「ミッドナイト」プレミア試写会

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ネットフリックスのドラマ「忍びの家」が世界中で人気だ。配信2週目には週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)で、1位となった。ライターの吉田潮さんは「単に、忍者アクションと現代の家族ドラマを掛け合わせただけではない奥深さがある。見る人によって作品の印象はがらりと変わるだろう」という――。
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2024年3月6日、手塚治虫原作のマンガを全編iPhoneで撮影したショートフィルム「ミッドナイト」プレミア試写会に登壇した賀来賢人さん(東京都渋谷区のルミネゼロ) - 写真=時事通信フォト

■大谷翔平夫妻も見ていたNetflix「忍びの家」

平成に入ってテレビの時代劇が大幅に減っていき、忍びも活躍の場を失ってきた。大河では多少出番があるものの、忍びが主役の連ドラはごくまれだ。

思い返しても平成では微妙な作品しか出てこない。小野ゆり子がタイムスリップしたくノ一で、現代の悪人を成敗する「天誅〜闇の仕置人〜」(2014年・フジ)とか、忍者の大野拓朗が生き別れた父に似た猫と暮らす『猫忍』(2017年・東名阪ネット6他)とか、ベッキーがお色気忍法で敵を討つ『くノ一忍法帖 蛍火』(2018年・BSジャパン)など超マイナー作ばかり。

昭和で千葉真一が築きあげた忍びの矜持や権威は平成ですっかり地に落ちた感。令和に入ってからは「忍者に結婚は難しい」(2023年・フジ)が登場。伊賀の末裔(まつえい)の夫(鈴木伸之)は郵便局の配達員、甲賀の末裔の妻(菜々緒)は薬剤師。設定やツールは面白いが、ラブコメの範疇にとどまった。

ここにきて忍びの地位をグンと上げたのが俳優・賀来賢人だ。自らの原案をデイブ・ボイル監督に託し、プロデュース&主演したのがNetflix「忍びの家」。

私も引きこまれて一気観したし、配信直後からランキング上位に。大谷翔平が妻とオンラインデートで同時視聴していたのが「忍びの家」だったと報道され、知名度も爆上がり。「忍び好き」「ドラマ好き」だけでなく「翔平好き」をもとりこんだ。大谷ご祝儀、すごいな。でも、すごいのは内容なのよ。

■忍び一家はほぼ全員主演級俳優

服部半蔵の末裔・俵家は、国家権力の密命を代々請け負ってきた。6年前の任務中に長男・岳(高良健吾)を亡くして以来、それぞれが喪失感や罪悪感を抱えている。

父・壮一(江口洋介)は家族を守るべく、任務を拒み続けている。仮の姿で酒蔵を営むが経営は火の車。母・陽子(木村多江)は家計の赤字を万引きでやりくり(忍びなので朝飯前)するが、報酬欲しさに夫には内緒で任務を単独で引き受けたりもする。

大学生の長女・凪(蒔田彩珠)は美術品を盗んでは返す愉快犯で、忍びとしての力試しに興じていた。祖母・タキ(宮本信子)は隠居した忍びだが、家を守る要としては現役。小学生の末っ子・陸(番家天嵩)だけは、俵家が忍びの一族であることを知らない。

そして、主人公は次男の晴(賀来)。兄の死に対して自責の念があり、今でも悪夢を見続けている。父と同じく任務を拒むが、酒蔵を継ぐ気はない。つまり長男が死んでから、一家は重い空気に包まれているというわけだ。

ほぼ全員主演級だが、それぞれが家族の役割をまっとうしながら気配を抑えることもできる座組に。ちょいと来し方を振り返ってみる。

賀来賢人が魅せる「優しさは弱さである」の原点

賀来は、もともとは中途半端な二枚目枠で研鑽を積んできた俳優だ。上昇志向の強い青年や思慮の浅い男、楽観にもほどがあるお調子者など、黙っているとただの二枚目になってしまうのは役者として弱点であり、その克服に鋭意努力してきた印象も。多彩な役を演じてきた中で、今回の晴役に繋がっていく要素があった。

