更すると告げられ、「まず、免許証と住民票の画像を送ってほしい」と指示が送られてきた。

不安がないわけではなかったが、上野はすぐにその求めに応じている。背に腹は代えられない。借金を抱えていたのだ。ただ、借金の額は30万円弱、消費者金融からによるもので、闇金からではない。闇バイトに手を出す者たちと比べると、ゼロがひとつ少ない額。普通のアルバイトで地道に働けば数カ月で返済可能な額とも言える。

しかし、それまでまともに職に就いた経験のなかった上野には大金に思えた。両親に頼めば何とかしてくれると思ったが、プライドもあった。それにあの厳しい父親に何を言われるのかわかったものではない。

免許証などを送ると、桃太郎から「東京都東村山市にある西武新宿線・久米川駅に向かえ」と指示があった。そこで仕事の内容を説明するという。

■受け子と出し子、運転手役で報酬40万円

久米川駅に着いた旨を送信すると、駅近くにあるなんの変哲もないコンビニに誘導された。するとほどなくして30代から40代と思える小太りの男が現れた。

関西訛りの言葉で自らを「ルフィ」と名乗った。

ルフィは、受け持ってもらいたい仕事は「受け」「出し」と強盗の運転手役だ、と説明した。「受け」と「出し」はオレオレ詐欺などの特殊詐欺における「受け子」と「出し子」のことだ。提示された報酬は40万円だった。

報酬額を聞いたとき、上野は驚くとともに、頭の中ですかさずそろばんを弾いた。ホストをやっていた時代にもそんなに稼ぐことはできなかった。この時、何をやってもうまくいかない上野には光明が差し込んだように思えたことだろう。

借金をいっぺんに返して、さらにお釣りが来るではないか――。

ルフィからは「捕まることはありませんよ」と、まじないのような言葉をかけられたのだが、その甘言を信じてしまう。

リスクは考えまい、上野はふたつ返事で、3万円を受け取った。

その3万円は「仕事がある」という、岡山への片道の新幹線代とレンタカー代、つまり経費だという。その3万円をほとんどカネの入ってない財布に大事にしまうと、上野はすぐに岡山へ向かった。

■本物の免許証で借りたレンタカーで現場へ

新幹線での道中「ルフィ」からテレグラムを通じてメッセージが届いた。久米川で会った男かは定かではない。しかし「ルフィ」はターゲットを知らせてきた。岡山県総社市に住む89歳の女性だという。警察官になりすました「かけ子」がその女性に電話をかけていて「あなたの情報が洩れているので、キャッシュカードを新しくしないといけない」と、すでに話はつけてある。あとはカードを受け取るだけだ、と説明する。

岡山駅で降り、駅近くでレンタカーを借りて女性宅へ向かった。レンタカー店には自身の運転免許を提出した。受け子が本物の免許証を出すなどほとんどあり得ないことだが、そうしたことにすら気づかなかった。そもそも誰も偽造の免許証など用意してくれてはいない。

上野はターゲットの女性宅に着くと、できるだけ平静に、と自分に言い聞かせ、指示されたとおりの文言を述べた。犯行は驚くほど簡単だった。むしろ善意と思い込んでいる女性からは、感謝の言葉すら伝えられた。その後は「ルフィ」から指示された場所で女性の口座からカネを引き出すだけだ。

コンビニなど計7カ所で合計120万円。実働時間はわずか1時間だっただろうか。

すぐに上野には10万円の報酬が渡った。こんな簡単な仕事で、こんなにもらってもいいのだろうか……そんなことすら感じていた。

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■奪った総額のわずか8%でも大金だった

わずか10万円でも上野を惑わすには十分だと、指示役たちは見透かしていたのだろう。冷静に考えれば120万円奪ったうちの約8%を手にしただけだ。これでほぼ全てのリスクを背負うことになるなど、割に合うものではない。

ここでやめておけばまだ救いがあったのかもしれない。しかし、上野は久しぶりに大金を手にした興奮からか、犯罪に手を染めた興奮からか、さらなる「仕事」に突き進む。

借金返済まであと20万円――。

ひと仕事終わった直後、間髪を入れずにルフィからメッセージが入った。「この後の強盗の運転手の仕事はどうしましょうか?」と聞かれたが、断る理由がない。最初に簡単な仕事をさせ、その後、よりリスクのある仕事に移行させるというのは闇社会ではよく聞く話だが、上野はそんなことは知らない。ルフィのてのひらの上で転がされていた。

そのままレンタカーを運転し、上野は集合場所の山口県岩国市に向かう。女性宅がある総社市から約200キロの距離だ。次は5人で行う仕事で、自分の主な役割はドライバーだと聞かされていた。

そして岩国で葛岡隆憲(25歳)、石栗一樹(37歳)、北条マクサンドリ(24歳)、そして渡辺翼(26歳)の計4人と合流した。

■「1億円」に沸き立つ強盗経験者たち

上野はすぐに数時間前に終えた「簡単な仕事」とは全く勝手が違うということを察した。現場の仕切り役の葛岡がカッター、手袋、結束バンドなどを配っていたのだ。その瞬間、現実に引き戻された。さらに葛岡、石栗、北条の3人の会話に耳を傾けると「あれから警察に追われてない?」などと話している。過去にも強盗をやった経験者だった。

上野はその3人から「運転手さん」と呼ばれた。明らかに小バカにされている。ただ渡辺だけは恐らく、自分と同じように初めての強盗なのだろう。顔が青ざめていた。

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のちにわかることだが、3人は2022年10月20日に東京・稲城市で発生した強盗致事件の実行犯で、現金3500万円と、金塊など860万円相当を奪った男たちだった。この日も北海道や宇都宮など、各地から集まってきていたのだ。上野とはそもそもの場数が全く違う。しかし、上野は引き返すという選択をしなかった。いや、いまさら尻尾を巻いて逃げることができなかったのだ。

11月7日に日付が変わるころ、岩国市のターゲット宅近くに到着した。岩国市の中心部から離れたその場所は、暗闇に覆われ静まり返っている。近くに車を止めると、車内で葛岡が説明を始めた。

「家の中には金庫が2つあるはずです。まず住人を縛り、カッターで脅して金庫の番号を聞き出します。家には高齢の夫婦が2人いるはずですが、夜な夜な飲み歩いているという話なので誰もいないかもしれない。その時は金庫ごと持っていきます。1億円ぐらいあると聞いています。おのおの家の中に入ったらやれることをやってください」

1億円と聞いて、湧き立つ男たち。しかし上野には1億円と聞いても実感が得られない、そんな別世界の数字だった。

■日本刀で抵抗する住人、諦めて逃げる3人

上野以外の4人は住宅に押し入るタイミングを見計らい、午前1時ごろ、漆黒の住宅に押し入っていった。

しかし、すぐに女性の悲鳴が闇夜を切り裂いた。住人の激しい抵抗に遭っていることは容易に想像ができた。そもそも「ルフィ」から伝えられていた情報とは全く違う。

実際、3人の住人が家にいたのだが、夫と思われる男が、日本刀を抜いて抵抗してきたのだ。さらには大声で、周辺に助けを求める妻。強盗を諦めたのか3人は走って車に戻ってきた。

「すぐに出せ!」
「すぐに出せと言ったって、まだ一人戻っていない!」
「あっ!」

■置き去りにされた“素人”は現行犯逮捕

葛岡は渡辺に2階で結束バンドで縛った娘の見張りをさせていたことを忘れていた。

強盗の“素人”の渡辺が置き去りにされたのだ。

「もう無理だ。いいから出せ!」

出せと言ったって、どこに……。

上野はあてもなく車を走らせた。サイレンの音が聞こえている。

置き去りにされた渡辺はその後、駆けつけた警官によって現行犯逮捕された。報酬100万円を約束され、東京・江戸川区から、わざわざ山口県までやってきたのにだ。

■自損事故を起こし、警察官に自供

命からがら逃げ出した3人は車中で不満をぶつけあっていた。指示者であるルフィに抗議をしようにも「逃げてください」以外の指示はない。どうすればいいのか。

上野は目の前で起きた出来事に足が震えていた。自分が強盗未遂に加担したという現実。急に恐怖に襲われたのだ。

週刊SPA!編集部 特殊詐欺取材班の『「ルフィ」の子どもたち』(扶桑社新書)

なんとか逃げなければ――。上野は広島方面に車を走らせた。

「捕まることはない」と言うルフィの無責任な言葉を思い出して怒りが込み上げてきた。

自分は騙されたのか……。

ガッタンッ!

中国自動車道を走行中に車が大きく揺れた。足の震えが収まっていなかったせいなのか、中央分離帯に接触する事故を起こしてしまった。なんと間の悪いことか。

しかも、車は動かなくなった。事故の目撃者が通報したのだろう、すぐに警官がやってきた。後部座席の男たちの視線が刺さる。「運転手さん、うまくごまかしてくれよ」。目がそう物語っている。その雰囲気に気圧されたのか、警官と話しているうちに、しどろもどろになってしまった。いつものようにノリでどうにかなる相手ではない。上野は聞かれてもいないことを語りだした。

「特殊詐欺の受け子をして、その後、強盗未遂をした帰りです」

急に話しだした上野に駆けつけた交通機動隊のほうが驚いた。

上野には強盗ができる度量はなかったのだ。

(週刊SPA!編集部 特殊詐欺取材班)