Netflix「忍びの家 House of Ninjas」公式ページより

朝ドラ『花子とアン』(2014年・NHK)では、ヒロインの屈折した兄・吉太郎を好演。貧しい農家の長男だが、優秀な妹や無責任な父、無力な母と、珍しく「長男優先主義ではない家庭」に育ち、アイデンティティの揺らぎから軍人を目指す。憲兵になって周囲から恐れられ白眼視されるも、本当は心優しい兄でいたかったはず。きょうだいコンプレックスの歪みを体現していた記憶がある。

個人的には、主演で最高傑作は『死にたい夜にかぎって』(2020年・TBS系)だと思う。うつ病と不安障害を抱えたエキセントリックな恋人・アスカ(山本舞香)との6年間を描いたドラマで、賀来が演じたのは作家志望の編集者・浩史。

女性に振り回される星のもとに生まれた男の悲哀、いや、愉楽、とでも言おうか。とにかく女性に優しくて、顔を殴られようが罵られようが首絞められようが浮気されようが、発想の転換で許容する。レスリング選手だった父(光石研)に鍛えられたおかげで、首ブリッジができるほど首が強く、お仕置きで焼却炉に閉じ込められてからは閉所恐怖症だ。

アスカと同棲してはいるが、満たされない部分は風俗店で解消したり、部下の女子にほだされたりで、弱い部分も山ほどある。賀来の持ちうるありとあらゆる色気を封印したのに、最も魅力的な男性に仕上がっていた。

根が優しいからこそ心を開けなかったり、優しさが相手の成長や自立を妨げたり。優しさは巡り巡って弱さへ。弱さは人物に奥行きをもたらし、物語に緩急をつける。鍛えた体も含めて、晴というキャラの礎(いしずえ)が築かれていった(気がする)。

■人妻役をやらせたらピカイチの木村多江

線の細さと影の薄さから薄幸系と呼び声の高かった木村多江。理不尽なDV夫に共依存する女など、虐げられても楚々と耐える役が多かったからだ。

ところが、『ブラックリベンジ』(2017年・日テレ系)では濡れ衣を着せられて死んだ夫の復讐に勤しむ主役を演じ、『あなたには帰る家がある』(2018年・TBS)では狂気の不倫妻を演じて、男が最も手を出してはいけない人妻役三傑に昇格(他は水野美紀と松本まりか)。

きわめつきは「阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」(2021年・NHK)だ。安藤玉恵とともに阿佐ヶ谷姉妹を完コピし、コメディ筋肉を覚醒。

その筋肉を活かして、今作ではコメディリリーフとして君臨。華麗なアクションで、というよりは女の図々しさとしたたかさと可愛らしさで笑わせてくれた立役者でもある。夫や息子のように綺麗事言ってられないんだよ、稼ぎがないんだから。

食費も学費もない家計を救うべく、任務をしれっとこなし、ターゲットの婚活相手として若作り作戦も頑張るわけさ。おまけに、夫の秘書(河井青葉)にうっすら嫉妬したり、任務中に夫とさかっちゃう可愛げもあって、多江の魅力が満開だ。

■宮本信子は今作が最上の適役

「○○の女」と言えば宮本信子。夫の故・伊丹十三監督の映画でありとあらゆる「女」を主演してきたが、配信していないので若い方は観たことがないかもしれない。あの頃の毒とユーモアと鋭さ、そして可愛らしさが今作で味わえたことがとても嬉しい。

隠居の身として達観しつつも、家族を俯瞰し、何でもお見通しの祖母役は、最も忍びっぽくて神秘的な存在感だ(特に白石加代子とのシーンが面妖で好き)。実際、宮本の一言と怪訝な表情で、経緯や背景が明らかになる場面も多い。

『あまちゃん』(2013年・NHK)の夏ばっぱ役も痛快だったが、連ドラでは総じて「おしゃれ・優しく・余命幾許」の役柄が多い。もっと毒とユーモア、そして茶目っ気がほしかったところに、今作が。最上の適役である。

■空回りは江口洋介の十八番かもしれない

それぞれの家族への思いがすれ違う点も見せ場であり、重要なところだ。

江口が演じるのは、一番強く家族の絆を取り戻したいと願っているが空回りする哀しき父。前半は全国の父が涙しそうなくらいの「父の哀愁」を、後半は服部半蔵の末裔らしいしなやかさを見せた。懐かしいところで言えば、『ひとつ屋根の下』(1993年・フジ)や『ランチの女王』(2002年・フジ)など、家族をまとめようと空回りする印象も根強い。空回りは江口の十八番といってもいいのかもしれない。

蒔田が演じる凪は、忍びの基本を教えてくれた長兄を慕ってきた。長兄への思慕が強すぎたこともあって、罠に落ちる役だ。

蒔田は子役として数々の作品に出演し、『おかえりモネ』(2021年・NHK)では姉に複雑な思いを抱く妹役で脚光を浴びた。連ドラ初主演の「わたしの一番最悪なともだち」(2023年・NHK)では、友人の経験を自分の経験として語って就職した罪悪感を抱えるヒロインだった。

言語化しにくい苦痛や罪悪感を抱える役はお手の物。長兄に「ある種の理想」を抱いていたが、事実を目の当たりにして落胆する役でもある。もし続編があるならば、蒔田の心情変化に最も注目したいなと思わせた。

■「家族という欺瞞」

長兄・岳を演じた高良は、整いすぎた顔立ちで「正義」も「邪悪」も感じさせる役者だ。中途半端な偽善者役も秀逸だが、振り切った人間を演じるときのほうが殺気や悪意が滲み出る気がするんだよね。

今回は「家族という欺瞞(ぎまん)」に言及する役回りでもあり、この作品に痛みと凄みと迫力を与えている。

Netflix シリーズ「忍びの家 House of Ninjas」
Netflixにて独占配信中 - Netflix シリーズ「忍びの家 House of Ninjas」

最後は末っ子の番家だが、彼の望みは「家族の一員」になること。忍びの一族と知らず、幼いながらも疎外感や違和感を覚えている役だ。劇中で連続バク転を披露し、忍びの素質アリと思わせたし、昭和の子役のような素朴さも残っている。

というわけで、俵家の面々がそれぞれの役割を果たし、矛盾や齟齬(そご)をきたしながらも「忍び」と「家族」の両立を体現していく。

■「初恋モノ」「覇権争い」「社会風刺劇」

ホームドラマではあるが、観る人によっては重きを置く点が異なるかもしれない。

俵家に近づく雑誌記者・可憐(吉岡里帆)と晴は恋に落ちる。忍びは肉食も飲酒も恋愛もご法度とされる中、ふたりは惹かれ合い、やることはやるので、晴の「初恋モノ(初体験モノ)」という要素もある。

また、俵家は服部半蔵の末裔だが、敵対する風魔の一族、さらには鬼の門を守る忍びたちも登場。予想以上に多いので、忍びの世界の血で血を洗う「覇権争い」として観る人もいる。

そして、政治家が私利私欲で忍びを悪用したり、忍びがカルト団体を装って若者を集めたり、数に慢心して覇者気取りになったり。このへんの微妙に薄気味悪い要素は、平成から令和に続く日本の悪政や社会現象から取り込まれているようで、「社会風刺劇」の要素に興味をもった人もいるのではないか。

season1はいわば序章。権力の構図が変わり、忍びに価値観の変革が起きる気配も漂う。晴や凪が忍びの存在意義を自問する日がくるかもしれず。その先の妄想が膨らむ「忍びの家」、適材適所の脇役陣の細かい暗躍も含めて凝視したい作品だ。

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吉田 潮(よしだ・うしお)
ライター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。
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(ライター 吉田 潮)